こうふくのワクチン
先日、69回目になるワクチン接種を終えた。
世の中には月3回接種を受けるヘビーユーザーもいるが(これは月に接種できるワクチンの最大数が3回までと決められているからだ)、私は月1回で十分だ。贅沢を言わなければ、これで一応生きていける。
ワクチンの副反応で、大抵の人間は3日はまともに動けなくなる。私の場合、接種後1週間はだるさが続く。
接種会場に入り、並べられたパイプ椅子に座って接種の開始を待つ。二三、見知った顔があった。親子連れもいた。もう夏休みに入ったのか。
ワクチン本位制が実施されるようになって、間違いなく人々の幸福は増進した。
今や日本国民の生産年齢人口の内8割は、月1回以上ワクチンを接種している。ウイルスの感染を予防するためではない。ワクチン接種を受ければ、お金が国から振り込まれるからだ。
これらの人々は、大体絵を描く、小説を書く、ゆっくり解説動画を作るなど、要するに、あってもなくてもどうでもいい仕事に従事している。人間、本当に何もしない生活は耐え難いらしい。
ではワクチン接種を受けない残り2割の人々は何をしているかというと、ほとんどはAIやロボットに代替されなかった仕事をしている。その中には、機械の方が上手にできる仕事もある。ただ、機械より人間を使ったほうが安上がりだから代替されなかったのだ。
レタスの収穫、Amazonの倉庫の仕分け作業、建築塗装、介護。安上がりと言っても、ワクチン本位制の実施に伴い、これらの仕事の待遇はずっと良くなった。
もちろん、これらの人々を扱う側の人間もいる。しかし、私に彼らについてどうこういうだけの知識はないし、考えたいとも思わない。
自分の列の番が回ってきた。本人確認。アルコール消毒。注射は手慣れたもので、ほとんど痛みはない。注射痕にパッチが貼られる。手続きを済ませ、再度パイプ椅子に座り、10分待つ。
反ワクチン団体はしきりにワクチンは役に立たないと主張するが、接種する人々は私を含めてそんなことはわかりきっていて、その上で接種を受けているのだから、両者は永久に話が噛み合わない。
反ワク団体の中には、AIやロボット、何よりワクチンのない社会を作ろうとするものもいた。多くは計画途中、あるいは活動を始めてすぐに挫折したが、今なお長らえている気合の入った反ワク村が少数だが存在する。村で生まれた子供の人権問題をニュースが取り上げることがしばしばある。
彼ら子どもたちには、外部の私達がどのように見えるのだろうか。
接種会場を出ると、外には例によって反ワク団体が待ち構えていて、私にワクチンの有害無益なことを説いてきた。いくら副反応がきついとはいえ、命にかかわるような害がないことは、何十回も接種を受けた人が一番良く知っているということを、この人達はわからないのだろうか。努めて無視しようとして、差し出されるビラも受け取らなかったが、団体のメンバーの一人が持っていたプラカードに目が止まった。
そのプラカードには、プロヴィデンスの目が描いてあった。目のついたピラミッドの図である。別名「すべてをみそなわす目」。陰謀論のアイコン的代物である。
この人達は、未だにワクチンを陰謀ととらえているのか。苦々しく思ったが、ふと小学生だった頃に読んだ、古代エジプトのピラミッドについての学習漫画を思い出した。面白かったので、何回も借りて読み返したものだ。
現在でも通用する説なのかどうか知らないが、ピラミッドが作られた理由として「農閑期の農民に仕事を与えるため」という説があることを、あの漫画で知った。
当時の私は、子供心に「なんでわざわざ仕事をさせるのだろう? 直接お金や食べ物を与えればいいのに」と不思議に思っていた。
その疑問がようやく解けたような気がした。