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怪盗は盗んだ宝と恋をする  作者: 野良猫氏
地下街の魔術師編
8/42

貧乏くじ

 ラクルスは、昔から不運な人間だった。

 例えば、生まれてすぐに両親が事故に遭い、死んでしまった。幼いラクルスは叔母夫婦の元に引き取られて馬車馬のように働かされた。

 そのお陰で、一般兵以上の体力や筋力をもっていた。体格は貧乏人らしく細身だが、体脂肪率は恐ろしい程低いだろう。肉体はほぼ筋肉であるといっても過言ではない。

 

 例えば、成人後に向かった大陸一大きな街で、変な連中に目をつけられた。

 新聞配達員として街中で新聞を配り、午後からは郵便配達員として走り回っていた。

 喧嘩は弱かった。叔母夫婦には子供が五人いて、ラクルスには反撃が許されていなかった。

 殴る、蹴るという行為をしたことがなかったのだ。


 ラクルスはその怪しい連中にスカウトされた。

 一般人らしい可もなく不可もない見た目、そのくせ一般人離れした肉体。

 夜な夜な子供達の学校の教科書を盗み読んでつけた教養と、社会を知り人をあまり信用しない臆病さ。

 それを一発で見抜きラクルスを取り囲んだ連中はすごいと思う。

 幸いなことに、連中はラクルスを大事に扱い、身を守る術を教えてくれた。


『誰かを守る必要はない。それは強い奴に任せておけ。お前は自分の身さえ守れれば上出来だ』


 そう言われ続け、ラクルスはプレッシャーをあまり感じずに、その組織で“重要な雑用”を押しつけられる程度には役に立つ存在になっていた。


 しかし、ラクルスの不運体質は変わらなかった。


 例えば、組織の中核に飲みに誘われた。

 もちろん、下っ端のラクルスには断れない。


 酒癖が悪いと評判の人物で、酔った勢いで張り倒されて朝まで過ごした。

 そのせいで変な噂ができ、組織内に敵をつくる羽目になった。本人は慰めてくれたが、もう二度と近づかないで欲しかった。

 彼女と同じ中核の者達は、ラクルスに同情して愚痴に付き合ってもらった。

 そしたら、媚を売っているなどとまた変な噂が広まって更に敵が増えた。


 ラクルスが仕事よりも人間関係に嫌気がさしてきた頃、優秀な雑用として中核に呼ばれた。

 正直、行きたくなかった。嫌な予感しかしなかった。


『重大任務を任せる。お前ならきっと遂行してくれると信じているぞ』



 そして、ラクルスは今…………。



 ラクルスはため息をついて、門をくぐった。


 聖教会本部で年に一度行われる“一般兵”の試験が行われる。

 ラクルスはシャンカラ地下街ではなく、シャンカラの“地上”側に住んでいた。

 シャンカラは魔術師にも教会にも縁のない地だ。


 ラクルスの設定としては、田舎に嫌気がさして中央に来たが、仕事につけずにたまたま教会の兵士募集のチラシを見た可哀想な少年というものになっている。

 ラクルスは手加減が上手い。

 なぜなら、ずっと本気を出したことがないのだ。


 適当に生きて、適当に戦う。

 中核からは自分の身さえ守れればいいと言われているのだ。自分に身を守るためにわざわざ本気を出す必要はない。

 相手は弱いし、すぐに殺せる。

 しかし、ラクルスの任務に殺人は含まれていない。

 理由はそれだけで十分だった。


「あの、試験を受けに来たのですが」

「受験番号と名前を」

「えっと」


 ラクルスは受験用紙に書かれている番号を見る。


「G-65で、ラクルスって言います」

「なんだ、記念受験か」

「生活に困ってるんです。最後の頼りで………」


 教会の神官は見下したように、ラクルスを手で払う。

 ラクルスは内心でせせ笑った。

 怪しんでいない。普通の田舎者にしか見えないようだ。


 教会の試験会場はA〜Gまでの七つある。

 Aが各国の貴族。それから順に身分が下がっていく。

 ラクルスは最下層の人間だ。大抵、ここの身分の者は落とされる。身体が細く筋肉がないため、富裕層に力負けするのだ。

 記念受験者がほとんどなのは事実である。受験にお金はかからない。


「ふう」


 Gの会場についた。

 やはり、痩せ細った顔色の悪い人間しかいない。


 ラクルスはこの中でも目立たなかった。

 シャンカラ地下街の古着屋で買ったボロボロの衣服。ゴミ箱から拾ったのではと思わせるほど刃こぼれした剣。

 髪も汚く、艶はない。


『それでは、試験を始める。まずは、技術訓練である!』


 試験監督の騎士が入ってくる。

 どうやら、同じ一般兵らしい。装備が豪華なので貴族の生まれなのだろう。


「俺達の前で、あれを斬れ」


 それは、木製の人形であった。

 普通の田舎者は、力が無いのできれない。

 そもそも、あれを斬れる程の良い装備は持っていないのだ。


(わかってて………)


「さあ、番号が1の順に」


 ラクルスは65である。

 目立たないように、斬る。


 ラクルスの前にも、幾人かの人間が悪くない動きをしていた。

 試験監督は平等のようで、ちゃんと評価しているようだった。

 ラクルスは安心する。


「次」


 ラクルスの番だ。

 ラクルスは剣を構える。


「いきます!」


 ラクルスは容赦なく、人形の首を狙う。

 軽いステップで踏み込んで、そのまま流れに任せて斬る。


 人形は壊れなかったが、遠心力でついた剣の重さに耐えられずに倒れた。

 騎士から感嘆の声が漏れる。


「65、合格。二次試験会場へ」


 ラクルスは息を吐いて、騎士に一礼すると二次試験会場へ向かった。



 人数は、元の三分の二程までに減っていた。

 貴族のような富裕層は、あまり減っていない。


「では、教養を問う!」


 全員に紙とペンが配られる。

 どうやら問題が書かれているようだ。


「では、はじめ!」


 ラクルスは問題を見てホッとした。

 どうやら、AとGでは問題が違うようだ。


 農業や森での素材採取の仕方、簡単な世界地理の問題などしかない。

 対して、貴族は頭を抱えている。

 難しい数学の問題でも聞かれているのだらうか。


「止め!」


 ラクルスはペンを置いた。

 おそらく、満点だろう。田舎者に易しい問題だった。


「二次試験の合否は、三日後に今日の受付の場所で張り出される。忘れずに見に来るように!」



 ラクルスは安宿などには泊まっていない。

 路上で靴磨きをして生計を立てていた。


「お、いた」

「………?」


 体格のいい男二人が、ラクルスに寄って来た。

 胸元には騎士の証であるバッチが輝いている。


「わからないよな。俺は、Gランクの試験監督をしていたハンズ・グライドンという」

「お世話になりました」


 ラクルスは急いで頭を下げる。

 姓があるということは、やはり貴族だ。


「気にするな。こっちは、友人のマーマスだ」


 こちらは平民の生まれらしい。

 どうやら無口なようで、頭だけ下げてきた。


「君の剣技が忘れられなくて、貧民らしかったし、ここら辺ならいるかなって」

「わざわざ探して………。そこまでしてオレ………僕を?」

「ああ。君には伸びしろがある。楽しみにしてるよ」


 ハンズは満足そうに頷いた。


「君なら合格する。そしたら、騎士養成学校に行くんだよな」

「学校………。僕が、騎士………」


 ラクルスは演技をする。

 本当は、初めても経験している十七の青年なのだが、貧乏人で発育が遅いため身長もそこまで伸びていない。

 十四程にしか見えないはずだ。


「はは。勝った気にはなるなよ。三次が一番厄介なんだからな」


 ハンズはそう言うと去って行った。

 ラクルスはため息をつく。


「全く、こんなとこまで来んなよ、おっさん」



 ラクルスは合否結果で自分の番号を見つけた時は心底ホッとした。

 自分は役に立つと、皆んなに伝えなければいけない。

 捨てられないように。


「では、三次試験を始める」


 ラクルスは騎士の一人に剣を渡された。

 上等とは言いがたいが、ラクルスが持っているオンボロよりも断然質が良い。


「内容は模擬試験である。勝った方を合格とし、養成学校への入学を認める!」


 ラクルスは唸った。

 なるほど、これはただの試験ではなく、入学試験だったのか。これから一般兵までいくのは相当時間がかかる。

 ラクルスは天を仰いだ。


「では、対戦表を張り出す!」


 ラクルスは対戦表から自分の名前を見つけた。

 そして、絶句する。やっぱり、自分は不運だ。

 よりにもよって、貴族と当たってしまった!



「へへっ。人生楽勝だぜ! こんなにもガリガリの貧民相手じゃな!」

「僕は、勝ちます。これからの生活がかかっているので!」


 ラクルスは剣を構える。

 北大陸の剣の流派はたった一つしかない。


 その名も、ライザ流。

 かつて、神になったとさえ言われる剣神のライザが使っていた、由緒正しき流派だ。

 古代文明の書庫からライザの稽古日誌が出てきた時の歓喜は今でも覚えている。

 考古学者に古代文字を習い、独学で流派を復活させた。

 もっとも、人間離れした剣技に誰もついてこれず、ライザ流を使えるのはラクルスだけだが。

 シャンカラ地下街でラクルスが下っ端だと思い込んでいるのは、当の本人だけである。

 ラクルスは、間違いなく、地下街きっての剣士である。ただ臆病さが前に出て戦いたがらないだけで。


 ラクルスは、まず間合いを詰めることを優先した。

 ここにいるということは、魔術は使えないということ。ならば、魔術の警戒はしないくていい。

 あとは、相手の剣の腕だが。


「ひっ!」


 刃を剥き出しにして迫ってくるラクルスに怯えたように、貴族の少年が剣を持って後退する。

 ラクルスはすっと目を細めて、剣を弾く。


「…………あ」


 貴族の少年が気づいた時には勝負はついていた。


「僕の勝ちですね」


 貴族達がざわついた。

 試験官が大声を上げる。


「この試験、G65の勝利! 合格者は第一ホールへ!」


 ラクルスは一礼すると去っていった。

 これで、やっと第一歩だ。


   ○○○


「ラクルスは上手くやっているかしら」


 俺は、俺の部屋に無断で上がり、俺の本を勝手に読んでいた無礼な女、風月(ふうげつ)を見た。

 ラクルスは俺達の命令で教会の一般兵としてスパイに行ったシャンカラでもトップクラスの構成員だ。

 本人はどうやら下っ端だと思い込んでいるようだが、誰が下っ端に敵組織との交渉やら壊滅やらを頼むのか教えて欲しい。あいつ馬鹿だろ。


「大丈夫だろ。それとも、好きな男が心配か?」

「何を言っているのですか?」


 風月は本気で戸惑ったようだ。


「だって、一回あいつに……」

「それは、酔った勢いだって言いましたよね? (わたくし)が愛しているのは………」

「愛しているのは?」


 風月は俺の本に目を落として続きを読み始めた。

 女って面倒臭い。


「ラクルス、正体バレたらどうやって逃げるんだろうな」


 俺は、そう言って部屋を出る準備を始める。


「ローリエのお守りは頼んだぞ。俺はタバコ買いに行ってくる」

「この喫煙者共が」


 風月は俺を睨む。


「タバコを吸うのは結婚するまで……。それが男の契約だ」

「誰との契約だって?」


 俺はいきなり部屋に入ってきた人物を凝視する。

 風月も驚いて本を……って! 俺の本! 落とすな!


「ひ、久しぶりだな、ミーウ」

「動揺してるだろ。本を落とされて」


 風月がハッとして慌てて本を拾う。

 やはり、こいつは、自分のレア度を理解していないようだな。俺が本を、お、落とされて動揺するわけないだろ?


「な、何言ッテンダカ」


 ミーウはニヤニヤ笑いながら、俺を見つめていた。

やっぱり主人公視点以外は楽しいです。新キャラだと尚更。

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