表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/126

13話 フレンクラン入国

 フェリーシアとリルネはフルトン駅から再び汽車に乗り、フレンクランに向かった。エッジスタートの外相団と落ち合うため、大祝祭が開かれるフレンクランの首都に入るのだ。本来ならわくわくするところなのだろうが、二人に浮かれた気分はない。

 フェリーシアには、今回の弁競演会のセッティング、教皇の白バラ十字団に対する取り締まり、トーボルクの動き、それらがどこかで全部つながっているように思えた。いくら白バラ十字団が異教的、レフトゥルが反教皇派だからといって、それを押さえ込むために、教皇が弁競演会を使って一斉を弾圧しようというのは悪手すぎる。どうひいき目に見ても、まだそこまで機は熟していない。おそらく、教皇にフレンクラン国側が話を持ち掛けたはず。ならば、弁競演会でウスンサーリが勝つことによってフレンクラン国の得る物は何なのか? 教皇のご機嫌取りのためだけに、こんな大きな舞台を準備するはずはない。絶対、何か自分たちに利益があるはずなのだ。

 フェリーシアにはまだピースが足りなかった。


 フレンクランの首都は活気があった。あと3週間とせまった大祝祭のお祝いムードがすでに漂い始めていた。駅前には大きな掲示板と横断幕が掲げられており、そこには『ようこそ、光の国フレンクランへ! ようこそ、大祝祭へ!』と書かれてあった。その横にはフレンクランの国旗がたなびいている。丸7日間、芸術コンクールとスポーツ競技会が催され、最終日の弁競演会がクライマックスを飾る。都市全体が浮足立っている感じだった。

 

 フェリーシアはまっすぐ中心街を歩いて行った。いくつかの十字路を越えて右に曲がり、目当ての店を見つけた。そこは小さな靴屋さんだった。中に入ると店内は思ったより狭く、靴の皮や修理道具、そして皮をなめす道具や布など、いろいろな物が所狭しと置かれていた。その奥で一人の職人が靴の底を打っていた。


 彼は立ち上がりフェリーシアが奥に入ってくるのを待ち、軽く会釈をした。

「こちらは?」

「大丈夫よ、彼女は叔父様のお客様なの」

 すると職人も「あ、例の」と言って、急に表情が柔らかくなった。

「さようですか。それにしてもお嬢様、お元気そうで何よりです。最近は物騒な噂も飛んでいますので、心配しておりました」

 30歳くらいに見えるその職人は、フェリーシアに深々とお辞儀をした。

「バーグ、あなたも元気そうで何よりだわ。ところで、向こうから連絡は来ているかしら?」

「はい。スコット様はもうすぐこちらに到着されます。明日の朝に会談が開かれます。そして午後には帰国の途に就く予定です。その途中、観光という名目である聖堂に立ち寄ることになっておりまして、そこで落ち合う手はずになっています」

 バーグは二人に飲み物を出した。

「お嬢様、もうそろそろ、お国に戻られたほうがよろしいのではないですか。トーボルクが宮廷へ頻繁に出入りするようになってから、フレンクラン国王も発言が好戦的になってきています」

「そうね、、それは私も感じているわ」

 

 バーグは最近のフレンクランの様子をフェリーシアに話した。フェリーシアは話を聞きながら、時々、トーボルクやフリーメイソンについて訊いた。どこからフェリーシアの情報を掴んだのかわからないが、やはり彼は相当の策士のようだった。



 翌日の昼、3人はバーグが用意していた箱馬車で、約束の聖堂に向かった。聖堂の裏口から敷地に入るとそのまま応接室に案内された。

 応接室は広々としていた。大きな窓からは午後の日差しが差し込み、3人の気持ちとは裏腹に部屋全体を明るくしていた。立派なテーブルに椅子がならんでいる。壁には大きな絵が飾られており、サイドテーブルには、すでに紅茶とクッキーが用意されていた。

 しばらくするとドアがノックされた。バーグがドアを開けると、そこには長身で白髪を撫でつけた、品の良い初老の男性が立っていた。その後ろには近侍と見られる者が立っている。

 彼はフェリーシアを見ると、満面の笑みで入ってきた。

「フェリーシア様! お元気そうで、何よりでございます」

 初老の男はフェリーシアの前まで行くと、片膝をついてあいさつをした。

「スコット、あなたも元気そうで何よりだわ。そうそう、こちらが叔父様が言ってらしたリルネよ」

 そう言って立ち上がったスコットにリルネを紹介した。

「リルネ、こちらはスコット・アルフレン公爵、エッジスタートの外相よ」

「はじめまして、リルネと申します」

「はじめまして。お噂はかねがね聞いていましたよ。ご立派になられましたね」

 スコット外相は優しそうに微笑んだ。


 バーグはサイドテーブルから飲み物とクッキーを持ってきて、椅子を3つ引いた。フェリーシアとスコット外相は向かい合って座り、リルネもフェリーシアの横の席に座った。

「今回は大変だったようね。フレンクラン国王との話は、無事に終わったの?」

「ええ、午前中、会ってまいりました。それはそれは、ひどいものでしたよ。一方的に人を脅しつけるような物言いで、こちらを煽っているのが手に取るようにわかりました」

 スコット外相は沈痛な面持ちで話し始めた。

「彼は教皇の話から始めました。教皇は今、大陸を騒がせている白バラ十字団を異端だとはっきり位置づけている。だから、ここフレンクランでは白バラ十字団の取り締まりを行う。近々教皇庁からの公式通達もあるはずで、各国でも白バラ十字団の取締りをするよう、連絡がくるはずだと言っていました。そして、彼は続けてこう言ったのです。『エッジスタートの製鉄ギルドは、白バラ十字団の隠れ蓑になっているとか。エッジスタート国王はそれを知って隠しておられるのか』と。私はびっくりして根も葉もない噂だと否定しましたが、彼は『そんなはずはあるまい。白バラ十字団のメンバーが、エッジスタートを行き来しているという話は有名で、それは教皇様もご存知でいらっしゃる』と言うのです。彼は我々に濡れ衣を着せ、弁競演会で白バラ十字団に与するレフトゥルが敗れたら、その場で教皇は白バラ十字団討伐命令を出し、それを持ってフレンクランはエッジスタートを攻めるつもりなのです」

 スコット外相は、苦虫を噛み潰したような表情で続けた。

「教皇は、白バラ十字団討伐もさることながら、レフトゥルを弁競演会の場で断罪させレフトゥル派をまとめて一掃したい、、そしてフレンクランは、教皇の白バラ十字団討伐宣言を大義名分として、我が国の製鉄ギルドを奪い取る、、というわけです」

 

 フェリーシアは静かに聞いていた。驚いた様子はなかった。おそらく、ある程度まで予測していたのだろう。

「フレンクラン国王は『エッジスタートの製鉄ギルドは白バラ十字団の隠れ蓑』というただの噂が、攻めるに足る大義名分になると思っているのね」

「ええ、ずいぶんの自信でした。弁競演会の勢いそのままに兵士を出すつもりでしょう」

「ずいぶんと乱暴な話ね。もしフレンクランがうちのギルドに手を出したら、他の国々も黙って見ているはずなんてないんだけど、、。フレンクランだけがエッジスタートを狙っているわけではないのに、、」

「あ、あの、、、フレンクランがエッジスタートを攻める前に、どこかの国と手を組むことはできないのでしょうか? フレンクランに攻め込ませないために」

 リルネは遠慮がちに思ったことを言ってみた。スコット外相はリルネの方を見て、丁寧に説明をした。

「エッジスタートの製鉄技術は他国に伝わるととても危険なのです。非常に質のよい製品を製造します。剣一つとっても、角度が合えば一振りで通常の剣にひびを入れます。今までわが国がどこの国とも同盟を結ばなかったのは、列強のパワーバランスが崩れてしまうのを恐れたからです。エッジスタートは法律で武器の輸出を禁止しています。それは国王監視の下、徹底的に守らせています。もしわが国の剣や銃や大砲が他国に流れれば、必ず軍事増強のための武器保有を始めます。そしてその後には、戦力バランスの崩れたところから、侵略戦争が始まって行くでしょう。私たちはそれを危惧し、どことも手を組むことはしてこなかったのです」

 スコット外相は今度はフェリーシアに向かって言った。

「お嬢様、本国の方には今回の会談内容は伝えております。お嬢様もリルネ様と一緒にエッジスタートの方へ一刻も早くお戻りください。最悪の事態はあってはなりませんが、もうそうも言っていられません。これらに備えて何らかの準備をしなければなりません」

 フェリーシアはどうしてもそれは避けたかった。フレンクランがエッジスタートのギルドを奪おうと戦争を仕掛ければ、他国も権益欲しさに必ず参戦してくる。数か国での泥沼戦争になる可能性が高い。

 フレンクラン国王とトーボルクは、いったいどんな勝算があって、そんな無謀な事を企んだのだろうか? 欲に目がくらんで現実がよく見えていないとしか言いようがない。このような戦争を起こさないために、今までエッジスタートはギルドを保護し守り続けてきたのだ。


 フェリーシアは怒りを抑えながら、静かに話しだした。

「今の均衡を破ろうとしているのは、フレンクラン一国だけ。フレンクランが教皇を巻き込んで事を起こそうと仕掛けている。おそらく、トーボルクが国王をたきつけているのだと思うわ。だとすると、そこをどうにか潰さないといけないのよ」

 スコット外相はフェリーシアが何を言おうとしているのか、緊張し出した。彼女はエッジスタートの王族の一員で、国や民を守りたいという気持ちは国王と同じだ。この大陸で、武力以外で自国を守るには情報しかない。この方はそれをよく知っているし、またその使い方にも長けている。きっと今、この方の頭の中には、各国の思惑や世の動きが鮮やかに描き出されていることだろう。戦争を回避させるために、自分をその中に置くこともいとわない。

 スコット外相は、フェリーシアの次に発せられる言葉をさえぎりたかった。しかし、いい言葉が浮かんでこない。

 フェリーシアは話を続けている。

「巷では、フリーメイソンの一つがエッジスタートのギルドとつながっていると考えている人もいるわ。バーグはフレンクランでフリーメイソンのロッジに入っているらしいのよ」

 スコット外相は、フェリーシアの意図するところに注意を払いつつ、バーグを見た。バーグはこくりとうなづいた。

「私、、、その中に入ろうと思うの」

 その場の全員が驚きの声を上げた。

「おっ、お嬢様! おやめください、そんなこと! おやめください!」

 あまりにも急な話で、みな混乱している。

「だめです! 絶対だめです! それに、そこに入ることと今回の問題に何の関係があると言うのですか!」

 スコット外相は顔を引きつらせている。

「スコット、そんなに驚かないでちょうだい。ごめんなさい、、話の順序が悪かったわね」

 フェリーシア一人が落ち着いている。

「問題はフレンクラン一国だけなの。フレンクラン国王、もしくはトーボルクがうちのギルドに手を出さなければいいの。もし、もしもよ、エッジスタートのギルドの技術が秘密裏にフレンクランのフリーメイソンに伝わっていたとしたら、どう? 自国のフリーメイソンがエッジスタートの製鉄技術を持っていると、彼らが思ったら、、。おそらく彼らは、自国のフリーメイソンを片っ端から検閲して、探し出そうとするでしょうね。その方が軍隊を動かしてエッジスタートを攻撃するよりも、はるかに労力と時間をかけずに済むもの。それに、もしそれが事実なら、彼らは他国に気づかれずに自分たちだけで、いい武器が作れるのよ」

 スコット外相はフェリーシアの狙いは理解した。確かに彼らが、エッジスタートの製鉄技術が自国のどこかにあるという情報を得たら、それはもう目の色を変えて探すに違いない。しかしその中心にフェリーシアが入るというのだ。彼女をそんな危険に晒すことはできない。

 彼女は続ける。

「フリーメイソンには職人たちのほかに知識人や貴族たちも入っているわ。その中の一つに入って、うちのギルドの技術をある程度教える、もしくは錬金術紛いの技術でもかまわない。重要なのは、フレンクラン内のフリーメイソンにエッジスタートの製鉄技術が秘密裏に伝授されていた、という噂を流すこと」

 スコットは、正直、今の危機を回避するには良い案だと思った。しかし、なぜフェリーシアがそこに行かなければならないのか。

「お嬢様、お嬢様のお話はよくわかりました。私もその案には、正直、賛成でございます。しかし、それをお嬢様がすることはないと存じます。他の者にやらせればよいのではないですか」

「スコット、私に考えがあるのよ。それに、これは短期決戦で失敗は許されない賭けだわ」

「しかし、、それをほかの者に、、、」

「あなたの言うことはよくわかるわ。叔父様も聞いたら猛反対されるでしょうね。でもね、私はお父様に『その方法が正しいと思い、それで国や民を守ることが出来るのであれば、命を懸けてそれをやり抜きなさい』と言われて育ったの。私はエッジスタートを守りたい。この大陸の戦争は悲惨だわ。戦争を絶対に起こさせてはいけない。そのためだったら、少しくらいの危険は私には何でもないの」

 あなたの育った新大陸は民主主義の根付いた平和な場所だと、スコットは反論したかったが、そんなこと、フェリーシアも十分知っている、、いやフェリーシアの方がよく知っている。

 バーグも反対だったが、、、フェリーシアの聡明さに裏打ちされた強さは、どこか神々しい威厳すら感じられる。

「これはね、ただの時間稼ぎにしかならないのよ。真実がわかった時、その効力は消えるの。でも、大祝祭での戦線布告は避けることができるし、時間もいくらか稼ぐことができる。その後は、あなたたちの情報網と外交力で乗り越えて行くしかないわ。トーボルクの力を削ぐの。彼が元凶だと見て間違いない」

 スコット外相はもう言葉がなくなってしまった。彼は泣いているように見える。涙は流していないが、うつむいて、自分の無力さに打ちひしがれているようだった。

「それから、リルネをエッジスタートに連れて行ってほしいの」

 スコット外相は黙ってうなづいた。


「あの、、、私、弁競演会までの間、レフトゥルのいた修道院に行きたいのですが、かまわないでしょうか」

 リルネの唐突な提案だった。彼女はフェリーシアの話を聞きながら、なぜだか寂しさを感じていた。彼女の、身を挺してでも国と民を守ろうとする姿に、感銘よりも切なさを感じていた。自分とは違う力学の世界で生きている。為政者は誠実であればあるほど国と民を守る使命を背負う。聡明で誠実な彼女には宿命と言っていいものなのかもしれない。それはリルネの生きる世界とは違うように思えた。

 ただ、フェリーシアが命を懸けてでも守りたいという国と民を、自分も同じように守りたい。自分もできることがあるならばしたい。


「リルネ、どうしたの? サックセンにあるレフトゥル派の修道院だったら、安全だから、別に行くのはかまわないけれど、、先に叔父様に会った方がよくないかしら、、」

「私も、、、何か自分のできることをやりたいの。レフトゥルはウスンサーリに負けるとみんな言うけれど、レフトゥルが負けなければ、、ウスンサーリが勝たなければ弁競演会がトーボルクたちに利用されることはないと思う。だから、弁競演会で彼が勝てる道を探したいの」

 リルネ自身はまだ知らないが、フェリーシアもスコット外相も彼女が神仙峯の息女であることを知っている。もしかしたらこういうことに力を発揮するのかもしれない。

「そう、わかったわ。スコット、申し訳ないけれども、叔父様にはリルネの到着が少し遅くなると伝えてもらえるかしら。彼女が修道院にいる分には危険はないから」

 フェリーシアはバーグにも指示をした。

「バーグ、リルネをレフトゥル博士のいた修道院まで送ってくれる、、念のため、人もつけてね」


 こうして古い聖堂での密談は終わった。スコット外相は観光を終えた体でエッジスタートに帰って行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ