10話 黒服の男たち
ドルデンに送られてクロイチェンまで来たフェリーシアとリルネ、そしてヨハンは、駅から少し離れた宿で休んでいた。
「ところで、あの脱出作戦は誰が考えたんだい?」
リルネは得意そうにフェリーシアを見た。3人は食堂でお茶を飲んでいた。
「フェリーシアなんだね、びっくりしたよ。あのパンに挟んであったメモと針を見たときは、、、」
ヨハンは愉快そうに笑った。一見弱々しそうに見えるが、陽気に笑うとイケメンにも見える。
「どういたしまして。うまくいってホントよかったわ。それよりも、あなたがしていた針での治療って、あまり見たことがないのだけど、、それはどちらで習得したの?」
「あ、うん、、これは昔、ボクが住んでいた町に先生がいたんだよ。その先生から直接学んだんだ。でも、ここではそれが異端になるなんて、、思ってもみなかったよ」
ヨハンはまだ旅慣れしているわけではないようだ。それに旅の先々で、出会う人たちにあんなに入れ込んでいては身がもたないだろう。
「二人はこれからエッジスタートかい?」
「ええ、いったんフレンクランに向かうけれど、行き先はエッジスタートよ」
「ああ、そう言っていたね。もしかして、大祝祭を見に行くの?」
「そうね、、、考え中、、」
フェリーシアは悪戯っぽくリルネを見た。もしかして、フェリーシアは大祝祭を見る方に予定を変更しようとしているのだろうか、、リルネは少し胸が弾んだ。
「ボクは、ぜひ見てみたいと思って、始まる日にちに合わせてフレンクランに入るつもり」
「あら、そうなのね。それならもし向こうで会えたら、一緒に回りましょう」
リルネも隣でうなづきながら、二人で回れるわけではないのかと、、なぜだか、少しがっかりした。
「そう言えば、、ヨハン、あの黒いコートはどこで手に入れたの?」
リルネはあの黒コートが気になっていた。
「あれは旅の途中で、ある旅人さんにもらったんだよ。その人、ひどい下痢を起こしていて、数日つきっきりで看病してあげたんだ。やっと元気になって、、そしたら一緒に旅をしないかって誘ってきたんだ。だけどボクは一人の方が気楽でいいから断ったんだよ。そしたら、このコートをくれたんだ」
「へえ~、そうなのね、、、ところで、白バラ十字団って聞いたことある?」
リルネは攻め方を変えて、直球で言った。
「う~ん、聞いたことないな、、」
リルネは、あれ、違うのかな、、と一瞬思ったが、よくよく考えると、白バラ十字団は自分たちの正体を隠しているではないか!
「そう、、ふふふ、聞いたことないんだ、、」
リルネは、ヨハンのとぼけるところがまさしくそうじゃない! と、一人会心の笑みを浮かべた。その隣でフェリーシアは、肩を震わせながら笑いをこらえていた。
ヨハンはさわやかな笑顔を残して出発して行った。
「さて、私たちも出発しましょうか」
フェリーシアがリルネに言うと、リルネも満面の笑みで応えた。
リルネはこの旅が日を追うごとに楽しくなっていた。世の中には不思議な出来事、想像さえしなかった事がたくさんあって、そしてそれを、フェリーシアと一緒に体験できるのがたまらく嬉しかった。
二人はクロイチェン駅に向かって歩いた。
前方に駅舎がはっきり見えるところまで来ると、突然、フェリーシアがリルネの手をつかみ、道の脇へと寄って行った。
「どうしたの?」
リルネはいぶかしげにフェリーシアを見たが、彼女は前方を見たままだった。
「このあいだの黒服の男、サックセン東駅にいた男たちを覚えているでしょう。似たような男が駅舎の前に立っているわ」
リルネはびっくりして目を凝らした。すると確かに黒ずくめの男が、駅の入口に背をもたせて立っていた。
フェリーシアはため息をついた。
「全く世話がやけるわね。きりがないわ。もう、こうなったら正面突破で行きましょう」
リルネはちょっとおののいた。正面突破ってどういうこと、、あの入口を全速力で駆け抜けるのだろうか。そんな無謀なことはしませんようにと、リルネは祈る気持ちで前方を見た。
「何人いるのかしら? さあ、行くわよ、リルネ」
「えっ、うそ、、」
「何しているの、行くわよ。私たち汽車に乗らないといけないのよ」
「だって、、あの男がいるのにどうやって汽車に乗るの、、」
リルネがしり込みしながら言うと、
「話をつけて乗るのよ」
拍子抜けするほど簡単にフェリーシアは言った。
「いいから、私にまかせて。さあ、早く行くわよ」
フェリーシアはリルネの手をとって歩き出した。
駅に近づいて行くと、黒ずくめの男はもう一人いることがわかった。そして向こうもこっちを視界に捉えた。リルネも覚悟を決めてフェリーシアの後についている。
二人がそのまま直進すると、向こうもこっちに向かって歩き始めてきた。距離が縮まってくると、当然、フェリーシアはリルネの手を取り、横道の市場へと入って行った。午前中の町市場はまだ店を出していない。人が少なくて閑散としている。リルネはだんだんと不安になってきた。
フェリーシアはわざと人気のない路地へ入って行くようだった。黒ずくめの男たちはフェリーシアに導かれるように市場の路地を追ってきた。
周りに誰もいないのを確認するとフェリーシアはリルネの手を離なして、後ろを振り返り男たちに向かって言った。
「あなたたちは誰の手下なの? 私に何の用?」
男たちはこちらに近づきながら、薄笑いを浮かべていた。十分近づいて来ると、
「礼儀のいいお嬢さんだ。最初からそうやって手間を取らせなかったらよかったのにな」
男たちは余裕の面持ちで言った。
「どこぞの国の傭兵くずれさんかしら? そちらは礼儀がなさそうね」
「ふん! どこの姫さんか知らんが、あまり生意気な口は聞かないほうがいい! 痛い目に合いたくなければな」
男はさらに近づいてきて、フェリーシアの手首をぎゅっとつかもうとした。するとフェリーシアは、握ってきた相手の腕の方に素早く回り込んで、握った腕を逆手に握り返したかと思うと、そのまま男の腕を背中で締め上げてしまった。あまりの早技にリルネには彼女が何をしたのかよくわからなかった。
「痛てて、痛てぇ、、この野郎!」
男は悲鳴を上げた。締め上げられた腕は肩の関節からしっかりと入っている。
それを見たもう一人の男は、どう飛びかかろうか間合いをはかった。フェリーシアは手首と腕を絞り上げながら、もう一人の男へと近づいて行った。
「あんたたち、どっから来たの」
「知らねーよ!」
もう一人の男はそう言うと、フェリーシアのほうへ回り込んで襲い掛かってきた。フェリーシアは絞り上げていた男を、その男に向かって押し出した。男をよけさせている隙に、二人目の男の懐に入って素早くみぞうちに一撃を食らわした。男は「ぐほっ」と変な声を出してその場に倒れた。腕を締め上げられていた男は、腕が痺れて片膝をついていたが、すぐに立ち上がろうとした、、が、フェリーシアに立ち上がろうとしている膝の後ろを蹴り上げられた。
「痛ってぇ!」
今度は仰向けに倒れた。
「さあ、言いなさい! 誰に頼まれたの! 私を誰と勘違いして捕まえようとしてるの!」
フェリーシアは今度はどこを蹴り上げようかというように、その男を見下ろしている。
「ちいっ、なんだ、てめぇは! ただの小娘だって言うから、、、ったく、ちきしょう!」
「小娘でなくて、おあいにく様。もう少し試してみましょうか。まず手始めに、肩の関節はずしから、、」
フェリーシアが一歩踏み出すと、
「近づくんじゃねっっ!」と、男はそのまま後ずさりした。
「あなた、そのなまりは、、そうね、フレンクラン南部の山間地ってとこかしら」
男は顔を赤くした。
「うるせぇ―! 俺はこう見えても国をまたいで動く傭兵なんだぞ! 田舎もん扱いするんじゃね―!」
男は唾を飛ばしながら叫んだ。フェリーシアは内心驚いた。どこぞの国がエッジスタートのギルド目当てで自分を狙っているのかと思っていた。が、しかし彼らは雇われた私兵らしかった。
「あら、手広く活躍している傭兵さんなのね。まあ、、それはすごいわ。でも捕まえる相手を間違えたんじゃないのかしら。どこぞのお姫様を捕まえる予定ではなかったの? 私で合っているのかしら?」
「くっそー、知るもんか! おまえがどっかの姫だってことしか聞いてねよっ!」
「傭兵さんが何で一国の姫をねらうのよ?」
「そんなこと知るか!」と男が言うと、フェリーシアはまた一歩近づいた。
「来るんじゃねえ! 来たらぶっ殺すぞ!」と言って後ずさった。
フェリーシアは強い口調に変えた。
「誰が姫を捕まえるように命令したの! 言わなきゃ、指からはじめるわよ!」
リルネは恐怖と驚きで、さっきから少しも動けず固まったままだ。フェ、フェ、フェルって怖いし、、つ、よ、い! 男がフェリーシアの質問に答えないので、だんだんと心配になってきた、、男の方が! やられる前に、、早くしゃべってしまえ!
「わかった! わかった! けど、、知らねえことは知らねえんだよ。うちのボスが、誰かからの依頼とかで、、その姫様を、生け捕りにしろって言ったんだよ」
男は、フェリーシアをなだめる作戦に変えたようだ。言葉がやわらかくなっている。しかしフェリーシアは、変わらずその距離を縮めようとする。
「ほんとだ! ほんとだよ! それしか知らねんだ!」
フェリーシアは男をにらみつけていた。彼は本当にそれ以上は知らないようだった。
「そう、そしたらそのボスに言っておきなさい。捕まえようとしていた娘は、ボスが言っていた姫ではなかったようだと、迷惑よ!」
一応しらを切りとおしたが、それで納得する相手でもないだろう。フェリーシアはリルネに合図を送りその路地から出て行った。
リルネは硬直したまま身体を動かし、懸命について行った。
二人はそのまま足早にクロイチェン駅へと向かった。
「あ、あの、フェル、、フェルって、すごいね」
汽車の中で、二人はそれぞれ窓の外を眺めていたが、リルネはちらちらとフェリーシアの様子を伺い、話しかけた。フェリーシアはさっきからずっと何かを考えている様子だった。
「えっ、ああ、、本当は、あんなことしたくなかったの。ごめんなさいね。怖い思いをさせてしまって」
フェリーシアは申し訳なさそうに言った。
「ううん、大丈夫。あれは、その、、剣のたしなみでもあるの?」
リルネにはフェリーシアの身のこなしが鮮やかすぎて、何をどう稽古すればあんなことができるのか見当がつかなかった。
「護身術は昔から教わっていたのよ。骨や関節の構造とその可動域を頭に入れておけば、小さい力で大きな人を負かすことができるわ」
リルネにはちんぷんかんぷんだった。
「それより、これからフルトン駅に行って、一つ仕事をすませないといけないわ。だいたい誰がバックについているか見当もついたし、、。さっきは向こうが油断して、武器も持たずに素手で来てくれたからよかったけど、、。王国所属でない傭兵たちはたちが悪いの。相当警戒しないといけないわ。彼らは何をするかわからないから、、」
そう言うと、また考えの中へと入っていった。




