11話 情報屋ウォルター
フルトン駅には翌日の昼過ぎに着いた。この駅はサックセン国の中心地だけあって大きな都市だった。
汽車を降りて駅前広場に出てみると、いろいろな品物が並べられた露店がひしめき合っていた。人にぶつかりそうになりながらも、はぐれないようにフェリーシアの後をくっついて歩いた。
馬車の行き交う大通りに出て、通り沿いを歩く。いたるところにビラやポスターが貼ってあって、弁競演会の応援ビラもある。ここはレフトゥルのお膝元になるため、地元上げての応援がされていた。すでに勝利したレフトゥルの姿が描かれたポスターもある。他にも変わったところで、白バラ十字団の宣伝ビラや入会受付というポスターもある。
フェリーシアはきょろきょろしているリルネに合わせて、ゆっくりと歩き、食事のできそうな所を探した。この辺りは人が多すぎてどこも落ち着けそうにない。
もう少し歩くと、前方に大きな大衆食堂があった。
「リルネ、そろそろ食事にしましょう。あのお店なら席はありそうよ」
食堂はたくさんのお客さんでごった返していた。二人は空いている席を見つけて座った。周りは商人や職人さん、大学生らしき人から旅人までいろんな人がいた。隣の席ではひげをたくわえた職人らしき男が、ビールを飲みながら白バラ十字団の話をしていた。
「俺の甥っ子がよ、あいつは昔から筋のいい奴だと思ってたんだが、何と『おじさん、ぼく白バラ十字団に入るんだ』なんて言い出しやがってよ、、。それで俺は嬉しくなって『おまえ、白バラ十字団ってぇのは、どんなのか知ってるか?』って聞いたんだ。そしたら『ああ、知ってるさ。困っている人を助けて、悪いやつをやっつけるのさ』って言うのさ。で『やっつけるって、どうやってやっつけるんだ』って聞くと、『おじさん、何言ってんだよ。剣に決まってるじゃないか』だってよ。やっぱ、ちびはちびだぜ。がはっはっはっ!」
「うちのかみさんなんかはよ、『飲んでばっかりいないで、少しは人の役に立ちなさいよ! あんたができることなんてないんだから、せめて白バラ十字団でも連れてきな! この役立たず!』だってよ。へっへっへっ、、」
昼からこんなところで飲んでたら、そりゃそう言われるよと思っていると、、今度は斜め後ろからひときわ大きな声がした。
「そりゃどういうことだ! もっと聞かせろよ」
「いいや、ただで聞かせるのはここまでだ。もっと聞きたけりゃ、出すもの出してもらわねーとな、、」
「なんだよ、、かたいこと言うなよぉ、、」
そこのテーブルはちょっとした人だかりになっていて、その中心にいたのは小柄な男だった。
「情報屋のウォルターに『ただで話せ』は無粋だぜ。こいつの話は当たるんだぜ。どこで仕入れているんだか知らねえがな」
小柄な男はかぶっていた帽子を取って、料金箱よろしく中を押し広げ、テーブルの真ん中に置いた。すると、話を聞きたくてうずうずしている男たちは、酔った勢いもあってか次々と小銭を入れ始めた。
「おっし、これでいいだろ、おい話せよ。もったいぶらずによぉ、、」
「ウォルター、この間の話は外れたぞ~」
あちこちから野次が飛ぶ。
「何言ってんだよ。あれは弁競演会の愚痴を言っただけだろうが。俺の情報屋としての話と別扱いにしてもらわなけりゃかなわないぜ、、。まったく、愚痴もうかつに言えねぇな、、」
「わかった、わかった、、。それで、その白バラ十字団の正体がわかったのか?」
ウォルターは帽子の中に集まった小銭を自分の小袋に納めた。
「それじゃあ、白バラ十字団入会の話の続きをするか。さっき話した入会所は、偽の白バラ十字団だったよ、、。そこは、貴族様のお抱え錬金術師が、自分の弟子を増やそうと白バラ十字団の名を使って、人集めをしていたのさ。本物じゃあねえ。この間なんぞはフレンクランのある町で、自分は白バラ十字団だ、なんて自ら名乗り出た奴がいた。そしたらそいつどうなったと思う?」
「そいつも偽者か?」
「自分から名乗り出るなんて偽者に決まってるじゃねえーか。そいつは、そこの領主に捕まっちまったんだ」
「おいおい! なんで捕まるんだよ」
「いいか、この国は白バラ十字団発祥の地と言われるだけあって、自由だが、、フレンクランじゃ、そうはいかねえ。あそこは教皇様の息がかかっているからな。そういうところでは「白バラ十字団」なんて言葉は、めったに口に出せねえ。取り締まりが始まったからな。それに比べりゃ、ここは気楽でいいもんだ。それにここにはレフトゥル先生がいらっしゃるしな。おっと、だからといって、レフトゥル先生が白バラ十字団ってわけじゃねえぞ」
ウォルターは周りの男たちの好奇心を適度に煽りながら、ビールを飲んで続けた。
「教皇様はよ、白バラ十字団がお気に召さないのさ。『世界を変える』なんてやってるからな。だからそういう意味でも、今度の弁競演会は重要なのさ」
人だかりは大きくなっていた。ウォルターはちゃっかり帽子を顎で指して、しっかり出すものを出させている。その間も周りの客たちは楽しそうに好き勝手言っている。
「そりゃ、どういうことだよ。何で白バラ十字団と弁競演会が関係あるのさ」
「バカだな、レフトゥル先生が勝てば、白バラ十字団の取り締まりは行われないってことだよ。なあ、そうだろ。ウォルター」
ウォルターは帽子の中の小銭をまた小袋に収めると、思わせぶりな顔で言った。
「そうだ、そういうことだ。教皇様の力はレフトゥル先生の前では無力なのさ、、。だが、ここで問題がある。レフトゥル先生は、弁競演会でえらく不利だってことだ」
「ああ、この間、話してたやつな、、。会場がフレンクランだからサポーターが大勢集まってきて、ワンサイドゲームにするって」
「そうだ。その通りだ。そして、ここに各国の思惑が絡まってくる、、。おっと、弁競演会の話は、ここまでだ。これ以上は話せねえや。俺の命がいくつあっても足りねえ」
ウォルターはすぐさま話を変えた。
「ところで白バラ十字団について、はっきりとわかっていることは何か、、おまえさんたち知ってるか?」
「そりゃ、おまえ、、あちこちに出没して、困っている人たちを助けてるって」
「いや、オレは錬金術師だって聞いたぜ。金を出すって言うじゃないか」
ウォルターは早々に彼らの言葉を切って言った。
「まあ、そんなところだろうな。まず、白バラ十字団はいつできたか? それは今から120年前だ」
「ずいぶん前からいるんだな、、」
「ホワイト・ローゼン・クロイツっていう男がいたんだ。こいつが白バラ十字団の創始者だ。この男は東の国々を旅していろいろと見聞を広めたらしい。こっちに戻ってくると、貧しい農民たちを中心に病気を治していた。旅をしながらそんなことをするもんだから、徐々に噂になって広がっていった。すると今度は、そいつの信奉者たちが出てきた。ようするに弟子入りってやつだ。弟子たちはローゼン・クロイツに学んで同じことをしだした。その時、弟子たちはローゼン・クロイツの志を継ぐという意味で、俗世から身を隠す黒いコートを羽織り、胸にはホワイト・ローゼン・クロイツの頭文字[W.R.C]というバッジをつけたんだ」
リルネは手に持っていたスプーンを落とした。「やっぱりビンゴ!!」と心の中で叫んだ。リルネは素早くフェリーシアを見たが、彼女は聞いているのかいないのか、表情も変えずにスープを飲んでいる。
一方、ウォルターの話は続いていた。
「なぜ内緒にされていたかとえば、ローゼン・クロイツは死ぬ時に120年間は誰にも知られるな、それが過ぎたら公言していいと、遺言を残したんだ」
「何で、知られちゃいけねえんだよ、、いいことしてるのによ。それに120年ってなげ~な」
「実際、ローゼン・クロイツがどう考えたかはわからねえが、、ただ、確かなことは、東の国々の方が技術も文化も発達してたから、歴代教皇はそれを知られたくはねえはずだよなってことだ。向こうは異教の国だからよ。異教徒の方がオレらよりも豊かで技術も高いってなったら、威厳もくそもないだろ。そうなると、いつ教皇に狙われるかわからねえ、、。知られねえ方が長生きできるってことさ」
「なるほど、、。すると、なんだ、、白バラ十字団が、エッジスタートのギルドだっていうのは、やっぱ、違うんだな」
「ああ、そんな話があったな。ありゃ、デマだな。考えてもみろよ。ギルドってぇのは、自分たちの利益や技術を守るために秘密を守らせているんだぜ。けど白バラは、自分たちの利益なんて何もねぇじゃねえか。100年間タダ働きだぜ。白バラの方は、なんて言うか、、毛色が違うんだよ。流行りの思想にあてられた、、一部のムーブメントってな、、感じか」
ウォルターは目の前のビールを飲み干した。
「ところでおまえさんがた、フリーメイソンって聞いたことあるだろ?」
取り巻きたちは「お!新しいネタが出た!」と身を乗り出してきた。
「もとはギルドらしいが、そこには貴族や豪商たちまで入ってるっていう話だ。これこそが秘密組織だな。各地にロッジと呼ばれる支部がある。エッジスタートのギルドはそっちの方と関係があるらしい、、。これはもうちょっと情報を集めねぇと、言えねぇな。あ、そうそう、フレンクランのトーボルク、知ってるだろう?」
「ああ、知ってるさ。オレもあれくらい稼いでみてえよ」
「あいつが傭兵隊を使って、どうもエッジスタートのギルドを狙っているらしい」
リルネはまたスプーンを落とした。
「これはまだ噂でよ、はっきりしたことはわからねえがな。どうも何か、エッジスタートのギルドの尻尾をつかんだらしい」
「尻尾? 尻尾って何だ?」
「いや、まだそこまではわからねぇ。あいつはエッジスタートのギルドを丸ごと買い取ろうとしてたが、ことごとく失敗したからな。それで今度は傭兵隊を使って脅しをかけようとしているらしい。トーボルクも下衆野郎になったもんだよ、まったく」
リルネはもっと聞きたかったが、話はそこで終わってしまった。
二人も食事を終えて食堂を出た。リルネは興奮気味にフェリーシアに聞いた。
「フェル、あの人すごかったね! 言っていたことは当たってるのかな?」
「さあ、、どうかしらね」
「最後の話、あれ、クロイチェンで襲ってきた黒ずくめの男たちのことでしょう。あのトーボルクっていうのは何者なの?」
「トーボルクはフレンクランの王室付きの豪商よ。今では、金融と貿易で莫大な利益を上げているわ。フレンクラン王室にもお金を貸し付けているくらいよ。彼が言っていたように、トーボルクはずっとエッジスタートのギルドをねらっていた。だけど、国王がずっとそれを阻止してきたの」
フェリーシアは思い出すように言った。
「そこの部分は当たっていると思うわ。あんな怪しい連中を使ってエッジスタートと人質交渉しようとするなんて、彼くらいしか思いつかないでしょうね。私の情報を掴んだことも含めて」
フェリーシアはそこまで読んでいたようだった。
「じゃあ、『エッジスタートのギルドの尻尾』って、やっぱりフェルのことなのね、、。尻尾って何よ、尻尾って! 失礼しちゃうわよね!」
リルネの怒りどころに、フェリーシアは苦笑しながら、、そして立ち止まった。
「さあ、これからここに入るわよ。ここはレフトゥルの知り合いの神父さんが導いている教会よ」
確かに、目の前には大きな教会があった。




