15話 ザラトロ
フェリーシアは毎日、ロッジメンバーの出入する店でザラトロを待っていたが、彼はなかなか現れなかった。このロッジに入って1週間になる。ということは、大祝祭まであと2週間しかない。早くザラトロに接触して、彼に脈があるのかどうか確認しなければならない。はたして間に合うのか、、フェリーシアは焦るような気持ちだった。
やっとザラトロが店に現れた。あの集会以来だった。彼は静かに店に入って来ると、いつものように壁際の席に座った。もう少しすればリべリエとピエールも来るのだろう。その前に彼と話がしたかった。
「はじめまして。君はいつも離れたところに座るんだね」
フェリーシアは彼のところへ行き、気さくに話しかけた。ザラトロはちょっと驚いたような表情を見せたが、すぐいつもの冷静な顔に戻った。
「ボクはあまりおしゃべりではないものだからね。静かに思索しながら気楽にいられる場所が好きなのさ」
「なるほど、、確かにこの店は思索するには少々うるさいね。私は最近入ったばかりで、まだよく雰囲気がつかめていないんだよ。いろんな人と話したいんだけど、誰と興味深い話ができるのかまだよくわからないんだ」
「君たちがよく話しているトーマスなんかは、うってつけではないのかい」
ザラトロは少々高飛車に言ってきた。そしてよく人を見ている。
「そうだね、、トーマスはいい人だよ。でも、彼は自分の商売が一番だから、それ以外のことにはあまり興味はないみたいだね」
「はっはっはっ、、トーマスじゃ役不足と言わんばかりの口ぶりだなあ、、。君は何か議論させたいトピックでも持っているのかい?」
ザラトロは鼻で笑いながら言った。
「そりゃそうさ。せっかくロッジに入ったのだからいろいろな話をしたいよ。もともとエッジスタートに住んでたんだけど、、今はこっちで生活をしているんだ。友人に誘われて、ロッジに入れてもらったのさ」
「へえ、君、エッジスタートの出身なの。向こうで何をしていたんだい?」
「エッジスタートでは少しの間だけ製鉄関係の仕事をしてたよ。それからあちこち旅して、、」
フェリーシアはわざと言葉を濁し、話題を変えた。
「ところで君は、学者か何かかい?」
「ボクは、家庭教師をしているよ。貴族限定のね。専門分野は法律だけど、まあ全般的に教えられるよ」
「へえ、、すごいんだね。貴族の家庭教師か。大学で相当優秀だったんだろうね」
「君は何に関心があるんだい?」
ザラトロはフェリーシアがどの程度の知識を持ち合わせているのか試してやろうと、話を振ってきた。
「そうだな、、最近は弁競演会に興味津々だね」
ザラトロは肩をすくめた。
「ああ、弁競演会かい。あんなのどこが面白いんだろう。決まりきっている勝負をなぜお金を払って見るんだか、、野暮だね」
「君もやっぱりウスンサーリが勝つと思っているんだね」
「そうさ。開催国の野心丸見えの弁競演会なんて、どこが面白いのさ」
「けっこう危ないこともはっきりと言うんだね。いつも、ここに座っている理由がわかったよ」
「そうかい。でも君はそういう話をしたいんじゃあないのかい? エッジスタートのロッジがどんな雰囲気なのかは知らないけれど、ここよりははるかに自由なんだろうよ」
「さあ、ロッジに入るのはここが初めてだから、よくわからないけれど、、。ところで、下馬評どうり弁競演会でウスンサーリが勝つとして、それでいったいこの国にはどんな利益があるんだい?」
「ウスンサーリが勝って教皇側に勢力が傾けば、この国は安泰なのさ。他国ににらみが利くからね。それに、どっかの国が教皇に抗うような動きを見せれば、この国はいつでもそこに攻め込むことができる」
ザラトロは声を低めてはっきりと言った。
「ウスンサーリが勝ったら戦争が始まるかもしれないっていうこと?」
まさか彼が国王たちの陰謀を知るはずはないと思いながら、、聞いた。
「はっはっはっ、君もせっかちだね。戦争が始まるわけではないよ。ただの例えさ。教皇をこっちにつけておけば、戦争を仕掛けることだってできるということだよ。そうだね、、例えば、君の国のあの製鉄ギルドだって狙われるかもしれないよ」
ザラトロはそう言いながら、にやっと笑った。わざと言っているのだろうか。
「それはどういうことだい! 聞き捨てならないよ。エッジスタートの製鉄ギルドは門外不出のものだ。それを狙うって、、。ウスンサーリが勝って教皇派勢力が強くなれば、、堂々とエッジスタートに戦争を仕掛けられるってことかい」
「まあ、君がエッジスタートのスパイでないことを前提で話すよ。スパイであれば最初から本当の出身地は明かさないだろうからね。君も知っての通り、あの国の製鉄ギルドをこの国はずっと狙っている。あれさえあれば、この大陸を完全支配できるからね。教皇だって、、例えば反対勢力の多いサックセンがそれを握るよりは、この国に収奪してもらったほうがいいのさ。そうだろう?」
「それはわかるよ。問題はその先さ。それを行動に移してしまうのかどうか、、」
「さあ、そこまではわからないな。国王の腹しだいだね」
フェリーシアはどうも彼の考えが読めなかった。ただの状況推理だけなのか、、、。
「君は人を驚かすようなことを平気で言うね。でも、こういう話ができることにロッジの価値はあると思うから、、それはそれで嬉しいよ。ところで、君は貴族の家庭教師をしてるって、いったい誰に教えているんだい?」
「ああ、カルレン公さ」
「えっ! カルレン公! すごいな。カルレン公っていったら国王の縁戚じゃないか。そんな人に勉強を教えるってどんな感じなんだい?」
「別に、普通だよ。彼の屋敷へ行ってお茶を飲みながら彼を待って、彼が来たら一緒に書斎に入って勉強さ。それだけのことさ」
ザラトロは淡々と話していたが、やはりそれが自慢のようだ。誇らしげな口調になっている。
「そうか、すごいな。そんな人に教えているなんて、君はよっぽどの秀才か、、それとも、錬金術でもするのか」
「はっ、錬金術?」
「うん、そんな位の高い貴族に、、こう言っては何だけど、平民が教えるって滅多にないことだよね。もしかして錬金術でも使っているのかなっと思って」
「はっはっはっ、、これは面白いや! 君はずいぶんと前時代的なことを言うんだね。残念ながらボクは錬金術はしないよ」
「君は錬金術を軽く見ているのかもしれないけれど、あれは技術だよ。知らないと思うけど、、あるところではちゃんと活用されているんだよ」
「へえ、、技術ね。ボクの知る限りでは、きちんと活用されている錬金術なんていうものは存在しないよ」
ザラトロは一見バカにしたような言いぐさであったが、眉根が動いたのをフェリーシアは見逃さなかった。
「別に興味がないのならいいんだ。じゃあ、私はこれで失礼するよ。君と話せて楽しかった」
フェリーシアは立ち上がると、バーグとトーマスが話している所へと戻っていった。ザラトロの中で、エッジスタートのギルドと錬金術がつながってくれることを祈った。
2日ほど過ぎた。フェリーシアは相変わらず店に通っていたが、ザラトロはあれからまた姿を見せなくなった。違うロッジに顔を出しているのだろうか。あたりがあったのかどうかが気になる。
トーマスはいつものようにあちこちのテーブルを回り、そのうちフェリーシアたちのテーブルにも来た。
「よう! あっ、そういえば、フィルはエッジスタート出身なのかい?」
フェリーシアはびっくりした。その話はまだザラトロにしかしていなかった。いったいトーマスはどこでそれを聞いたのだろうか。
「うん、そうだよ。君は耳が早いね」
「えへへ、これでもボク、情報は持っている方なんだよ。君のことは誰が言ってたかな、、ミッシェルだったかな、、」
トーマスはいつも話すたくさんの仲間内の一人の名を言った。ミッシェルはフェリーシアがザラトロと話をしていた時、近くのテーブルにいたような気もするが、、はっきりとは覚えていない。
その時、ザラトロが店に入ってきた。いつもだったらまっすぐに壁際の席に行くはずが、今日はあたりを見回し、フェリーシアと目が合うと、彼は軽く会釈をしていつもの席に向かった。
これは話したいことがあるという彼からの合図だ。
「ちょっと、失礼。ワインのお代わりをもらってくるよ」
フェリーシアはグラスを持ってカウンターに行き、ワインを注いでもらうとザラトロの席へと歩いて行った。
「やあ、久しぶりだね」
「まあ、座りたまえよ」
ザラトロは立っているフェリーシアに席を勧めた。
「君、この間言っていた錬金術って、もしかして君もそれ使えるのかい?」
フェリーシアは心の中で喜んだ。ザラトロが本来興味のない錬金術について聞いてくるとは、、彼が何かの理由でその錬金術に興味を持ったか、もしくは誰かに頼まれたかだ。
「ああ、私も少し使うよ。でも君は錬金術には関心がなさそうだったじゃないか」
「うん、まあ、、ボクはそれほど、、なんだけど、、。君にも話したよね、カルレン公、、。彼が見てみたいって言うんだ。先日、屋敷に行った時に話をしたら、ぜひ会いたいと言うんだよ」
ザラトロには、いつもの居丈高な様子はなかった。
「明日の夜、この先の劇場でオペラが上演されるんだけど、カルレン公が来られるんだ。3階のVIP席で鑑賞されるから、その時に君を紹介したいんだけど、どうかな」
大祝祭まで時間のないフェリーシアにはもう選択の余地はなかった。これが吉と出るか凶と出るかは、もう運次第だ。
「いいよ。楽しみだな」
「そしたら直接劇場の前で待ち合わせよう」
ザラトロは詳しい時間と場所を言った。
カルレン公は何を考えてフェリーシアに会いたいと言ったのだろうか。確か彼は現国王の親戚ではあるが、政治には参加していなかったはずだ。噂では自由主義者と言われていた。しかし、国王に近かろうが遠かろうが王族には変わりない。気を引き締めなければならない。




