船の香り③
「それであなた。何?」
「鎖霧ちゃん。この子。さっき。三笠の所にいた子です。」
鎖霧ちゃんはどこか不思議そうに女の子を見つめていました。
「私の名前は、沖野香里と言います。」
「沖野香里さん。ですか。」
私は携帯のメールアプリを再び開き、名前を探しました。
「えっと。沖野さんは…。」
「私の担当する艦船は戦艦比叡の航海長です。よろしくお願いします。碇鎖霧さん。」
沖野さんは鎖霧ちゃんの方を見て朗らかな笑みを作り、答えました。
「あなたが比叡の航海長ってうそでしょ…。」
鎖霧ちゃんはどこか浮かない表情を作り、先程まで見ていたメールを確認しました。
「嘘なんて付いていませんよ。私はこれでも艦船の知識はあるので、有力な人材として指名されたのだと思いますよ。」
「指名って。学校からですか?」
私は沖野さんの指名と言うことに気になり、質問してみました。
「えっと。この方は?」
「はい。航海実習では重巡洋艦青葉の艦長になることになった湊ヒナと申します。」
私は名前を言うと、沖野さんは頷き、軽い会釈をしてくれました。
「どうも。湊さん。えっと。指名とは何かでしたね。今回の航海実習では高校入試で行った試験をAIで採点しているのですが、そこから乗組員の役割を振り分けて、航海実習を執り行っているんですよ。」
「採点ですか。」
私は自身の長所となるものが見当たらなく、艦長となる器ではないと感じながら、話を聞いていました。
「今年の入学生は二七〇名以上。その中でも希望の役割になれたのは幸運です」
沖野さんは私や鎖霧ちゃんより情報通で艦船について、今回の割り振りについても詳しく教えて頂きました。
「入学直後の高校実習には多くの目的があるようなのですが、大きな理由の一つに学生の海洋学における学力と任務における達成率の確認が求められているそうです。」
「学生の海洋学の学力は分かるけど、任務における達成率の確認って何よ。」
鎖霧ちゃんは初めて聞く用語に分からない部分が多いようで、沖野さんにそのまま質問しました。
「ヒナは分かるかしら?」
「任務の達成率と言うのは何か評価基準があるのでしょうか?」
「そう。基準としては三つ。一つ、航行の際に、正しい手順で成されているのか試験。二つ、任務でどこまで達成ができたのか。そして最後。三つ、他の乗組員と協力して任務遂行ができたのか。この三つが主な判定基準になっているみたいです。」
沖野さんは右手を折り曲げながら、私たちに任務の達成率の判定基準について分かりやすく、伝えて下さりました。
「でもどうして、そんなことを知っているのよ。ホームページには書かれていないわよ。」
「私の調査です。でも安心して下さい。正当な方法で得た情報ですので。」
鎖霧ちゃんはますます警戒した表情となり、沖野さんの方を見つめていました。沖野さんは笑顔になり、続けて調べ方について話しました。
「私は政府が出しているホームページと防衛省のホームページを見て調べたのですよ。」
「ホームページ?」
鎖霧ちゃんは気になったようで携帯を取り出し、検索アプリを開きました。
「あった。本当に載っていたなんて。不覚だわ。」
鎖霧ちゃんは沖野さんへの警戒を解き、話を始めました。
「あなたが比叡の航海長ってことは、分かったわ。でも一つだけあなたが言っていることに不可解な点があるわよ。」
「何ですか?」
鎖霧ちゃんは沖野さんに人差し指を突き出し、言いました。
「入学直後の海洋学は通常一般常識な範囲でしょ。そんな生徒を航海実習に出すことは、危険を伴うはずでしょ。」
「それは無いように考えられているようで危険になった場合、監督艦または自衛隊の艦船の援護を加えて救助に向かうことになっているみたいです。」
「日本政府はそこまでして、私たちを必要にしているのね。」
鎖霧ちゃんは話に呆れながら聞き、理解の範疇の内容だったようで、それ以上の詮索はしませんでした。
「まあ。私たちが考えても変わることがないから。今は艦船を眺めるしかないわね。」
「そうですね。」




