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怪盗は盗んだ宝と恋をする  作者: 野良猫氏
地下街の魔術師編
6/42

“天空の神子”

 リティアは目を細めた。

 宿からの夕日が美しい。砂漠を黄金に照らしている。夕日と砂丘は黒い影を作り出している。それもまた美しかった。

 ずっと、この景色を見れたかもしれない。しかし、そうなれば、いつかこの景色を美しいと感じなくなるかもしれない。

 ミーウが世界中を旅するのも、世界中の景色を美しいと思えるように、だろうか?


 リティアはクスリと笑ってその可能性を否定する。

 ミーウがそこまでロマンチストに見えないからだ。


「ただいまー」

「おかえり、ミーウ」


 リティアは宿の部屋に入って来た人物にさらに目を細めた。

 ミーウは露店でパンを買ってきたようだ。

 リティアとしても連日蛇肉を食べる気はないので、ミーウの買い物には満足した。


「リティア。やっぱり教会は諦めてないらしい」


 ミーウは市井で拾ったと思われるクシャクシャの新聞を差し出した。

 買ってから読めと言いたくなるが、無免許運命手、貧乏旅行人、喫煙者、あらゆる負の称号を持っていそうなミーウに、今更そんなことを言っても無駄な気がする。

 中央の本屋で立ち読みするくらいの度胸はありそうだ。それをして捕まらない技術も間違いなく持っている。


 リティアは新聞を受け取って、目を通す。

 西大陸語で書かれた新聞だ。リティアは北大陸以外の言葉は網羅しているので問題なく読める。

 ミーウが北大陸出身には見えないので、おそらくこの先も大丈夫だろう。


「ミーウは西の言葉は分かるの?」


 今までもずっと中央大陸語で話していたのでふと聞いてみる。

 露店で買い物ができるくらいなので、スピーキングはできるのだろうが。


「完璧だ。まぁ、俺は南の生まれだけど……」

「じゃあ、南の組織に?」

「いや、北だ。もちろん、他言無用な」


 リティアは顔を顰める。

 北大陸語はわからないし、世界で一番田舎と呼ばれている土地である。

 列車も車もなく、住民は馬車を使っていると聞くし、ファッションの流行も一個遅れているという。

 パラライドに乗り換えようという気は起きない。

 ミーウの隣には、今までなかった“自由”がある。それを手放すほど、リティアは愚かではない。


「私、北の言葉知らない」

「田舎の言葉は都会っ子には必要ないもんな。安心しろ、おにーさんが教えてやる」


 リティアはミーウの言い方にはムカついたが、心の中で感謝する。やはり、面倒見はかなりいい。


 改めて、新聞を見る。

 新聞の後ろの方の、小さな記事。


『鎧を着た連中に「“神子”はどこか」と聞かれても、答えないこと。我々、パラライドは“神子”を欲しない』


 要約すれば、そんなことが書かれていた。

 リティアはバッと顔をあげる。

 ミーウはタバコを吸いながら、無表情で外を見ていた。


 空は暗く、天の川がかかっていた。


「綺麗………」

「都会は星が見えないだろ? 田舎はその分空気が澄んでて気持ちいいぜ」

「楽しみにしてるね」


 リティアはミーウに微笑む。

 ミーウは顔を赤くして俯いた。


 リティアは再び空を見る。この星も、いつか操れるのだろうか?



 リティアは宿の一階にある食事処でミーウと朝食をとっていた。

 ミーウは貧乏なくせに未だにパラライドを出ようとしない。教会の脅威がいつ迫ってきてもおかしくないのに。


「不思議か?」

「うん」

「仕事があるって言ったろ」

「仕事って?」


 ミーウはそっとリティアに顔を近づける。


「とある人に、とある物を渡すことになっている。今夜、王宮まで行かなくてはいけない」

「……………。犯罪者?」

「当たり前だろ。俺らの組織は怪盗、情報屋、詐欺師、思考異常者(サイコパス)、なんでもいる」

「あなたは?」

「俺は運び屋だ。依頼を受けて、物を仕入れて依頼主に渡す」


 ミーウの所属している組織の全容が掴めない。まるで、それぞれが適当に動いているように見える。

 いずれも凶悪犯(サイコパス以外)のような絵面だが、正義の味方………ではなさそうだ。


「誰が依頼主なの?」

「秘密だ。お前にも手伝ってもらうから、その内わかる」


 リティアはそれ以上聞かなかった。どうせ話してはくれないのだから。



「うう。ついこの前までエリートって呼ばれてたのよ、私」

「何がいいたい? 今すぐ教会に戻るか?」


 リティアは黙って首を振る。

 文句を言っているが、帰る気はさらさらないのだろう。


 王宮は静まりかえっていた。

 見回りの衛兵の姿もなく、安全に歩き回ることができる。


「目的地は?」

「“奥”だ」


 リティアは息をのむ。

 “奥”とは国王の住まう部屋であり、国王夫妻は毎晩ここで寝ている。

 そして、今は夜であり、国王夫妻はまだ若く、子供もいない。つまり、夜伽をしている可能性が高く………。


「ばっ! ミーウ?」

「うるさい。大丈夫だ。依頼主が手を回してる。俺達は捕まらない」


 リティアはミーウの言葉を信じることにする。

 ミーウが運んでいる、高級そうな黒い布を見た時からなんとなく勘づいていた。

 依頼主とは、おそらく。



「来たか」


 扉をリズミカルに叩くと、二人の人物が出てきた。

 世界情勢学を学んでいたリティアにはわかる。

 パラライド国王夫妻、その人達である。


「久しぶり。持って来たぞ」

「そのようだな、早く入れ。衛兵に見つかると面倒だ」


 パラライド国王、レウスはリティアを見て目を細める。何者か吟味しているのだろう。


「この者は?」

「使える新入りだ。お前さんが諦めた“神子”だよ」

「………よりにもよって、“シャンカラ地下街”に取られるなんて………」


 正妃のテイルがぞっとした声で呟く。

 それで、やっと理解した。


 “シャンカラ地下街”。

 北大陸最大の都市であり、その地下には巨大な古代地下街が存在する。


 『太古の昔、世界の中心は北であった』


 歴史の教科書はその文言から始まる。

 神話時代、人々は神の住まう北に住んでおり、強大な魔術兵器を量産、各大陸に攻撃を仕掛けた。

 神々は、それを嘆いて大陸から人を追い出したという。


 “シャンカラ地下街”には神話時代の魔道具が多く残されており、歴史的、魔術的価値は計り知れない。

 しかし、そんな地下街の価値を知らない北は、地下街にならず者を押し込み、治安を悪化させた。

 故に、教会もそんな未開の地に入れない。


 しかし、同じならず者の魔術師には、また別の話だった。

 地下街に住む魔術師達数名は結託し、組織を作ったのだ。教会のエリート教室でしか教えられない、魔術社会の裏。

 “シャンカラ地下街”の者達は、魔術師でありながら太古の兵器を有している。量産も可能である可能性が高い。


 そして、最も恐るべきなのは、地下街がシャンカラという北大陸の街そのものも掌握している可能性があるということ。

 人々が魔術を容認し、共栄しているというのだ。

 街中で魔術を使おうが関係なく、むしろ神の力だと歓迎されるのだという。

 シャンカラの魔術師以外には無愛想で、教会と敵対する勢力の中では、危険度不明のダークホース。

 それが、“シャンカラ地下街”の実情だ。


 そんな勢力に、“神子”が組したのだ。


「…………ミーウ」

「安心しろ、パラライドとは永世友好組織だぞ」

「あの時の契約が生きる時は、この依頼だけだと思っていたが」


 レウスはため息をつく。


「このことが知られれば、すぐに教会は攻めてくる」

「だろうな。だが、逃亡手段さえあれば、魔道具の隠し場所はまずわからない」


 ミーウはそう笑って、箱を差し出す。

 中に入っているのは黒い布だ。


地下街(うち)の仲間と魔道具職人が、古い書物を漁りながらやっと作った物だ。大切にしねーとバチがあたるぞ」


 それは魔力遮断布(ノンマジック)と呼ばれる魔道具である。

 パラライドはかつてこれを保有していたが、劣化のため破れてしまった。

 どうしてもこれが必要だった理由は。


「有り難く。パラライドの次期国王は祝福を受けてはならないからな」


 これがあれば祝福を受けない。

 これを纏い夜伽をすることで、御子は必ず魔術を持たずに生まれてくるのだという。


「礼には及ばない。依頼をこなして生活資金を集める、それが俺の生き方だからな」


 レウスとミーウは握手を交わす。

 リティアは首を傾げた。


「手伝いって?」

「? あぁ。アレな」


 リティアは嫌な予感を押し殺して、ミーウが指差した方向を見る。

 ミーウが差した方向………扉の前に、教会の聖騎士がいた。


「見つけた! “神子”だ!」

「捕まえるぞ!」

「できたら、だろ! 殺せ!」


 レウスは舌打ちをする。

 テイルも傲慢に冷静に相手に軽蔑した視線を送る。


「やれ、俺達のところに来るなら」

「殺せって言うの? 私は、教会にいたんだよ?」

「もうお前は、教会の人間じゃない」


 リティアは、レウスとテイルに助けを求める。

 しかし、無視された。リティアは、パラライドの人間ではない。リティアは、シャンカラの人間なのだ。


《ほら、笑って。貴女は言ったでしょう? この星は美しいと。大丈夫、私は貴女を見てる。いつまでも……。それが、約束だから》


 ふとした瞬間に声が聴こえることがある。

 落ち込んだ時は励ましてくれる。

 嬉しい時は喜んでくれる。

 悲しい時は慰めてくれる。

 悩んだ時は一緒に悩んでくれる。


 迷った時は、いつだって、背中を押してくれた。


「私は、リティア。“天空の神子”!」

《そうよ。貴女は私の“神子”》


 その声は、きっと神様。

 ずっと昔から、リティアのことを見てくれる。


「私の道を阻むなら、容赦なく、吹き飛ばします!」


 リティアは魔力の流れを感じる。

 竜巻のように、リティアの周りに渦を巻いて集まってくる。


「【暴風雨(サンダーストーム)】!!」


 聖騎士達は戸惑った。

 何も起きないのだ。


 しかし、レウスとテイルは驚いていた。


 砂漠にあるパラライド王国では決して聞かない音が、外から聞こえたのだ。

 それは、嵐の音。

 壁に雨が叩きつける音。風が窓を叩く音。そして、雷の音。それは、雨を知らない砂漠の悲鳴にも聞こえた。


「雨を、降らせた? ははっ。出鱈目だな、“神子”っていうのは」


 レウスは呟く。

 しかし、その感嘆の声もリティアの一言で吹き飛ぶ。


「王様、天井壊します」

「は?」


 雷の音が目の前でした。

 視界が白く染まる。


 間違いなく、聖騎士達に雷が落ちた。

 否、落とされた。

 “天空の神子”の名はだてではない。


 聖騎士達の面影は残っていなかった。

 肉の焼ける臭いはするが、そこには骨すら残っていなかった。

 天井の穴からは、満天の星空が見えていて、“神子”を祝福しているようだった。


「………シャンカラと敵対しなかったのは正解でしたね」

「そうだな」


 パラライド国王夫妻は改めて、“シャンカラ地下街”との永遠の友好を心に誓ったのだった。

番外編終わりです。

次回からは主人公視点に戻ります。

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