不思議之国
「そういえば、上でやばいの見かけた」
「やばいの?」
俺はウラウネの言葉に首を傾げる。
上………シャンカラの街で何かを見たらしい。やばいとは、どういう意味だろうか?
「聖騎士が五人いた。たぶん、“神の涙”を探してる。売って正解だったよ」
ウラウネは親指を立てる。
俺は、頷く気になれなかった。
あの時のローリエの顔を思い出す。あいつにとってオーリィは何だったのか。自分を封印した憎き相手ではないのか。
“神の涙”は、彼女にとってどんな物だったのか。
「ところで、あの子は?」
「風月の所だ。この世界の常識について知りたいらしい」
「お前、余計なことしたのか?」
俺はウラウネに、さっきあったことを話した。
「オーリィは謎多き女だから」
ウラウネは言う。ウラウネ自身、自分達に非があるとは思っていない様子だ。確かに、知らなかったし知れなかったのだから仕方ない。
「謝った方がいいのか?」
「必要ない。それで、お前から離れるってんなら、それでいいはずだろ」
そこで俺はハッとする。
こいつは、“やばいの”の話をしにきたのではなかったか?
「おい、話の続きを」
「? あ、あー!」
ウラウネはすっかり忘れていたらしい。俺はジト目でウラウネを睨む。
ウラウネは照れ隠しに懐からタバコを取り出し、火をつける。
三番通りを歩いていた子供連れが、ウラウネを睨みながら離れて行く。
「その聖騎士なんだが、“大天災”については何も知らないみたいなんだ。教会が正体を伏せたか、はたまた、教会も知らないのかは不明だけど」
ウラウネはため息をつく。
タバコの煙が一緒に出てきた。
「だが、“捨て猫”のことは探してるみたいだった」
「やっぱりか」
怪盗をしている以上、知らない人間に正体を知られるわけにはいかない。
俺は、結局犯罪者でしかないのだから。
「そんで、あいつらも地下街が怪しいと思ったらしくて」
ウラウネがそう言いかけた時、遠くの方で悲鳴が聞こえた。子供の声だろう。
聖騎士の鎧が音を立てて迫って来るのを感じる。
バレないはずだ。おそらく。
俺とウラウネは頷き合って知らないフリをして逃げることにした。
しかし、
「お前ら、地下街に住んでるだろ?」
ウラウネが舌打ちする。
思ったより、相手の足は速いようだ。
「怪盗がいるらしいが、知らないか?」
「残念だけど、地下街の連中は身内以外に興味がなくてね」
聖騎士はウラウネを見て、言う。
「いい身体だな? どうだ、今夜俺と……」
「断る、外道。私は顔も知らない相手と約束はしない」
もっともだ。
聖騎士は今度は俺を見る。
「お前は?」
「こいつの身内だよ。同じく、何も知らない」
俺達はとっさに金の入った袋を隠していた。
金の出所を探られたら厄介だったからな。
「本当か? 何か隠してねぇだろうな?」
余裕のあるフリをしているが、内心は焦っているのだろう。俺はウラウネに合図した。今こそ、〈読心〉の出番だ。
ウラウネは頷く。
「怪盗に何か盗まれたの?」
「ああ。とっても大事なお宝が」
「でも、怪盗ならもう売ってるんじゃないか?」
聖騎士達はざわめく。まさか、その可能性は考慮してなかったのか? 流石ウラウネ。ちゃんと心を病んでいるらしい。
「よかったら、怪盗が物を売りそうな店、教えようか?」
「………」
聖騎士達は迷っているらしい。しかし、一人が進み出た。嫌な予感がする。
「お、お前………! “詐欺師”のウラウネだろ! 聖教会で期待されてた………。皆んな、気をつけろ! こいつは人の心を読む!」
聖騎士達はすぐに剣を抜いた。
魔術師に手加減する気はないらしい。
「ちっ。悪い。顔が見えないとやり辛いんだよ」
「わかってる。逃げるぞ」
しかし、相手もプロだ。簡単に逃してはくれない。俺達はすぐに囲まれた。
こんな所に、風月やローリエが来ればまずい。それ以上に、こいつらを教会に帰すわけにはいかない。
俺はすぐに電話機を取り出して、とある人物に電話する。
この状況を打開できる、唯一の魔術師だ。
「その必要はないよん♪ 全く、困るんだよ。私の縄張りで暴れられたらさぁ」
周りで様子を見ていた住人達の目に光が宿る。
実は、この街、魔術師の存在については理解している。
シャンカラの地下街にはとんでもない魔法使いが五人いる。そんな噂があって、街の住人は時折、助けを求めにやって来る。
そんな住人の迷いごとを表向きに対応しているのが、彼女だ。
青いワンピースに、金髪碧眼のツインテール。髪を結んでいるのは、死んだ兄がくれたという青いリボン。
誰が見ても美少女だが、一つ残念なのは、いつも白いウサギのぬいぐるみを持っていることだろう。
かつて、“怪盗捨て猫”とかいうやつが誕生日プレゼントで送ったものだ。
「アリス! そいつら敵だ! 殺せ!」
「オールオーケー」
アリスは、聖騎士達を引き摺り込んだ。
○○○
「何だ、ここ!?」
アリスは聖騎士達の反応に笑いを堪えきれなかった。
これから、挽き肉にされるというのに、平和な脳味噌だ。
「はじめまして、あるいはさようなら。“不思議之国”のアリスでーす!」
アリスの持つウサギのぬいぐるみが肥大化する。
聖騎士達が悲鳴を上げた。
ウサギは、愛らしいぬいぐるみの面影を捨てて、ただの化け物へと変化した。
「かいせーつ! 私の魔術、〈不思議之国〉は異空間であらゆる事象を起こすことができます!」
聖騎士達の顔が恐怖で染まっている。
頭は地味に良いようだ。
そう。この空間にいる限り、アリスは倒せない。
アリスは死なない。たとえ、攻撃を受けても回復するのだ。
それは、彼女が生み出したこのウサギにも言えることで。
そして、彼女は好きな事象を起こせる。例えば、聖騎士達が死ぬという事象を起こせばどうなる?
「安心して! 私、“死ぬ”命令はしないの! だってぇ」
アリスは残酷に笑う。
「すぐに死んだら、悲鳴が聞こえないもん♪」
聖騎士達の自我は崩壊する。
出ることも生き残ることもできないこの空間で、自分達はいずれ死ぬ。
この少女にぐちゃぐちゃにされて。
「神よ! お助けをぉ!」
「ああ、こんな任務、受けるんじゃなかったぁ!」
「母さん母さん母さん母さん………」
「死にたくねぇ!」
「やめろやめろやめろやめろやめろやめろ」
「あっははっ! よく叫ぶわねぇ!」
アリスはウサギを撫でる。
「赤く染めちゃえ、うさぎちゃん」
○○○
「外が騒がしいですね」
「そうね」
ローリエは風月に尋ねる。
世界の常識には関係ないことだ。
「この地下街?には、魔術師が何人いるのですか?」
ローリエが知っているのは、ルシェルと風月だけだ。
「ルシェルと私。あとはアリスっていう可愛い女の子と、ルシェルの悪友のウラウネさん。それから放浪癖があって滅多に帰って来ないミーウ」
つまり、五人。
片手で数える程しかいない。
「そんな人数で、戦えるんですか?」
「ええ。最強の布陣よ。特に、アリスは」
ローリエは首を傾げる。
この世界の魔術師の強さがわからない。一体、どれほどのものなのだろうか?
それに、風月の魔術もわからない。
「風月さんの魔術は」
「シークレット。私のは秘密なの。仲間しか知らないから」
仲間とは、ルシェル達のことだろうか。
ローリエは違うのだろうか。いつか、仲間と呼んでくれるだろうか?
「わかりました。私の魔術も言ってないですし、お互いさまですよね」
風月はぎこちなく頷く。
見つめていると目を逸らされる。
「もしかして、風月さんの魔術って………」
「トップシークレットだから!」
ドーベルマンのベルーガが面倒くさそうに欠伸をしていた。
○○○
俺とウラウネは、再び現れたアリスに駆け寄った。
ウサギのぬいぐるみは赤く染まっていた。
「やったか?」
「うん。もう大丈夫」
アリスは頷く。
怪我もしていないようだしこれで一安心か。
だが、
「今回のことで、教会は本格的に“大天災”を探し始める」
ウラウネは俺の心を読んだのか、アリスに言う。
アリスは難しい話はわからないとでも言いたげに、肩をすくめた。
「私達が彼女を守る必要ある? あの子のために命を散らせる? それだけの価値があの子にある?」
アリスは静かに言った。
「だが、聖教会の言う事を聞くのか?」
俺は言う。
北大陸で生まれ育ったアリスには、聖教会の恐ろしさがわからないかもしれない。
それこそ、聖騎士達を虫を潰す様に殺したのだろうし。
「………彼女の魔術。それによる」
「本当に“大天災”なのか、知りたいんだな?」
アリスは頷く。
「そうか。じゃあ、行くぞ」
○○○
「頼む、死神。俺をもう一度、送ってくれ」
《断る》
もう数百年、このやり取りを続けていることだろう。
このオーリィとかいう男は、死神に転生の話を持ちかけてくる。
確かに、自分はこの男に祝福したが、二度も三度もする気はない。
《天に還れ。俺はお前の母親ではない》
「頼む……。やっぱり、俺は耐えられない。早く、ローリエを助けてやりたい!」
《心配せずとも、その内適任者を見つけて祝福を授ける》
オーリィの顔は絶望に歪んだ。
「俺のことを忘れて、彼女は幸せになるのか?」
《そうだ。俺にはお前やローリエがどうなろうが知ったことではない》
「ローリエは生命神の祝福を受けた“神子”だろう!」
死神は顔を顰めた。
死神と生命神は、夫婦である。
だから、多少なりとも助ける気があるし、幸せになって欲しいとも思う。
だが、この目の前のオーリィはその限りではない。不幸だろうが幸せだろうが、面倒を見るのは死ぬまでだ。
そして、この男は真実を知る者として密かに処刑された。つまり、死者である。
《去れ。同じことを何度も何度も》
「頼む、死神」
死神は立ち上がった。
オーリィの目の前で立ち止まる。
《ならば、俺に何を捧げる》
「ずっと前からあげてるだろ。一生の忠誠を」
《駄目だ。貴様の魂は、毎度毎度同じことを言う》
「ちょっと待て。毎度毎度? 死神、俺は何度も転生してるのか? つまり、今回も」
《騙されぬ。いつもそう言う》
死神はオーリィにデコピンをする。
オーリィは、死神の部屋の壁を突き破り、遥か彼方へ飛んでいった。
すると、生命神が入ってくる。
《また虐めてる》
《うるさい。あいつはしつこい》
生命神はクスクスと笑う。
《そう言って気に入ってるんでしょ?》
《今回こそは駄目だ。死神は“神子”を作らない》
生命神は何も言わなかった。
ただ静かに、死神の手に自分の手を重ねた。
《私の“神子”が可哀想よ》
題名のやつ殆ど出てこない説。