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怪盗は盗んだ宝と恋をする  作者: 野良猫氏
地下街の魔術師編
3/42

三番通り

「おはようございます」

「ああ」


 俺は少女に言う。

 彼女が目覚めた翌日のことだ。


「今日は一日忙しいんだ。というわけで、選択肢をやろうと思って」

「何の、ですか?」


 少女はビクビクしている。

 昨日の約束を忘れたのだろうか。俺が追い出すことはない。去る者は拒まないが、俺から追い出すことはない。


「一つ。ここで留守番する。俺は夕方までには帰るし、昼飯はちゃんと用意するから心配しなくていい。暇つぶしもあるしな」


 俺はやや大きめのラジオ機の横に置かれた本棚を見る。

 そろそろ二つ目を買いたいところだ。

 少女は嫌そうな顔をした。読書は苦手らしい。


 一千年前の書物は難しい教本ばかりだったと聞く。彼女が本を嫌うのは当然だろう。

 勉強が好きなやつは少ない。


「二つ目。俺についてくる。ただし、さっきも言ったように夕方までは帰らないから疲れたって休めないぞ?」


 少女は黙ってベッドから降りる。

 ゆっくりと俺の隣まで来ると、扉を見た。


「一緒がいいって言いました」


 俺は頷いて、机を見た。

 少女が起きる前に地下街の店で買ってきた焼きたての食パンを使って作った卵サンドである。


「卵、食えるか?」

「はい」


 少女は机の上の朝食を見て嬉しそうに言う。


「美味しそう………」


 “大天災”は食い意地が張っているらしい。


「この世界にはもっと美味いものがたくさんあるぞ」

「本当ですか!? 昔は黒パンばかりだったから……。こんなに素敵な白いパンが食べられるなんて………」


 少女は机の前に腰を下ろした。

 そして、手を合わせる。


「我に能力を与えし生命神に感謝を。いただきます」


 俺は困惑した。


 この世界の神は、聖教会が信仰する最高神クリオネ、ただ一柱のみだ。

 どこぞの民族が別の神を信仰していると知ると、聖教会は聖騎士(パラディン)を差し向けて殺す。

 生命神などという神はいるはずがないのだ。


「お前に能力を授けたのは最高神クリオネじゃないのか?」

「馬鹿なこと言わないでください」


 少女はぴしゃりと言った。珍しくその声には怒気を含んでいる。


「最高神、クリオネ? 確かに彼女は最高神ですが、能力を授けるのは彼女だけではありませんよ。貴方の〈能力解除(スキルキャンセル)〉だってクリオネ様の得意とする魔術ではありませんし」

「だが、聖教会の教えでは神はクリオネ一柱だと」

「最高神と言っているのでしょう? 一柱しかいない神様がわざわざ自分がトップだと名乗りますか?」

「確かに」


 論破されてしまった。

 少女の生きていた時代、千年前は混沌期と呼ばれており、それ以前の記録はほとんど残っていない。

 それこそ、聖教会にあるとされる聖典の原本のみとされている。

 そんな聖典に、今少女が言ったことが書かれていないわけがない。


 つまり、教会は。


「俺に祝福した神は、なんて言うんだ?」


 少女は固まった。

 その瞳は、不安気に揺らいでいる。


「この千年の間に、人類は神と対話できなくなったのですか?」

「神と、対話? そんなことができるのはそれこそ教会の最高神官くらいのはずだ」

「そんな! 昔は誰もが神と対話できていました」


 少女は瞳を閉じて集中し始める。

 どうやら、生命神と対話する気でいるようだ。


   ○○○


 少女は困惑を隠せなかった。


 自分を助けた恩人曰く、この世界の人間は神々のことを忘れ去ってしまったらしい。

 自分達は、神からの祝福を忘れずに受けているというのに。


 少女はすぐに、生命神であるヴィオラに声をかける。


 反応が僅かに感じられる。

 しかし、声は聞こえない。


 もっと、もっと集中しなければ………。


《…………て》


《…………けて》


 これは、生命神の声ではない。

 これは、クリオネの声だ。


 昔と変わらない、純粋無垢な幼い声。

 しかし、その声は苦し気にうなっている。


《助けて! ローリエ!》


 少女は悲鳴を上げた。

 頭がくらくらする。

 幸いにも、すぐに良くなった。


「……大丈夫か? 無理はするな」

「はい」


 少女は微笑む。

 今まで、自分を心配してくれた人はいなかった。この人は信用できる。少なくとも、今まで出会った誰よりも。


《助けて》


 クリオネの言葉を信じよう。

 もし“聖教会”が、神々に何かをしているのなら、戦ってみせる。たとえ一人でも。


   ○○○


 俺達は地下街を歩いていた。

 今日の目的はもちろん、地下街での情報収集だ。


 “神の涙”を無事に盗んだわけだが、物が物なので、“聖教会”の動きを知っておきたかった。


 最初に向かっているのは、風月(ふうげつ)の住んでいる地下三番通りである。

 地下鉄のホームと繋がっている三番通りは、比較的に治安が良く、上の住人も出入りしている。

 お洒落な店なども多くあり、休日などは買い物客でごった返す人気な場所だ。


 そんなところに住んでいる彼女は、もちろんセレブである。

 立派なドーベルマンを連れており、威圧感が凄い。

 性格は腹黒く、味方だと油断した日には後ろから刺される。

 幸いにも、地下街の魔術師達があの女に裏切られたことはない。彼女の所属は間違いなく、俺達と同じ“北大陸シャンカラ地下街”であるからだ。

 攻撃魔術を持たない俺達にとって、情報戦で優位に立てるのは有難いことなので、彼女が一度や二度裏切っても追放したりはしないだろう。


「綺麗……」


 三番通りの天井からぶら下がるシャンデリアを見ながら、少女はため息をこぼす。


「そうか? 安っぽいシャンデリアだと思うが」

「貴方の安いは、私の高いなんです!」


 少女は強く言う。

 だんだん分かってきたが、彼女は天真爛漫な性格らしい。地下街にはいないタイプの人間だ。

 “大天災”は、“大賢者”オーリィによって数ヶ月のあいだ監禁されていたらしい。いや、千年間監禁されていたようなものか。

 そんなことをされて、ここまで明るくいられるのは才能だと思う。


「そろそろ、着くな」


 俺はとある店の前で立ち止まる。

 コーヒーハウス【latte】。


 シャンカラの富裕層が集まる場所だ。

 そんなコーヒーハウスの上の階に住んでいるのが、今回の目的である風月である。


「いらっしゃ……」


 店長は嫌そうな顔をして舌打ちをする。

 その態度に少女は、不安そうに俺を見た。


「安心しろ、いつものことだ」


 小声でそう囁く。少女は少し安心したらしい。


「マスター。風月はいるか?」

「多分な。下品にも窓から飛び降りねえ限りは」

「そうか、上がるよ」

「騒ぐなよ、クソガキ」


 俺は頷き、カウンターの奥にある階段を登る。

 この建物の所有者は他でもない風月氏なので、彼女の友人である“明らかに地下街に住んでいる男”の俺もコーヒーハウスに入れるわけだ。

 これが客の多い時間帯だと店の質が落ちるので、店長は俺達のことを嫌っていた。


「風月、いるか?」

「ばぅ」


 彼女の飼い犬であるベルーガの鳴き声がした。

 すると、奥からガチャガチャという音がして、風月が出てきた。

 三番通りでは絶対に見ないであろう下着姿で。


「おい」

「うるさいですね。ルシェと(わたくし)の仲でしょう?」


 彼女は俺に入るように合図する。

 そこでやっと後ろにいる少女が目に入ったようだ。


「噂は本当だったのですね」

「噂?」


 俺は部屋に上がりながら聞く。

 少女は、下着姿の大人の女性を警戒しているようだ。


「“怪盗捨て猫”が“神の涙”を盗んだという噂です。物が物なので、あくまで“噂”ですけど」


 風月は少女を見る。


「この子が“大天災”ローリエですか?」

「なんで、私の名前を?」

「ローリエっていうのか?」

「「…………」」


 二人の女性に睨まれた。

 俺は咳払いして、話を進める。


「この子が“神の涙”から出てきた。俺は教会の教えを受けていないから、“大天災”については知らない」

「偶然、〈能力解除(スキルキャンセル)〉が発動してしまった、と」


 俺は頷く。

 風月は少女……ローリエを見る。


「そんなんじゃ、彼の名前も知らないでしょ」

「はい」


 風月とローリエは俺を見つめる。


「彼はルシェル。中央大陸のスラム生まれよ。仕事は怪盗。貴女は彼に盗まれたお宝ってわけ」


 ローリエはハッとして、俺に言う。


「そ、その、お宝。どこにやりましたか?」

「………ウラウネと売った」

「え!?」


 ローリエはショックを受けたように、目を見開く。その目には涙が溜まっていた。


「あ、あれは、オーリィがくれた物で……」

「オーリィはお前の何だ? お前を封印した憎むべき相手だろう?」


 ローリエは、ムッとして俺を睨んだ。


   ○○○


「ローリエ。俺は、お前を守れない。俺の能力ではお前を守れないんだ」


 檻の中で、唯一の話し相手だったその人は、ローリエにそう言った。


「この、石にお前を封印する。それが、この国の決定だ」

「………オーリィは、それで納得するの?」

「………するわけないだろう?」


 オーリィはため息をつく。


「俺が自由だったら、お前を連れて逃げたのにな。国に縛られて逃げれば国王の魔術で殺される。お前を一人にしてしまう」


 オーリィは優しい魔術師だった。

 歪んだ国のために、歪んだ価値観を植え込まれて、それでもローリエの孤独を理解してくれた。


「村の皆んなは助けてくれる?」

「…………ああ。頑張るよ」


 ローリエはオーリィの持つ石に触れる。

 封印するためなら、たとえば無機質な鉄塊でも良かったはずだ。それなのに、彼は綺麗な宝石を持って来た。


「君の心がずっと綺麗であるように。いつか、別の誰かが助けに来る。絶対に諦めないでくれ」


 それは、オーリィの本心だったのだろう。

 彼の心は、葛藤と寂しさでズタズタだっただろう。ローリエの魔術ではオーリィの傷ついた心までは治せない。


「待ってる。この宝石を見たら、オーリィも私のこと思い出してね」


   ○○○


 俺はため息をついた。


 ローリエは風月にこの世界について教わりたいと言った。

 どうやら俺は要らないらしい。


 コーヒーハウスを出て、三番通りをふらふらしていた。


「“捨て猫”」

「ウラウネ。宝石は売ったか?」

「“神の涙”か? もちろん。これ、約束の金」


 ノース金貨が十枚入っていた。

 つまり、あの宝石は金貨二十枚で売れたことになる。


「スラムなら一生遊んで暮らせるな」


 俺は呟く。

 ウラウネは楽しそうに頷いた。

 金貨の入った袋を大事に撫でながら、今日は何を食べようかと悩んでいる。


「オーリィは、聖典ではどんな奴なんだ?」

「“大天災”を封印した“大賢者”で、歴史学で最初に出て来る偉人。他には“救国の女魔術師”とも呼ばれている」

「女、なのか?」

「さあ。聖教会は色々隠し事が多いから、聖典の内容なんて嘘だらけかもしれない。原本を盗むっていうなら、手伝うよ、“捨て猫”」


 ウラウネは面白そうに言う。

 確かに、知りたいことはある。


 俺を祝福した神は、一体誰なのか、とか。

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