砂漠
※主人公出ません。
西大陸の砂漠を砂煙をあげながら走る一台のバイクがあった。
旧型の軍用バイクで、エンジン音やガス煙が酷い。
そんなものに跨っているのは、一人の青年である。
「ふぅ。オアシスはまだかー?」
青年は地図を開く。
ウェストポートで買った信頼度の高い地図のはずだが、オアシスはおろか、西大陸には砂漠はそんなに広くないときている。
青年はため息をついた。
では何故、何時間も走っているのに砂漠から抜け出せないのか?
「おい、しっかりしろよー」
青年は、地図をリュックにしまう。
このままでは、バイクの燃料も切れてしまう。ウェストポートから砂漠を抜けて、西大陸最大の国、パラライドに向かうはずだったのに。
「だぁー! こんなことなら言われた通りに遠回りするんだったー!」
「あなたがパラライドに行くと言うからついてきたのに」
呆れた声がバイクから聞こえる。
ウェストポートで知り合った“異端魔術師”の少女、リティアだ。
彼女はどうやらパラライドに住む親戚を頼るつもりらしい。
彼女には青年も魔術師であるということは伏せている。リティアも、魔術師であるということは隠しているつもりらしい。バレバレなのに隠そうとしているのが見てて面白いのでほっといている。
「俺だって! 好きで迷ってるんしゃねぇっつぅの!」
リティアは顔を顰める。
「これは、あれだな! 魔女が方向感覚を狂わせているのだ!」
リティアの動きが止まった。
心当たりがあるのだろうか?
「おい、リティア」
「な、何?」
「お前が運転しろ」
「は? 私、免許もってないんですけど」
「安心しろ。俺も無免許運転だ」
リティアはギョッとして、バイクから飛び降りた。
「ば、馬鹿! 見つかったら………」
「問題ない。中央以外の国はわりと皆んな無免許だ。そもそも免許取れねぇし」
リティアは黙って青年を睨んだ。
青年は静かにリティアにバイクに座るように促した。
「そんで、どうすんの?」
「ハンドル握って」
「握って?」
「こう」
「〜〜〜〜っ!!」
バイクが音を立てて急発進する。
ピストルの様な速さで動く。
…………後ろに。
何かにぶつかった。
青年はすぐにリティアを担いで、自分が前に出る。
「しっかりつかまってろ!」
青年は、前進する。
後ろには、教会の聖騎士だ。
“異端魔術師”を追って来るなど、異常。つまり、リティアは。
「“神子”だよな?」
「なっ」
「とにかく、パラライドに急ぐぞ」
おそらく、相手は〈混乱〉を使える。
面倒極まりない魔術だ。
だから、
「ちょっと動く」
懐から銃を取り出し、発砲する。
聖騎士の一人に当たり、倒れる。おそらく、ビンゴだ。聖騎士達がパニックになっている。計画失敗にも等しいからだ。
「嘘………」
リティアの呟きを無視して、パラライドへと急ぐ。
パラライドは砂漠の真ん中にある巨大なオアシスの周りにできた国である。
西大陸には世界で唯一の砂漠があり、燃料が豊富にある代わりに食料が少ない。
ウェストポートとは常に友好関係を結んでおり、過去数百年、争いの歴史はない平和な国だ。
しかし、その裏では各国に武器を売る武器大国でもある。
青年の乗る、旧型の軍用バイクもパラライド製である。
「着いたぞ」
リティアは疲れ切った顔で青年を見る。
「巻き込んで悪かったわ。私はこれで」
「待て、リティア。親戚に会うのはいいが、おすすめはできない」
青年はさらりと言う。
リティアがどうなろうが、もう知ったことではないのかもしれない。しかし、リティアにとってはどうでもよくなかった。
「どういうこと」
「もう聖教会に喧嘩を売っただろ? もちろん、相手だってお前の親戚くらい知っているはずだ。もし、リティアにはキミ悪い悪霊がついていて周りを不幸にするなんて吹聴されたら?」
リティアの顔が青くなった。親戚は、リティアを受け入れるどころか、厄介者扱いするに違いない。
「わ、私は“神子”なのよ! 教会にとって神聖な存在なはずなのに………!」
「だからこそ、他国へ渡す気はないんだろう。ただでさえ、パラライドの権力は世界的にも強いのに」
“神子”が王族の目に入ったら、パラライドは最強の国家となるだろう。教会は何としてでも、それを避けたかったはずだ。
「じゃ、頑張れよ」
リティアは目を丸くする。
青年は、味方ではないのか?
「待って! 置いていくの!?」
「俺の人生の一部にお前は必要ない。それに、俺の所属はパラライドじゃないからな」
青年にとってもまた、パラライドの権力が増すのは面白い話ではなかった。
彼の所属する地域は、世界的に見てもあまりに脆弱で、発言力など無いに等しい。
「待って………!」
リティアは青年の腕を掴む。
その目は、涙で潤んでいた。
「私、あなたにつくわ。“神子”が味方になるって言ってるの。あんたの組織も喜ぶでしょ」
「素直じゃねーな。もっとはっきり言えよ」
リティアは、さらに強く、青年の腕を掴む。決して、一人にはならないように、青年とはぐれないように。
「お願い……私を、助けて、ください」
青年はリティアの頭に手を置く。
「お前助けたら、俺の仕事も手伝えよ」
リティアは微笑む。
青年は、手を差し出した。
「俺の名前はミーウ。魔術は〈防御障壁〉だ」
「私はリティア。魔術は〈天空操作〉」
二人は握手を交わす。
青年ーーミーウは“北大陸シャンカラ地下街”の所属である。
“神子”を擁する魔術組織は、大国か教会のどちらかであるが、田舎の街が巨大な勢力と化すのは時間の問題となったのだ。
それは、パラライドに“神子”を取られるよりも悲惨なことだった。
教会は、選択を誤ったのである。
「砂漠の蛇って美味しいの?」
ミーウはリティアを睨んだ。
現在、軍用バイクを宿に預けて市場に来ていた。
大通りに面しているそこは、多くの露店が並び、大国ならではの豊かさを“見せびらかす”場となっていた。
しかし、砂漠に食料は少ない。
オアシスにできた国とはいえ、芋類の他には、ラクダ肉か蛇肉しかないのだ。
オアシスでの漁は、王族の特権であるため、平民は口にできないらしい。
飛行機も一般には運用されていない段階のため、ウェストポートから海産物を運ぶことも不可能なのだ。
「お前、砂漠の料理は蛇しかないんだぞ。本当にここで暮らす気だったのか?」
「今は“田舎”所属だからいいもん」
ミーウはそんなリティアの主張を無視して、蛇の串焼きを二人分買う。
リティアも買ってもらった物に文句は言えないのか、黙って食べ始めた。
「………悪くないわね。あんまり美味しくないけど」
「確かに、ちょっと高いラクダの方が美味いんだよな」
その言葉にリティアは軽くミーウを睨んだ。
しかし、ラクダの串焼きの値段を見て黙るしかない。蛇の二倍近い値段がしたのだ。
リティアがいなければ、ミーウは今頃ラクダを食べていたのだろうか。
「心配すんな。貧乏旅は慣れてるし」
リティアは頷く。
「ありがと、ミーウ」
○○○
パラライドの王であるレウス・パラライドは、教会からの使者である聖騎士達を睨んだ。
どうやら、この国に“神子”が入り込んだらしい。
自分の親戚を頼り、静かに暮らすことを望んでいたという。
しかし、教会はそんな少女を自分達で独占するために、追手をかけた。
そんな追手に少女は反抗する。
教会は、次の指示を出した。
“神子”がパラライドのものになるくらいなら殺せ、と。
しかし、今度は別の刺客が現れた。
どこの馬の骨ともわからない魔術師が聖騎士の追手の一人を殺したというのだ。
“神子”はその男の組織に組したに違いない。
世界の勢力図が乱れることになってしまう。
故に、本来なら敵であったはずのレウスに泣きついてきたのだ。
それならまだ、“神子”はパラライドにいたほうがマシ、そう考えて。
レウスは少女に同情する。
能力が為に、一生の運命が大きく変わってしまったのだから。
「虫のいい話だな、教会の使者共よ」
「しかし、この話はパラライドにとっても面白いものではないはずです」
レウスはため息をつく。
確かに、パラライドは魔術師を多く有している。その中には“神子”とも張り合える強さの者もいる。
しかし、他の魔術国家と違い、パラライド国王は代々、魔術師ではない。
“神子”ーーそれも女性となれば、王族の子を産ませ、国力を強めるために是非とも来て欲しい。
しかし、それでも。
「良いか。人間には、守らねばならぬ仁義がある」
聖騎士達は首を傾げた。少女の人生はどうでもいいということだろう。
少女が、国王に頼って来なかった……それはつまり、その男についたということだろう。
彼にとっても“神子”の少女にとっても当然の権利だ。
男は少女を守り、少女は男に救われた。男は、レウスではない。パラライドの人間でもない。パラライドに助けを乞う理由はないのだ。
「お前達教会には無いものだ。我は“神子”を欲しない。そして、教会に“神子”が戻ることも望まない」
聖騎士達はやっとレウスの言いたいことがわかったようだ。
顔を赤くして叫ぶ。
「どこぞの勢力に、“神子”を譲るというのか!」
「我は構わぬ。“神子”一人で国が左右されるほど、パラライドは落ちぶれておらぬ」
レウスは近衛騎士に合図を送る。
聖騎士達は、半ば引きずられるように、王の間を後にした。
王宮魔術師であるテイルが、レウスに言う。
「よろしかったのですか? “神子”はそう簡単には手に入りませんよ」
「たとえそうでも、“神子”はもうパラライドを望むことはないだろう。せめて、幸せに生きて欲しい」
テイルは、微笑む。
テイル・パラライド。
この国の王宮魔術師であり、パラライド国王レウス・パラライドの正妃、その人である。
この国の王は代々、神の祝福を受けない。
しかし、その妻は度々、魔術師であった。
この国は、神の都ではない。
神は砂漠を好まない。故に、砂漠に築かれたこの国の者に祝福を授けることは少ない。
だから、王は望まない。
“神子”は砂漠にふさわしくないのだから。
読む時は主人公出ないの嫌だけど、主人公以外の目線を書くのは割と楽しかったりする。