あれ? ここでもう弓月さんのターン? 万歳神様ありがとう!
いやはや、月日が経つのは早いでござるなあ。
え、もう11月? 今日から? もうすぐお正月やない? いやだわ奥さん、また一つ歳取っちゃうじゃなーい!
サボってたわけではないが、前回の僕のターンから二ヶ月弱、経っちゃってるね。
けれど今回はめっっっっちゃくちゃ気合を入れようと思う。
黒帯しめて瓦割りして骨折するくらいの気合で。
それはもちろん我らがヒロイン、弓月さんのオススメ本のご紹介だからです!
「え、サークル長の神田川先輩を差し置いて、私が先に? ほんとにいいんですか?」
いいんです。
いっつもノラロウとダラダラしている神田川先輩のことなんかほっときゃいいのに、このような気遣いもできる素晴らしい女性、女神、いや仏、ややや菩薩であらせられる弓月さん。(←すでに崇拝者)
オススメの本を紹介していただく前に、ここでちょっと弓月さんの近況をご報告申し上げようかと思う。
最近、弓月さんは少しだけホクホクというか、浮き足立っていることがある。
それは読書サークル研究会ほにゃらりにおいて、タイからの刺客、イケメン白米男子のチャイくんが入部したからだ。
そりゃイケメンだからね。女子は嬉しいだろうよ。神田川先輩だって、残念だけどイケメンってのもあるし、すみっこパイセンだって、袋とじさえ取り上げてしまえば、見られんこともない。←自分のことは棚にあげる手法
その他のサークル員だって、変人ばっかだけど、なかなかのメンツ揃い。うちのサークルの顔面偏差値は、大学のサークルの中では、平均より結構上。
僕がその平均値の足を引っ張っているかどうかは、この際どうでもいい。
もちろん皆も知っている通り、弓月さんはダントツの美貌をお持ちでいらっしゃって、このサークルの顔面偏差値を引き上げてくれている。
となるとだ。
チャイくんと弓月さんで、もはや大学のミスとミスターの称号を得てしまっている、という事実。
それが、とうとう先日、確たるものとして証明されてしまったのだ。
そう。
このコロナ禍。ミスコン、ミスターコンはオンラインで執り行われたわけだが、この二人はダントツで優勝となり、かかかかカッカッカッ(クソっっ口が裂けてもカップルだなんて言いたくないっっっっっ!) 、ダブル受賞となったわけだ。
今。サークル室の窓際に設置された、ミス&ミスターコンの特設コーナーにはなんと。二つのトロフィーが燦然と輝いている。
「これは読サー結成以来の快挙だふぉいwn。うちの弓月とチャイをたてまつびぃwp……」(以下リピート)
チャイくんに完全敗北し、ショックでろれつが回らなくなった神田川先輩が、特設コーナーを設置しようと提案した。
自ら敗北の証を、これまた自らの視界の範囲内にたてまつるだなんて、やはり神田川先輩はアフォだとしか言いようがない。
「ノラロウがいたずらして、大切なトロフィーを倒しちゃってもいけないから、各々の家に飾った方が良いよ」
僕はこのようにフォローした。けれど。
「スミマセーン。ボクの家はとてもとても狭いデース。置く場所がないのでここに置いてくだサーイ」
と、チャイくん。
「キミぃ、逆にだな。こんな雑然としたサークル室なぞに置いておくなどと、いつか嵐か地震か台風かの自然災害によって、木っ端微塵に壊れてしまうぞ」
すみっこパイセンと呼ばれている林先輩が、独特な援護射撃を行ってくれた。やった! すみっこパイセンも時には役に立つ!
しかし。
「ダイジョブダイジョブ。こんなもの壊れてもいいデスヨー」
注釈:『こんなもの』=非常に大したことのないもの。大事なものではないもの。
神田川先輩が無表情でおもむろに立ち上がり、お道具箱からマッキーを取り出した。そして、トロフィーについているリボンを引っ張り、『優勝 トンチャイ様』の部分にマッキーのペン先を当てて えぇぇぇえええええ
「だめだめだめ!」
僕は暴挙に出た神田川先輩を後ろから羽交い締めにし、それを阻止した。
「ちょちょちょちょ神田川先輩っっなにやってんですかっっっ!」
すると、先輩は確保された宇宙人のように一瞬で大人しくなり、がくりとその場に座り込んで背中を丸めてしまった。
「……だってさ、チャイがこんなもの要らんって言うから……こんなもの誰にでもくれてやるって言うから」
いやいやそこまでは言っとらんだろ。
「だからって、名前だけ書き換えて戦歴詐称しなくても。神田川先輩だって良いじゃないですか。水泳大会でたくさん優勝してるでしょ⁉︎」
すると、神田川先輩がひとこと。
「賞状や盾やメダルばっかりで、トロフィーは一個も貰ったことないんだもん」
もんってあんた! 幾つだと思ってんの! あざと可愛い!
「でも僕なんてなんの取り柄もない中のなかの下の人間で、盾や賞状なんて一個も貰ったことないんですから、それでも羨ましい話ですよ。あーあ僕だって、一つくらい表彰状とか金メダルとか欲しいなあ。あーあ神田川先輩、羨まし過ぎるーーーー」←あざと可愛い感じで
「……え? マジで? う、羨ましい?」
はい完了。神田川先輩が握りしめていたマッキーをそっと取り上げる。そして耳元で囁いた。
「そのうち弓月さんのトロフィーを手前にずらして、チャイくんのは奥に押しやりましょう」
「さすが長谷部だ」
なにがさすがなのかわからんけど、これでいい。
全然、弓月さんの近況は話せなかったけど、とにもかくにも弓月さんがミスコンで優勝したってことをご報告申し上げたかった。
優勝はこのトロフィーとハワイアンレイ。副賞は、新聞一年分。主催が誰かはシークレットだが、一目瞭然のような気もしている。目隠しをしたまま地雷原を歩いている気分だ。←地雷とは本来地中に隠されている。例え下手の弊害。
「それじゃ弓月さん。オススメ本のご紹介をお願いします」
気を取り直して。
司会進行の僕は続けた。
「はい。わかりました。それではエントリーナンバー3。弓月 花音。好きなものは、唐揚げとモンブランです」
その言葉に違和感を覚えた僕は、すぐさま問うた。
「あれ? 弓月さん、好きなものに新聞紙は……?」
弓月さんは、よう聞いてくださったの、それはじゃな、的な微笑みを浮かべながら言った。
「新聞紙は、私にとって好物ではなく、同志だから」
名言でました。後々、新聞社の社歴に遺るはず。いや、この地球の歴史に刻まれるはず。
僕は、胸熱になりながら、「承知つかまつった」と返した。
弓月さんが、胸に抱いていた本をぐいっと出してくる。
「私がオススメしたい本は、こちらです」
『舟を編む』(著:三浦しをん 出版社:光文社)
キタ。有名どころだ。この本を知らないという人は、この広い世界を探しても、見つからないのではなかろうか? ←長谷部評より
映画も見た。主人公の妻役、あおいちゃんがとんでもなく可愛い。
そこには共通点もあった。
弓月さんもあおいちゃんぐらいに美人だし可愛いんだにゃーん。byノラロウ
この本は、普段は目にする機会がない(っていうか考えたこともない)辞書づくりに関して、どうやって辞書を作り上げていくのか、が非常に興味深く、書かれている。
辞書って物心ついたときからもうすでに手元にあって、そもそもそれがどうやって作られているのかは知る機会がない。
出版社の辞書編集部の方々によって、この世界の言葉たちは拾い集められ、そしてそれに含まれている意味を深掘りしわかりやすく説明していく、そんな地道な努力。
ここで問おう。
君は君がこの世に生まれいずる時からすでにある、『右』だとか『上』だとかの言葉の意味を改めて説明することが、出来るだろうか?
難しいだろう。
僕は感激した。
この本を読んで、日本語をもっと好きになったし、本を読むごとに『舟を編む』を思い出し、言葉の意味を違う言葉で考えたり、思索したりしながら読み進めることができるようになった。
ありがとう。しをんさん。あなたは僕にとっては本の神様だ。(←崇拝する神は非常に多い)
この本に出会わなければ、僕はこれから出会う本も、意味なくぼんやりと読み進めてしまうという、虚しい読書方法を続けていただろう。
初めて目にする言葉に出会った日には必ず、辞書を引いている。
…………
あ、これは失礼しました。弓月さんのオススメのターンなのだというのに、吾輩がこのように熱く語ってしまいました。これはいけませんな。非常に申し訳ない。(インテリ風)
「『舟を編む』かあ。素晴らしいチョイス。これほんと良い本だよね〜〜。僕も好き。では、弓月さんのオススメポイントをご披露ください」
「はい。私はこの本を読んだ時、瞬間、雷にぴしゃんと打たれた思いがしました。それほどに衝撃的な出会いだったのです」
わかるうぅぅうう。その気持ち、すっごくよくわかるううぅぅ。だよねだよねだよねえぇぇ!
「そこで辞書に興味を持ち、改めて辞書を手にしてみたのです。それからというもの辞書と私は切っても切れない関係となっていったのです。新たな出会いとして広辞苑も手に入れました。表紙がボロボロになるまで使い込みました」
そこまでなんだ。そこまで使い込んでると、愛着もわくよね。
「トイレに行く時、電車に乗る時、食事をする時、そっと側にいてくれる存在です」
ん? まあ確かに弓月さんの場合、そうかもな。これ全部、新聞読む時だもんね。ってか、弓月さんってオッさん?
「新聞紙と同じ匂いのする辞書という存在が、私にとってはおおいに必要でかけがえのない存在なのです」
だね?
「辞書を作ってくれてありがとうという感謝の気持ちでいっぱいになる、そんな本です。よかったら、読んでください」
パチパチパチ。
拍手がサークル室に鳴り響く。
狭っ苦しいサークル室だが、サークル員皆、スタンディングオベーションで、万雷の拍手を送る。
多少の疑問は残ったが、良い演説だった。
感動した!
「ありがとうございました。今一度、弓月さんと『舟を編む』に大きな拍手を!」
弓月さんの満足げな表情もまた良き。
今回はこんな感じで気持ちよく締めさせていただきます。
次回、すみっこパイセンのオススメ本、『果たして人類は袋とじという誘惑に勝てるのか⁉︎』をお楽しみに!