帰宅
俺達三人は風月の家に向かいながら口喧嘩をしていた。
誰が、“大天災”の噂を中央まで流したのか。
地下街の魔術師が裏切るわけないので除外。
住民が自分達の生活を脅かすわけないので除外。
地下街のならず者は俺達の息がかかっているし、そもそも争い事が好きではないので除外。
友好組織達は裏切る可能性はあるが、情報を流していないので除外。
スパイ達の動向も、風月が見張っていないわけがないので除外。
「じゃあ、誰だよ!」
ウラウネが唸る。
アリスは難しい話は苦手なのか黙っている。
「神託、とか?」
おや、違かったらしい。
彼女も真剣に考えていたようだ。
「ほう。最高神は平等じゃないのか」
「……………」
アリスは黙ってしまった。歳下相手にマジレスすんなよと言いたげにウラウネが睨んでくる。
俺は肩をすくめた。
しかし、最高神が平等なのは本当だ。どうやら、クリオネとローリエは知り合いのようだし。
「では、“神の涙”に細工されていた………と、考えるのが普通では?」
俺達は後ろを振り返った。
風月とローリエだ。どうやら聞いていたらしい。
ローリエは不安そうな顔で、ウラウネとアリスに一礼した。
「私のせいで迷惑をかけて、すみません」
「構わない。慣れてる」
「シャンカラに所属してる者は小さなことは気にしないわ」
ウラウネはタバコに火をつけながら、アリスは微笑みながら言う。
ローリエはそれでも申し訳なさそうにしていた。
風月から大体の事情は聞いたのだろう。
「帰るぞ」
「はい」
俺とローリエは、俺の家がある住居地下区“エリアA”に向かっていた。
後ろには、“エリアC”に住む糸目の男、神楽がいる。
彼はかつて教会に所属していた魔術師らしい。しかし、教会が違法に行っているという“儀式”によって祝福を受けられなくなったというのだ。
かつて、とある“神子”に仕えていたらしいが、離れ離れにさせられた、と。
魔術師でなくなった彼は、幼馴染だった風月を頼り、ここまで来たという。
「あの、この人………」
「気にするな。ただの糸目だ」
「酷い。僕は可愛い“神子”様の御付きになろうと思っただけなのに」
「あ?」
“神子”………? こいつが?
「おや? おやおやおや?」
神楽は糸目をさらに細めてニヤニヤ笑う。
「この方………“神子”ですよね?」
「何言ってんだ? こいつは“大天災”。“神子”なわけ……」
ローリエは戸惑ったように、神楽を見ている。
ほらな、こいつも違うってよ。
「どうして、わかったんですか?」
「………は?」
「ほらね! もう、“捨て猫”さんたらお茶目さん♪」
一発殴っておいた。
無駄に武闘派な糸目だし、多分大丈夫だろ。
ローリエは神楽を見つめたまま、口を開く。
「確かに、私は“神子”ですが、貴方は………?」
「僕は魔術師の成れの果て。自分の主すら守れなかった出来損ないです」
ローリエは首を傾げた。
○○○
ローリエは困惑していた。
“神子”だと一瞬でバレてしまうとは。この男は信用できるのか否か。
ルシェルが彼を殴り飛ばした時は冷や冷やした。
敵だったらどうするのだ、と。
しかし、男はニヤニヤと笑うだけで反撃しない。
“神子の御付き”。
それを連れているのは、最高神に次ぐ実力を有するとされる、原初の三柱の“神子”である。
全て、ローリエ………“大天災”と敵対していた故に警戒してしまう。
一番厄介なのは、“天空の神子”だった。
天候を操り、村の男達の周りを一瞬で真空にし、窒息死させた。
大地や水を必要とする他の“神子”と違い、空気はどこにでもあるのだ。間違いなく、“神子”の中では最強クラスの化け物だった。
ローリエを捕らえたのも“天空の神子”だった。
ローリエは改めて男を観察する。
糸目の奥にある瞳は怪しく光り、顔はニヤニヤといやらしく笑っている。
「あ、貴方の“神子”はどこに?」
「僕の“神子”は教会に。もう会うことはないでしょう。彼女は、僕を裏切り者だと勘違いしたでしょうから」
男は初めて悲しげに顔を伏せた。
ローリエは、男を見る。
「“神子”は、つまり、敵なのですよね? 裏切ったりしないのですか?」
「…………そうしないと、断言できかねますが。僕は、もう裏切りたくはないと思っていますよ。風月やルシェルには恩がありますから」
ローリエはきっと本心だろうと思い、頷いた。
男は、ローリエが警戒していると悟ったのか、ルシェルに別れの言葉を告げると去って行った。
「あいつは、悪い奴じゃないさ。面倒見もいいし、仕事もできる。魔術師じゃないのは、残念だけど」
ルシェルは、心配そうに男の背中を見送る。
彼の過去に何かがあったのかもしれない。
しかし。
「“天空の神子”は、危険ですよ。私じゃ勝てません」
「お前は、何の“神子”なんだ?」
「私の能力は〈絶対治癒〉です。しかし、“天空の神子”は、一瞬で人をバラバラにしたり、息をできなくしたり、一番酷い時は、体内の空気を膨張させていました」
「……………おう」
ローリエは、いたずらっぽくルシェルを見る。
「でも、ルシェルなら勝てます。なんたって魔術が効かないんですから」
ルシェルはハッとして頷く。
そして、ローリエの頭に手を置いた。
「そうだな。俺がお前を守ってやるよ」
二人は知らない。
最凶の敵と思っている“天空の神子”を、放浪癖のある無免許運転士がスカウトしていることを。
○○○
「晩飯は何がいい?」
「私、今の料理は知らないので………。お肉がいいです」
「鳥しかないけど………」
「構いません」
俺は鳥肉を見つめて、考える。
揚げ物を作ってやろう。
「唐揚げな」
「カラアゲ………?」
「楽しみにしてろよ」
ローリエは楽しそうに頷いた。
“大天災”は食い意地が張っている説はほとんど立証されている。
俺もまた、楽しくて微笑んでいた。
こういう空気は、妹がいた頃を思い出す。
病気で早くに死んだ妹は、神の祝福を受けていなかった。酒飲みの父親は、母の身体だけが目当てだった。
病気で弱っている幼い妹にも手を出して、それが原因で妹はなくなった。
父の行為は、妹の体力を奪ってしまったのだ。
俺は怒りに身を任せて殺した。何か叫んでいた母も殺した。後悔も反省もしなかった。俺はただ、妹だけを望んでいたのに。
《俺はお前を拒む。いい加減、動け。愚か者が》
あの時俺をけなした声は、もう聞こえない。
だが、なんとなくわかっていた。あれが、俺に祝福した神なのではないか? 俺の頼みを不承不承聞いた神ではないか?
俺が神にどんな願いをしたのかはわからない。
だけど、俺はその神に感謝していた。
俺はこの能力で、この狂った世界を破壊する。
《違う、そうじゃない》
たまに、そんな焦った声が聴こえる気がするが気のせいだ。あの声とは違う声だし。もっと綺麗な大人の女性の声なのだ。だから、違う。
「できたぞ」
俺はまだじゅうじゅうと音を立てている唐揚げをローリエに前に置いた。
ローリエは嬉しそうに箸を握る。
フォークとナイフしか使えなかったが、物覚えが良く、すぐに使えるようになった。
扱えるとたいへん便利なので、北大陸では幼少期から箸を使わせるのが一般的なのだ。
移民が東から来たのが原因だろう。そのため、他の大陸よりも東大陸出身者が多く住んでいるのだ。
「いただきます」
ローリエは、どうやら東大陸に行ったことがあるらしい。
東大陸特有の食前と食後の祈りを気に入っているようなのだ。
自分のために命を捧げた生き物達に感謝し、粗末に扱うことなく己の糧とすること。
風月や神楽も食事の際には例外なく祈りの言葉を口にしている。
俺達シャンカラ地下街の連中は、そんな彼等の気を悪くしないように、そして、その教えを尊重するために、祈りの言葉を言うものが多い。
なぜ、そんな独自の文化が東に生まれたのか?
それは、かなり昔に遡る。“大天災”が現れるよりも前の話だ。
かつて、中央や西の人間は、北と東には人間がいないと考えていた。
それは、正しくもあり、間違ってもいた。
東と西の人種は異なっている。
東の人間達は、類人猿から進化した西の人間と違い、北の古代文明から逃れて来た古代人の末裔なのだ。
故に、西の者よりも背の低い者が多く、洞窟や暗闇で目立たない黒髪黒目をしている。
西の人間は髪も瞳もカラフルで派手だ。
俺は薄い茶色の髪に藍色の瞳なので、どちらかというと西側の人間を祖先に持っているということになる。
アリスやウラウネは間違いなく西生まれ。
そして、ローリエは。
灰色というより白に近い髪と紅い瞳。
これは、生物学でよく聞く、アルビノではないだろうか。
東の人間はアルビノは生まれないため西の人間ということになる。
古代人はなぜ黒髪黒目なのか、その祖先は何なのか、謎多き種族だが、最近では差別もなく過ごしている。
そもそも、東は西とは別の意味で発展しているので、観光客が絶えないのだ。
俺も一度行ったが、素晴らしいの一言につきる。
西とは違い四季があり、常に顔色を変え続ける神秘の大地。
古代人が西ではなく東に移ったのは正解だ。
もしくは、西と東に分かれて東だけが生き残ったという可能性もある。
それを調べるのは考古学者の仕事なので、俺には関係がない話だ。
そんなことを考えている内に、ローリエは唐揚げを食べ終わったようだ。
東から輸入している米も気に入っているらしく、おかわりしに行っている。
育ち盛りの少女を“大天災”と呼び封印した人間に、俺は少し腹が立った。
シャンカラ地下街は魔術師が少ないだけで、戦闘員はけっこういます。