12話 サックセンの神父さん
外から見るとさびれた教会に見えたが、礼拝堂の階段を登って中に入ってみると、そこにはたくさんの人がいた。天井は高く、正面には大きな十字架が置かれ、その後ろには美しいステンドグラスがはめられている。ステンドグラスを通した光は七色にその身を変え、祈りをささげている人々の背を照らしていた。
二人は最後列の左端に座った。フェリーシアは声をひそめてリルネに言った。
「ここで人と待ち合わせをしているの。その人が来たら少し席を離れるわね。あなたを先にエッジスタートに連れて行ってもらおうかと思っているの」
「えっ、先に? フェルは?」
「私は、まだわからないけど、たぶん、、別行動を取った方がいいと思うのよ」
このまま一緒に旅が続けられると思っていたリルネは、正直がっかりだった。
「フェルが狙われているから? それならフェルも一緒にエッジスタートに向かった方がいいんじゃないの?」
「そうなのだけど、、、何か、嫌な予感がするの」
そう言いながら、フェルは左手でリルネの腿をトントンとたたくと、席を立ち、そのまますぅーと右端まで歩いて行った。見ると、商人風の男が座っていた。
あの人が待ち合わせの人ね、、。エッジスタートの人かしらと思いながら、リルネは二人を見ていたが、そのうち二人から目を離し、、ぐるっと周囲を見回した。
住んでいた山の家を出て、まだそんなに日は経っていないのに、もう何ヵ月も経っているような気がしていた。
ふと、開いているドアから話し声がしてくる。どうやらここの神父さんが誰かと話をしているらしい。
「ええ、レフトゥルは最初からそれには懐疑的だったんです。お金を払うことで救済されるという発想自体がおかしいと彼は言いました」
「私たちも何かおかしいと思っていたんですよ。でも、教皇の言葉だと、表立って反対することもできずで、、困ってました。でもレフトゥル先生は、間違ってるとはっきり言ってくださったので、本当にありがたかったんですよ」
「そうですね」
リルネは興味を引かれ椅子から立ち上がり、ゆっくりと礼拝堂の外を見た。階段の中段あたりで、神父さんを囲んで何人かが話をしていた。
「その頃なんでしょうね、、、レフトゥル先生が教皇の反感をかい始めたのは、、」
「そうですね。あれだけはっきり教皇に対して意見を言う人はいませんでしたから」
「でも今回の弁競演会は、その教皇がレフトゥル先生に仕返しをするために仕組んだという話じゃありませんか。ここではレフトゥル先生が有利だってみんな言いますけど、お隣のフレンクランのほうでは、もうウスンサーリ一色だっていう話ですよ」
「そうですか。私も詳しくはわかりませんが、まあ今回の弁競演会のテーマは、ちょっと分が悪いですね」
「やっぱり、レフトゥル先生が不利なんですか?」
「『自由意思論争』といって、今までも二人の間では、何度もやり合っていた内容なんですよ。そこでもウスンサーリの方が、主張がわかりやすく説得力もありました。レフトゥルは、、、彼は最初、無視を決め込んでいたんですよ。ところが突然、反応し出したかと思ったら、いきなりウスンサーリの10倍返しで反論したんですよ。それも喧嘩を売るような荒っぽい言葉で、、。だからウスンサーリも怒ってしまいました」
「いったい何て言ったんですか?」
「おまえの言っていることは、馬の糞だって」
「あらら・・・なんでそんなこと言っちゃったのかしら」
「レフトゥルからすれば、ウスンサーリが傲慢に見えたからですね」
「神父様、私の聞いたところだと、ウスンサーリは、人は自分の意思で善悪を判断して、よい行いができるって言ったのでしょ?」
「はい、その通りです」
「それを、馬の糞扱いにしちゃ、、ちょっと怒るわね、、、」
「レフトゥルは、人は自分からは善い行いはできない、人間の考えることなんて間違いだらけだって言ったのですよ。それも間違ってはいませんが、、」
リルネはだんだんと聞きづらくなって、階段まで出て行って、神父さんの周りに集まっている人たちの輪の後ろに立って、一緒に聞き始めた。
「ウスンサーリは、人間が善いことをしたときには神様は褒美をくださる。しかし悪いことをすれば罰を与える。そうやって神様は人間に正しさを教えているのだと言います。しかし、レフトゥルは違います。彼は人間がする行いによって神様が褒美をくれるのではなく、ただ信仰によってだけと言います」
「レフトゥル先生の言うことは、何かわかりにくいんだよなあ。すると、レフトゥル先生は、人のすることは関係なくて、信仰さえ持ってたらいいと言っているわけですね?」
「そうですね、、特に、地位のある人や聖職者たちを偽善者と言って攻撃しています。やることなすこと偽善と言ってね」
神父さんは苦笑いしている。
「私はレフトゥルと同じ修道院にいたのですが、彼は優秀な修道士でしたよ。誰よりも早く起きて祈りをささげ、掃除や修道院の公務も一生懸命に取り組んでいました。それなのに、彼はよく言っていました。『自分は正しいことをしているのかどうなのか、よくわからない』って。誰よりも模範生の彼がそんなことを言うのですから、僕らは皆びっくりしたものです」
「はあ~、レフトゥル先生がそんなに気弱だったなんて、信じられません。今じゃ教皇にも、あんなはっきりと物言うのに」
その時、教会の鐘が鳴った。
「あ、そろそろ行かなくては。またお話しいたしましょう。いつでも来てください」
人々は三々五々に散っていった。
フェリーシアがいつのまにかリルネの後ろに立っていた。
「リルネは、ああいう話が好きなの?」
「う~ん、好きかどうかはわからないけど、弁競演会の内容だったから、興味があったの」
「そう」
フェリーシアは短く返事をして微笑んだ。しかしなぜだかリルネには、そのフェリーシアの笑顔が寂しそうに見えた。
「フェル、話は終わったの?」
「ええ。数日後にエッジスタートの外相と合流するわ」
「私は、そこで彼らと一緒にエッジスタートに向かうの?」
「ええ、そうしてもらうつもり」
「フェルは、どうするの?」
「私は、、まだ、わからない」
「フェルも一緒に行きましょうよ、、。フェルが狙われているのに、あなたがここに残るって、、その方が危ないじゃないの、、」
フェルの助けになりたいと思う。でも、彼女みたいに護身術ができるわけでもない、臨機応変に作戦を立てられるわけでもない、自分の無力さが悲しくなってくる。彼女を一人残したくないけれど、自分が一緒にいれば、きっと私はお荷物になる、、。
リルネの顔に不安と落ち込みの表情が出ているのを見て、フェリーシアはまた微笑んだ。
「あなたにそんな顔をさせてしまって、、、ごめんなさい。でも、それは、、、私を心配してくれての顔なのかしら? それとも、ここで二人の旅が終わってしまう心残りの顔なのかしら?」
どちらも図星で、リルネはカーっと顔が赤くなるのを感じた。ばかぁ、、こんな時に何言ってんのよ、、。
「そっ、そっ、それは、、、どっちもよ!」
「ふふふ、、ありがとう」
フェリーシアはリルネの手をつかみ、階段を下り始めた。リルネは急に手を引っ張られて追うように階段を下りていった。
フェリーシアはぎゅっとリルネの手を握っていた。
リルネはこのままフェリーシアの手を離したくないと思った。
宮殿の奥、国王の執務室では国王とトーボルクがワインを飲みながら二人っきりで話をしていた。
「陛下、今度のエッジスタートとの会談では、思いっきり脅してやってください。あいつらが緊張すればするほどこちらの思うつぼです。我々は戦争も辞さないでいると、思ってくれれば渡りに船ですよ」
「そうだのう、思いっきり脅すか。あの落ち着き払ったじじい外相の鼻をあかしてやるのも一興じゃ」
国王は、いつも高みから見下されているような気になるエッジスタートの外相に、脅しを効かせ、彼の怯える様を想像して悦にひたった。
ふと、国王は思い出したようにトーボルクに言った。
「それはそうと、トーボルクよ、おまえは傭兵隊を雇ったのか。必要ならわれの兵を少しくれてやるぞ」
「陛下、それには及びませぬ。私も陛下をお助けしようと、私なりに動いております。ここだけの話ですが、エッジスタートのお転婆姫をつきとめました。その小娘を捕まえようと私兵を出しております」
「おう! そうか。忍びで一人旅をしておるという噂は本当であったか。愚かな娘め。それはお手柄だぞ! トーボルク」
「はい、ありがとうございます。その小娘さえとっつかまえれば、こちらのものでございます。わざわざ兵を動かす必要もないかもしれません」
「弁競演会といい、エッジスタートの小娘といい、運がこちらにまわって来たようだのう」
国王とトーボルクは笑いが止まらなかった。




