9話 ヨハンの脱出
翌朝、シモンは何事もなかったかのように畑に出て行った。子どもたちはハンナの手伝いをしながら、いつもと同じように騒いでいる。ただフェリーシアとリルネはあまり人目につかないように、ずっと家の中でハンナの内職を手伝っていた。
ドルデンは昨日のうちに、クロイチェンに行商に行ってくると言って、馬車に荷を積んで出かけてしまった。カールとジョシュは交代で穀物倉庫を遠くの木陰から見張り、そこに出入りする兵士の数を数えていた。
リルネはダイニングにあるヨハンの荷物をまとめていた。ヨハンの持ち物はとても少なかった。最後に壁にかけてあったヨハンの黒いコートをたたもうとした。コートには胸元にバッチがついていた。リルネは何のバッチだろうと指でつまみ上げると、そこには「W.R.C.」と刻まれていた。
あれ、どっかで聞いたことがあるような、、、何だったかな? リルネは一瞬考え込んだが、そんなことをしている場合じゃないと、そそくさとコートをたたんでカバンの上に置いた。そして自分たちの荷物もまとめた。
フェリーシアは馬小屋に行って乾いた馬の糞をいくつか集めた。そしてそれを粉々に砕いて、中に混ざっていた草などの繊維を抜いた。次に暖炉の燃えかすを集め、それもまた粉々に砕いた。乾いた馬糞にそれを混ぜ入れて、黒い細かな燃えかすの残る灰色の砂を作った。
夕方になると、シモンは馬車の用意を始め松明を荷台に乗せた。リルネはヨハンと自分たちのカバンを馬車に載せた。
「ハンナ、行って来るよ。うまくいくように祈っといてくれ」
「ああ、あんた。よーく祈っているから、うまくやってくるんだよ」
ハンナはシモンにそう答えると、フェリーシアとリルネに言った。
「二人とも、短い間だったけど、楽しかったよ。体に気をつけて、元気で過ごしなさいよ」
フェリーシアとリルネは「ありがとう」と礼を言うと、馬車に乗り込んだ。馭者台にはフェリーシアとシモンが座り、リルネはあまり人目につかないように荷台で小さくなった。
シモンは馬に一声かけて馬車を出発させた。
丘の上にある屋敷と穀物倉庫に登っていく道の木陰に、カールがいた。
「シモン、来ただか」
「お疲れさん。どうだい? 穀物倉庫のほうは?」
「うん、別にこれといって変わったことはねえ。朝遅くに3人穀物倉庫に入って行ったが、今のところ、順繰りで3人が出てきて、上の部屋へ上がって行っただ。ジョシュは昨日の夜から朝まで見てくれてたが、別に変わったことはねえ、と言っとった」
穀物倉庫には2階に小さな宿舎部屋があり、穀物倉庫担当の私兵たちはそこをねぐらにしている。階下に異常があればすぐ駆けつけられるようにだ。
「それじゃ、今、穀物倉庫の兵士は2人だな?」
「おう、そうじゃ」
リルネは荷台から降りて、自分たちとヨハンのカバンを下した。シモンはカールにパンと水を渡すと、リルネと一緒に待っているように言った。ドルデンも、もうそろそろ現れるはずだった。
シモンはフェリーシアに合図を送り、フェリーシアもうなずくと、二人は馬車で丘の上の穀物倉庫へと向かった。
二人は穀物倉庫の入り口に馬車を止めると、深呼吸を一つして穀物倉庫の中に入っていった。
牢の前には昨日と同じ兵士が座っていた。
「兵士様、ヨハンにパンと水を持ってきました」
「そうか、やっていいぞ」
兵士の返事を待って、フェリーシアが言った。
「兵士様、ビールをお持ちしました。お勤めされているお仲間たちと一緒にお召し上がりください」
フェリーシアはハンナに持たされたビンを見せた。牢屋に家族が捕まると身内の者たちは、兵士たちに便宜をはかってもらおうと何かしらの差し入れを持ってくる。
見張りの兵士は「遅かったな」という表情で、顎をくいっと待機小屋の方へ向け、持って行けと合図した。フェリーシアはすぐ横の待機小屋に向かった。そして中へ入ろうとドアを開けようとしたその瞬間、シモンが「兵士様!」と声をあげた。シモンはしゃがんで牢の鉄柵のたもとを指さしている。
「何だ、何事だ」
兵士は面倒くさそうに、牢屋の前でしゃがみこんでいるシモンに近づいた。待機小屋の兵士もシモンの声に気付き、窓から外をのぞいた。シモンは昼間に畑から取ってきた葉喰い虫を、わざと数匹地面にばら撒いて、兵士を呼んだのだった。
「こんなところに葉喰い虫がいます。穀物倉庫にこいつらがいたら大変なことになりますよ」
そう言いながら虫を一匹つまんで兵士に見せた。
「何だ、こんな虫一匹で!」と言いつつ、兵士は少し不安になった。
「まったく! おまえ、そこにいる虫を全部拾っておけ」
すると、今度はヨハンがびっくりしたように言った。
「兵士様、兵士様の首筋にも一匹ついています」
「何、首筋に?」
兵士は手で首を何度かはたいたが、何も落ちた様子がなかった。シモンは兵士に言った。
「ああ、そこじゃないですよ。もっと後ろです。わしゃ、両手で虫をつまんでいますんではたけないです。ヨハンに取ってもらってください。ほら、その首の付け根のところですよ」
兵士は「なんだ、どこだ、どこだ!」と両手で首を探るが、それらしき物の感触がない。
「ええいっ、おまえ! 虫をちょっと取れ!」
そう言ってヨハンに背中を向けて首を寄せた。するとヨハンは、手のひらに隠し持っていた治療用の針を指先に持ち替えて、兵士の首筋を軽くなぜてポンと針をさした。
「兵士様、つまみ取りました」
そう言って、シモンがこそっと寄こした虫を兵士の手のひらに載せた。
「まったく! どっから入ってきたんだ。一応、領主様には報告しておく」
兵士は手のひらの虫を見ながら機嫌悪そうに言った。首に針が刺さっていることには全く気づいていなかった。
待機小屋からはフェリーシアが出て来た。
「兵士様に渡しましたので、お勤めが終わりましたらお召し上がりください」
シモンとフェリーシアは挨拶をして、そのまま穀物倉庫から出て行った。
「少し早いが、一杯、味見するかな、、」
兵士は二人が出て行ったのを見て呟いた。そして一応、ヨハンを見やった。鉄柵の中のヨハンは、じーと兵士を見ていた。なんだ、あいつ、、オレを睨んでいるのか、、。そう思いながら立ち上がると、急に立ち眩みがして椅子に尻もちを着いた。
一方、穀物倉庫から出たシモンとフェリーシアは馬車で丘を下りてきた。丘の下の木陰には、ドルデンが来ていた。ドルデンは誰にも見られずヨハンを村から出すために、わざと昨日馬車で村を出て、今、誰にも気づかれないように戻ってきたのだった。
ドルデンの馬車は空だったが、そこにヨハンとリルネたちの荷物が載せられていた。
「ああ、ドルデン、来たか。ヨハンはうまく兵士の首に針をさしたぞ! 待機小屋の兵士も、、、」
「ええ、大丈夫よ。シモンが中の兵士を窓に引きつけてくれたから、うまく寝かせられたわ」
フェリーシアはシモンに、待機小屋の兵士の気をひかせるために、自分がドアを開けるのと同時に声を出すようにと言っていた。シモンが声を上げると同時に素早く中に入り、窓から外の様子を見ている兵士の後ろについて、兵士の振り向きざまにみぞうちへ一発かましたのだった。
兵士は何やら視界に入ってきたかと思った瞬間、みぞうちに鋭い痛みを感じ気を失ってしまった。フェリーシアは兵士を壁にもたせ掛けて、待機小屋を出たのだった。
シモンは火のついていない松明を2つ持った。今度はリルネも加わり、フェリーシアの作った灰の入った袋を持ち、今度は3人で穀物倉庫へと歩いて向かった。
兵士は、自分を凝視しているヨハンが気に食わなかったが、それより、急に体の自由が利かなくなっていることに気づいた。どこが痛いわけでもないのに、だんだんと体の力が抜けているような気がする。
<どうしたんだ、、目が回り始めてきた、、くそっ、。それにしても、、何であいつは、、オレを、じっと見ていやがるんだ、、。オレの、具合悪いのが、あいつには、わかるのか、。いや、、あいつが、見ているから、オレが、具合悪いのか、。そうだ、、そういえば、あいつは、、魔女、と言われてた、な、、。そうか、、あいつは、ほんとに、魔女なのか、、。オレに、魔法を、、かけようとしているんだ、、。ああ、なんてこった、、早く、仲間に、知らせなきゃ、、、>
兵士は椅子から立ち上がって待機小屋の方へ歩き出そうとした。しかし、目が回って体が思うように動かない。兵士はとうとう気を失い、その場にどさっと倒れた。
シモンたち3人は穀物倉庫の入り口に辿り着いた。注意深く中をうかがったが、中からは何一つ物音がしなかった。目を凝らすと椅子の横で誰かが倒れているのが見えた。用心しながら中へ進んでいくと、さっきの兵士がヨハンの針を首につけたまま倒れていた。
フェリーシアは兵士の腰についている鍵束を取り、牢屋の鍵を開けた。シモンは松明に火をつけて牢屋の鉄柵を焼き始めた。鉄柵2本に上下1カ所ずつ焦げ目をつけている。それは人が通れるくらいの四角い枠を彷彿させた。
リルネは牢屋からヨハンが出るとすぐ中に入って、シモンが焼いている鉄柵の内側に、持ってきた灰を薄くまいた。
ヨハンは牢から出ると倒れている兵士に歩み寄った。手首の脈を取って、それから静かに首に刺さっている針を抜いた。
リルネが牢から出てくると、再びフェリーシアは鍵をかけ、その鍵束を兵士の腰に戻した。
皆、それぞれの仕事を手早くこなしていたが、鉄柵に手を焼いていた。ヨハンもシモンと一緒に鉄柵を焼いたがなかなか焦げ跡がつかず、シモンはだんだんとあせってきた。今にも後ろで気絶した兵士が起き上がってくるのではないかと思った。
フェリーシアとリルネも少しあせり始めてきた。穀物倉庫2階にはまだ残りの兵士たちがいるのだ。見回りにでも入って来られたら一貫の終わりである。誰にも見られないうちにヨハンを連れ出さなければならない。
「リルネ、ヨハンを連れて先に出口まで避難していて。彼は誰にも見られてはいけないから。そこで、2階から誰かが降りてこないか見ていてくれる? もし下りてくるような気配がしたら、ヨハンを連れて、そのままドルデンのところまで逃げてちょうだい」
フェリーシアはリルネとヨハンにそう言うと、ヨハンの持っていた松明を引き取った。
「そんな、、二人はどうするの、、」
「大丈夫よ、心配しないで。もし誰か来たら、私たちは穀物袋の間にでも隠れればいいわ」
リルネは不安になったが、こういう時のフェリーシアの言葉は絶対だと思った。
「わかった。二人とも気をつけてね」
そう言うとヨハンと一緒に、出口に向かって静かに歩き始めた。
出口にたどり着くとまず外の様子をうかがった。人の気配はない。そして倉庫入口の右側にある2階へ上がる階段も静かだった。
リルネとヨハンは馬を留める横木に身を隠して、倉庫の中と階段を見ていた。耳をすますと、なるほど2階からかすかに兵士たちの笑い声が聞こえてくる。リルネはもう気が遠くなりそうだった。1秒1秒が長く感じる。
するとヨハンがリルネの背中を軽くこづいた。リルネが振り向くと彼は笑顔で倉庫の中を指さした。フェリーシアとシモンが火を消した松明を握りしめながら、こっちに小走りで走ってきている。
リルネは出口に立つと、二人に2階は大丈夫という合図を送り、ヨハンと一緒に丘を下り始めた。それを見たフェリーシアとシモンもそのまま一気に外へと飛び出した。4人は上半身を伏せながら丘を駆け下りていたが、誰からともなく屈ませた背を伸ばし始め、数秒後には4人とも全速力で丘を駆け下りていた。もう後ろで何が起こっているのかはわからない。あとは走るだけだ。
丘の下では、ずっとカールとドルデンが緊張しながら穀物倉庫の方を見ていた。
「大丈夫かのう、誰にも見つかってはおらんかの、ヨハンは牢屋から出られたかの」
「そんなのわかるかい。でも、きっとうまくやっておる。シモンはああ見えてやる時はやる男よ。大丈夫じゃ」
すると、月明かりの中、4つの小さな影が丘を駆け下りてくるのが見えた。
「あっ!」
カールは叫んで、あわてて口をふさいだ。
「おお! 出て来おった。4人いるぞ」
ドルデンが押さえた声で言うと、カールも大きくうなづいた。
4人は息を切らせながら、ドルデンたちのいるところまで一気に走ってきた。
シモンは彼らの元へ着くと、はあはあ言いながら「誰も、、、追って、、おらん、か」と聞いた。
「ああ、大丈夫じゃ。誰も穀物倉庫から出て来んかった。シモンたちを追いかけてくるやつは、誰もおらん!」
4人は少しの間息を整えていたが、まずは急いでここを離れなければならない。シモンはまだ息のあがっている胸をさすっていたが、両手を開いてヨハンを抱きしめた。
「ヨハン、いろいろ、本当に、ありがとう。わしゃ、娘の命を救ってもらったこと、一生、忘れん! もし、また、どこかで会えたら、そん時は、わしが、ヨハンに恩返しする番だ!」
ヨハンはまだどくどくいっているシモンの背中をさすりながら、優しく言った。
「シモンさん、ボクのほうこそ、助けてくれてありがとう。よくしてくれて、、ありがとうございました、、」
「牛小屋の裏の草たちも、わしが水をあげ続けるよ。どうなるかわからんけどな」
そうカールが言うと、
「食べても毒になる物ではないですから、試してみてください」
ヨハンは笑って答えた。
ドルデンは自分の馬車の馭者台に座っていた。フェリーシアとリルネも荷台に乗っている。
「さあ、そろそろ行かんと。シモンとカールも怪しまれんよう家に戻れよ。あとは任せておけ」
ドルデンが言うと、ヨハンは別れを惜しみながらドルデンの馬車に乗った。
「体に気いつけて、元気に旅をなさるんじゃよ! あんたは優しくて頭もいい、人の命を助けることもできる人じゃ! 元気に長生きしておくれ!」
シモンの言葉にヨハンは笑ってうなずいた。
ドルデンは馬車を出発させた。
翌朝、村は大騒ぎだった。まず早朝から、村医者が領主の使いに叩き起こされ、屋敷に呼び出された。続いて神父も呼び出された。先に到着した医者は、穀物倉庫2階の宿舎部屋へ連れて行かれた。そこには昨夜見張りをした二人の兵士が寝かされていた。
「どうされました?」
医者は二人に聞いたが、意識はあるようなのに返事がない。周りの兵士たちも互いに顔を見合わせるだけで、要領を得ない。しかたなく医者は、事情のわからないまま二人を診察し始めた。
脈は正常。痛がる部位もなし。聞いたり触ったりしても、二人とも何も答えない。目はうっすら開いているので意識はあるはずだった。医者は困り果ててしまった。
そこへ神父を連れた領主が入ってきた。
「どうだ? 二人の様子は?」
「はあ、どこも異常はないようですが、ただ意識がはっきりせず、、でして、。いったい何があったのでしょうか、、。何とも、、病気というより、何らかのショックか、薬か、呪いか、といったような感じです、、、」
医者は困り果てたようにそう言った。すると今まで無表情だった二人が、医者の言葉を聞いて急に叫び出した。
「呪いだ! 助けてくれ! 魔女だ、魔女だ! 助けてくれ! オレは、まだ死にたくない!」
二人とも泣きそうになりながら叫んだ。医者も神父もびっくりした。
領主が二人の発見された時の様子を話し始めた。
――いきさつはこうだった。朝の交代で兵士が穀物倉庫に下りて行った。すると牢屋は鍵がかかったままなのに、なぜか中の人間はいなくなっていた。見張り用の椅子の近くで一人目の兵士がうつぶせで倒れていた。彼を揺り起こすと、目を開け意識は戻ったが、急におびえだした。そして「魔女、魔女だ、助けてくれ!」と言う。待機小屋のもう一人の兵士を見に行くと、彼は壁にもたれた姿勢でやはり意識がなかった。同じように彼を揺り起こすと、彼はすぐに目を覚まし、小屋の外に出て様子をうかがった。もぬけの空になった牢屋と「魔女だ!」と叫んでいる仲間を見て、彼も急におびえ始めた。「自分は影に襲われた、、自分も魔女に襲われたんだ!」と言ってから口をつぐんでしまった。牢屋は昨晩まで、例の旅の男を入れていた。しかし、今日の朝には鍵は閉まったままなのに、その男は消えていた。それだけでなく鉄柵には四角く焼かれた跡があり、その下には、黒いすすの混じった灰が広がっていた――
領主がここまで説明すると、神父が得意げに言った。
「領主様、やはり彼は魔女だったんです。この二人は、あの魔女が牢屋から出ようとするところを見てしまったに違いない。それで魔女の毒々しい魔術に侵されて、気が変になってしまったのです」
一方医者は、ヨハンの見事な医術の腕を知っているので、彼なら何らかの錬金術も使えるだろうと思った。
「いや、領主様、これは優れた腕を持つ錬金術師の所為かもしれません。錬金術師は金属を他の物質に変える技術を持っていますから、彼はその術を使ったのでしょう。鉄柵の下にあった灰というのが何よりの証です」
「いや、兵士たちは『魔女だ』と言っているではないか!」
神父はあくまでも「魔女」を主張した。医者も負けてはいない。
「もし魔女であったなら、命はなかったかもしれません。彼らは錬金術を見たことがないから、その様に腰を抜かしてしまったのでしょう。彼らの生きていることが魔女でない何よりの証拠です」
「な、何を抜かす! 先ほどおまえは、何かの呪いかもしれないと言ったではないか!」
「あ、あれは、状況もわからず、ただ例えで言った言葉です!」
医者が言い返すと、神父は再び畳み掛けてきた。
「ならばあれは嘘だというのか!」
「神父様! それならば、お聞きします! 鉄柵の下に広がっていたという灰は何ですか? 魔女は金属を灰に変えるのですか? 私はそんな魔女の話を聞いたことがありません!」
医者もむきになってきた。これを聞いて神父は目をむいたが、それを見ていた領主はかえってイライラしてきた。
「もうよいっ! 二人とも少しだまれ! もっと頼りになるやつはおらんのか!!」
牢屋からヨハンが忽然と消えた話は、その日のうちに村中に広まった。あの旅人のことを神父は「魔女だ」と言い、医者は「錬金術師だ」と言っているらしい。ただ、ヨハンの針治療を見た者たちは、医者の言うとおり彼は錬金術師だと思った。人の背中に針を刺すだけで腰や首の痛み、腹の痛みまでも治してしまうのだ。牢屋の鉄柵を灰に変えるぐらいヨハンだったら朝飯前に違いない。何人かが確信ありげにそう言うと、話は急に「彼は錬金術師だった」と広がっていった。
そしてこの噂には尾ひれ背びれがついて広がった。「ある錬金術師が、小さな村に来て村人たちを助けようとした。しかし村人たちは彼をぞんざいに扱い牢屋にまで入れてしまった。そのため、彼はその村に見切りをつけた。彼は牢屋から出る時、小さな針で鉄柵を砂に変え、するっと牢屋から出てきたが、運悪くそれを見てしまった兵士は、罰を受けて気がふれる術をかけられてしまった。そして、彼はどこかへ去って行った」となった。




