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九十九回魔王に挑んだ勇者と神核を食べた少女~王国民全員が応援する片思いの行方~

作者: 焼魚あまね

 一人の少年が、仰々しい建物へと歩みを進めていた。

 それに気づいた門番の騎士は問いかける。


「勇者シエル、今回も寄付ですか?」


 すると勇者は答えた。


「そうだ、騎士団長ソル」


 たったそれだけの会話で、門番は彼に道を空ける。

 勇者は騎士団長の敬礼を受け、建物の中へと歩いて行った。


 その背中には大剣、衣服はボロボロで、戦いを終えてすぐここへ来たのだと理解できる。


 ――生きている。

 それは勝利したことを意味するのだが、彼に喜びの様子は見られない。


「団長……通しちゃって良かったんですか?」

「いいんだよ」


「でも……ここ神核しんかく保管領域ですよ? あんな少年が入っていい理由なんて……」

「騎士コメット。言葉を慎め」


 新人騎士のコメットは、騎士団長ソルの叱る声に少し肩を強ばらせる。


「団長、あの……」

「お前は小さな村の出で新人だ。知らないのも無理はないが、以降彼を軽んじる発言は慎むことだ」


「はっ! であれば、彼は……何者なんですか?」

「勇者シエル。この王国最強の勇者だ」


「勇者……そういえばそう言ってましたね。最強って……魔王を倒したとか?」

「無論」


「あの歳でそれはすごい。でも、それと神核保管領域……『ショーケース』への入場許可に何の関係が……」

「魔王を倒した程度では、そこまでに値しないと?」


「失礼ながら、ここは神核護衛騎士団団長である貴方が門番を担うほどの施設です。王国の要。ここに問題が起きればどうなるか……」

「そうだな、そうなればこの王国は終わる」


「であれば……」

「しかし、勇者シエルが魔王を倒さなかったら、王国は終わっていた、違うか?」


 酷なようだが、あのような少年にこの王国の命運は託されているのである。

 他に方法がなく、なにより彼自身がそれを望んだ。


「それに、彼が本気を出せば、俺は一瞬で敗北するだろう。止めたところで意味はないんだよ。言ったはずだ、この王国最強の勇者だと」

「団長が負ける? 冗談でしょう!?」


「冗談なものか。……彼はもう……九十九回魔王を倒し続けているのだから」


「…………!?」


 新人騎士コメットはあまりの驚きに言葉を失った。

 そして、彼が進んでいった方向を見つめるのだった。




 ◇ ◇ ◇




 ――――神核保管領域管理局、通称『ショーケース』。


 ここではこの王国の主要エネルギーである神核を管理している。

 厳密には神核を保有する人物を監視し、管理運用を行っているのであるが。


「ヴァイザー局長」

「おやおや、これは勇者シエル様ではありませんか。その様子だと、また魔王に勝利されたのですね? 相変わらずの強さです」


「御託はいい。今回も報告に来ただけだ。いつも通り賞金はそちらに回す」

「感謝いたします」


 魔王討伐には賞金がかけられており、勇者は賞金のほとんどをショーケースに寄付していた。

 賞金は国王から出ており、元をたどれば税金である。

 つまり、国王がショーケースに出資しているようなものであるが、勇者は何も気にしていなかった。

 国民も彼の行動に納得している。


「ええ……魔王に敗北すれば王国は終焉。ここの神核がコントロールを失えば、これもまた王国の終焉に繋がる。結局の所、勇者シエルの行動は英雄的であり必然的。これはなんとも……」

「みんな分かっているんだ。こうするしかないってな。だから俺はそれを実行するだけだ」


「ええ、そうですね……」

「それより姫は……ステラはどうしている?」


人形姫にんぎょうひめですか? 依然変わりなく。潤沢な資金のおかげで神核から溢れる神気を完全にコントロールし供給できていますよ。あのような少女が神核を飲み込んで生きている。本当に奇跡のような存在ですよ人形姫は」

「そうか。それで……面会は……」


「現時点では無理ですね」

「充分な資金を寄付しているはずだ!」


 シエルは僅かに怒りをにじませた。


「ええ、分かっております。近いうちに吉報をお届けできる予定ですので……」

「ああ、すまない。戦いで疲れているんだ。吉報を待っている」


 そう呟くと、勇者は管理局の出口へと向かうのだが、それを局長が止める。


「勇者シエル!」

「なんだ?」


「お気づきかも知れませんが、魔王の復活間隔は倒す度に短くなっております。今回……倒した直後に再生を始めたのではありませんか?」

「…………」


「次回で百回目。どうか、お気をつけください」

「……ああ」


 ヴァイザー局長の指摘は的確だった。

 幾度となく繰り返した戦いの中で、シエルは力を強めてきたが、同時に魔王も強くなっているのだった。

 復活までの時間は、もう三日もないのだろうとシエルは踏んでいるのだった。




「お帰りですか、勇者シエル」

「ああ」


「面会は……」

「だめだった」


「そうですか。でも神気に対する防壁の研究は佳境らしいですよ。完成すれば面会も可能かと」

「そうか……」


「ですから局長をあまりいじめないであげてくださいね」

「俺は別に……見てたのか?」


「いえ、想像の範疇ですよ」

「まったく……そういえば。こちらの方は……」


「新人の騎士コメットだ」

「コメットです、勇者シエル!」


「そうか……頼りにしている。俺が気兼ねなく魔王へ挑めるのは、騎士団がこの王国を守っているからだ」


 シエルはそう言って自宅へと去って行くのだった。


「頼りにしているって……最強の勇者に言われてしまいました」


 コメットは興奮し震えていた。


「手のひらを返したような反応だな」

「そ、そうかもしれませんが。嬉しいんですよ、騎士としての目的を改めて認識させられたというか」


「それはよかったな」

「俺、勇者シエルのファンになっちゃったみたいです」


「王国民全員がそうだ。彼を応援している。魔王討伐も、恋愛も……」

「恋愛?」


「それも知らなかったか」

「何ですか? 勇者シエルに恋人がいるんですか!?」


「恋人というか、片思い中だ」

「へぇ~、戦いだけが趣味の少年かと思っていましたけど、案外そういう所もあるんですね」


「案外もなにも、彼は普通の少年だったんだ。彼女がああなるまではな」

「その……相手は誰なんですか?」


「お前も知っているだろう? 俺達が今守っている存在。……人形姫だ」

「えぇ~~~~!!」


 コメットはその事実に驚きの声を上げた。


「うるさいっ! 任務中だ、騎士コメット!」

「はっ! で、ですけど……よりによって人形姫ですか?」


「彼女も元は普通の少女だ。勇者シエルの幼馴染みなんだよ」

「そうなんですね……。そもそも、人形姫……彼女はどうしてこんな所で隔離をされてるんですか?」


「おいおい……神核の危険性を知らないで神核護衛騎士団に入ったのか?」

「いえ、それは知ってますけど。そうなった経緯についてはあまり知らないというか……」


 知っていなくては怒られる事項なのではと怯えつつも、コメットは正直に説明した。


「まぁ、神核護衛騎士団としては、守るべき対象なのだと知っていればいいからな。詳細については知らなくても無理はない。勇者シエルをよく知る国民の間では常識だが」


 そう言ってソルは話し始めた。

 全ての始まりを。


「人形姫……ステラ姫は、元神核護衛騎士団団長、ガラクシア様の孫にあたる人物だ」

「聖騎士ガラクシア。伝説の騎士ですね」


「今は勇者シエルの師匠兼従者だ」

「そうなんですか!? 通りで強いわけです」


「なんとも良好な関係だった。幼いステラ姫と勇者シエル、それを見守るガラクシア様。この王国の希望を象徴するような姿だった」

「しかし、魔王が現れた」


「そうだ。生活区域からは離れた土地ではあったが、魔王城が出現し、この国に不安をもたらしたんだ。その時だった。魔界と王国の境界が緩くなったことで、偶然にも我々はあるものを手にしたんだ」

「神核……」


「魔王がこの国に居を構えたのはこれが原因だとも言われている。しかし、それを好機と捉える者もいたんだ。誰だか分かるか?」

「えっと……」


「まずは神核保管領域管理局局長。そして、国王だ」

「なぜですか?」


「ヴァイザー局長の場合は知的好奇心だろうな。神核を利用すれば強大なエネルギーを得ることが出来る。そして、その案を国王が承認した。無理もない。経済的に廃れていた王国の復興と魔王からの防衛。それを同時に成立させる案だからな」

「危険を承知で押し進めたと?」


「仕方ないさ。それに誰も文句は言えないだろう。現に王国は神核から得られる神気をエネルギーとすることで一気に近代化した。魔王城周辺に結界を張ることも出来て、表向き安心して生活できている」


 別に魔王を倒す必要はない。

 神核さえ維持できれば、豊かな暮らしを続けられるのだから。


 しかし、心のどこかでこう思う者もいるのだろう。

 神核は諸刃の剣であると。


「それで神核護衛騎士団が結成されたんですね」

「そういう流れだ。で、話は戻るが、ガラクシア様の孫、ステラ姫は好奇心旺盛でな。ある日、神核保管領域管理局(『ショーケース』)を見学することになったんだ」


 当時は神核本体のみが安置され、不安定ながらも流れ出る神気を半ば無理矢理利用していた。

 そう前置きしてソルは続けた。


「神核ってのはとても小さな蒼い結晶で、アメ玉みたいなものらしい」

「強大な神気を発するのに、そんな小さいんですね」


「ああ、驚くべき代物だよ。人が安易に手を出して良い代物ではなかったんだろうな。運悪く神核は暴走を始めたんだ。蒼い神気がショーケースを満たし、溢れた」

「……(あお)の終末」


「そう言われることもあるな。あれは終わったというより、終わらせられたんだ。ある一人の少女によって」

「その少女って……」


「ステラ姫だよ。見学中に神核の暴走を目の当たりにした彼女は、あろうことかその神核を食べた」

「食べた!?」


「アメ玉を口に放り込むようにな。それで、人形姫の出来上がりってわけだ。なぜか彼女と一体化することで神核の安定性は格段に増し、王国の危機は避けられたわけだ」

「それが、人形姫の物語……」


 王国を救ったとはいえ、素直に喜べない展開である。


「人形姫の名前の由来は知っているな」

「彼女が発する神気を高濃度で浴びると傀儡になるんでしたっけ?」


「傀儡と言っても、完全な人形になるわけではないらしいがな。姫の意志が働くときだけ身体と心の制御を奪われる仕組みらしい」

「早期に対策を講じたため、実際傀儡になった存在は少数なんですよね」


「それに特定もできていない。分かっているのは、姫に近づきすぎなければ問題はないということだ」

「気をつけるポイントさえ押されておけば何とかなるのが今の王国って感じですね」


「強大すぎる力で支える王国なんて、ある意味脆くて危ういものだ」

「そして、残酷」


「ああ、たった二人の少女と少年に負担かけすぎだ」

「それでも、彼は……人形姫に片思いしているんですね」


「一途なんだよ。それに、信じているんだ」

「何をですか?」


「姫を元に戻す方法を探すため、シエルは魔王城へと向かったんだ。一回目の討伐だな。その時、魔王はこう言ったらしい。『時が来れば姫を救う方法が得られるかもしれんぞ? それまでは我と戦え』とな」


 だから勇者は戦い続ける。

 自分がいかにボロボロになろうとも。


「嘘かも知れませんよ?」

「ま、嘘だろうな。魔王はシエルのことが気に入っているようだし、王国侵略よりも勇者との戦いを楽しんでいる様に思える。シエルが命尽きるまで楽しむ気だろう。なに神妙な顔してやがる、相手は魔王だぞ?」


「分かってますよっ! でも……悲しすぎますよ」

「ああ、だからみんな応援してるんだ。彼の恋がどんな形であれ成就するのをな」


 そう言ってソルは空を見上げた。




 ◇ ◇ ◇




「戻りましたか勇者シエル」

「ただいま、ガラクシア」


「風呂を沸かしております、すぐにお入りください」

「ああ……、ガラクシアも一緒に入るか?」


「い、いえ……私は」

「そうか……」


 シエルは風呂に身体を浸すと、一息ついた。


「何で世界はこうなってしまったんだろうな……」


 シエルが勇者になると決めた時、一番に協力を申し出たのはガラクシアだった。

 元神核護衛騎士団団長。伝説の騎士。

 今でもなお、聖騎士ガラクシアの名は広く知られている。


 そんな彼はその日シエルの師匠兼従者となった。

 シエルと鍛え支えると誓ったのだ。


 それ以降、二人の間に祖父と孫のような関係性は消え去っていた。

 魔王を倒し、王国を守る。

 そして出来れば姫を救う。


 ただそれのみを考えて共に過ごしてきたのである。


「食事を終えたら稽古をつけてくれ」

「シエル、少しは休息を」


「分かっている。だけど、魔王の再生速度は急激に上がっているんだ。明日には魔王城に向かう」

「そうですか……。分かりました」


 ガラクシアは従うほかなかった。

 魔王の現状について一番理解しているのはシエルなのだから。


 シエルは食事をし、ガラクシアと稽古をして、眠りについた。



 ――――翌朝。


 シエルはガラクシアと共にショーケースへと足を運んでいた。

 騎士団長ソルに出発の報告をして、士気を高める。

 今では魔王討伐へ向かう際の恒例となっていた。


「もう次の討伐ですか、勇者シエル」

「魔王の再生が速くてな。これ以上早くなるなら、俺は二度と戻っては来ないかもしれないな」


「会えるのもこれが最後かも知れないと?」

「そういうことだ。それより……今日は騒がしいな」


 いつになくショーケースは人の出入りが激しかった。


「局長の許可が下りました!」


 騎士コメットが中から出てきてそう言い放つ。


「騎士コメット? これは……」

「勇者シエル。ステラ姫との面会許可が下りています。こちらへ!」

「本当か!? 姫に会えるのか!」


 するとソルが答えた。


「神気に対する防壁技術が完成したそうですよ。会って話すことも可能だとか。早速姫は要望を出したとかで、業者の出入りが激しいんですよ」

「そうか……。ありがとう」


「俺に感謝されても困りますよ。誰かさんが局長を急かしたのが効いたんじゃないですか? いやぁ、間に合って良かった」

「あ、ああ……」


 シエルは案内されるままにショーケースの中枢へと向かった。


「待っていましたよ勇者シエル」

「ヴァイザー局長」

「さあ、人形姫が会いたがっていますよ」


 薄蒼く光る部屋の中に姫はいた。

 透明の壁に囲まれたその部屋は、ちゃんと神気を遮断しているらしい。


「あなたが勇者?」

「そうだよ、ステラ」


「ステラ……私の肉体の名ですね。すみません、神核の影響により、私はあなたの知るステラ姫とは少し変化した存在になっているのです。ですが、彼女の何ものも失われてはいません」

「そうか……」


「今ちょっと落ち込みましたね?」

「いや、分かっているんだ。何の影響もなく神核を取り込めるはずがないってことは」


「だからよそよそしくするのですか?」

「いや……」


「私はステラという存在を常時引き出すことは出来なくとも、彼女の全てを理解し、彼女自身でもあるのです。説明して理解できる感覚ではないと思いますが」

「そうか」


「ですから以前同様に接して……もぐもぐ……くださって良いんですよ? もぐっ」


 それもそうだなとシエルは思うと同時に、どうしても気になることがあった。


「あの、さっきから何を食べてるんだ?」


 いつの間にか咀嚼を始めていたステラの手には、見慣れない焼き菓子があった。


「ああ、これですか? ちょっと思いつきで局長に頼んだのですが、まさか即行で再現されるとは驚きです。あ、これはお魚を模した焼き菓子に粒あんを詰め込んだものでして」

「美味しいのか?」


「はいっ! それはもう、美味しいのです! 王国を代表するパン屋と金型職人、それから豆農家が生み出した究極の焼き菓子なのです!」

「それをステラが考えたのか?」


「え~っと、実は言うと発案者は私ではないのです。こう神核と共にいると、どこからか不思議な電波を受信したりするので、そこから拝借した知識でして」

「電波?」


「その辺はあまり気にしないことです。私も上手く説明できないので」

「まあ、なんというか楽しそうで何よりだ」


「そうですか? 出来れば私はあなたにも楽しく過ごして欲しいのですが」


 壁越しにステラはシエルをのぞき込む。


「今は難しい」

「魔王を倒しに行くのですね。もし魔王の狙いが私なら、さっさと渡してしまえば良いのではないでしょうか?」


「それが出来ないから俺が戦うんだよ」

「それがあなたの選択なんですね」


「そうだ。そういうわけだから、これでお別れだ」

「もう会えないのですか?」


「魔王次第だけど、その可能性が高い」

「それは残念です。ではせめてこのお菓子を持って行ってください。あ、さすがに手渡しはできませんね。すみませ~ん! こちらの勇者に例のお菓子を持たせてあげてくださ~い」

「感謝する」


「では、幸運を祈っておりますね」

「ああ」


 見慣れぬ焼き菓子を手にした勇者は、姫のもとを去った。


「いいのかい、あんな別れで? 告って行けばいいのに」

「いいんだよ、騎士団長ソル」


「最後まで格好つけるねぇ。ま、無理しないでくださいよ」

「聞けない冗談だ」


 笑ってシエルは手を振った。


「お気をつけて、シエル」

「ああ、ガラクシア。行ってくる」


 こうして、シエルは一人、魔王城へと向かうのだった。


 そして……。


「おい、騎士コメット。局長が呼んでいるみたいだぞ?」

「はっ! 行ってまいります」


 ソルはコメットを局長の元へと向かわせた。


「果たして新人騎士に局長が何の用でしょうね?」

「さあな」


「騎士団長ソル、私に何か用ですか? どうやら一対一で話したいことがあると見える」

「さすが聖騎士ガラクシア様。では、一つ尋ねますが……いつまでシエルに片思いさせる気だ?」


「諦めさせろと言うのですか? 確かに、望み薄い恋ですからね」


 その発言にソルは口角を上げて笑った。


「そうじゃない。いつまで片思いしていると錯覚・・させているんだ……という話ですよ」

「ふむ、話が見えてきませんね」


「俺が気づいていないとお思いか? これは両思いだ」

「そのような根拠があるのですか? であればステラの祖父としては、喜ぶべきでしょうね」


「それだ……それが違う」


 ガラクシアが不思議そうにソルを見つめた。


「何が違うのでしょうか?」

「なぁ、ガラクシア様。あの蒼の終末の時。俺もショーケースで任務に就いていた。あんたあの時、神核の暴走が始まった直後、その蒼い光を遮るように身体で神核を覆っただろう?」


「さて、どうでしたか……」

「その後ステラ姫が神核をとって食べてしまったが、だとすればどうして生きている?」


「それはステラが神核を食べることで暴走を抑え……」

「違うなぁ。その前に高濃度神気に被曝しているはずだ。それで人間が死なないわけないだろう?」


 ガラクシアは明らかに動揺していた。


「な、何か勘違いされているのでしょう。働き過ぎですかな、騎士団長ソル」

「ふ、そういう態度をとるか。いいだろう。だが俺からも言っておく。これは誰にも言っていない秘密だが、俺は生まれつき薄い神気も視認できる。普通の人間には見えない神気の糸もな」


「…………」

「どうしてあんたに神気の糸が繋がっているんだ? 本当にシエルの片思いなのか? 傀儡を使ってこそこそそばで見守るのは、好きってことじゃないのか? だったら……両思いだろ?」


「……今日はこれで失礼します、騎士団長ソル」

「そうかい、聖騎士ガラクシア様」


 ソルはいそいそと去って行くガラクシアを見つめ、苦笑した。


 すると、騎士コメットが帰ってきて言うのだった。


「団長! 局長が呼んでるなんて嘘だったじゃないですか!」

「悪い、勘違いだった」


「それより聞いてくださいよ! 何かステラ姫が急に顔を真っ赤にして倒れたんですよ。体調が悪いって訳ではなさそうなんですけどね。大丈夫ですかねぇ?」

「大丈夫だ」


「何でそう言い切れるんです?」

「くっはっはっ! 分かるんだよ! ふふっ……ウケる……」


「え、何かツボに入りました? 団長? 団長!?」


 ソルはしばらく笑いの発作に襲われ、コメットはそれを不気味そうに見守るのでした。




 ◇ ◇ ◇




 勇者は魔王城の前に立つ。

 これで百回目。


 もう見慣れてしまっている景色だ。


「ここまで来ると友人宅に遊びに来る感覚に近いな。敵だけど」


 シエルは扉を開けて中へと進んだ。

 当然のことながら、門番の悪魔は吹っ飛ばした。


「よく来たな勇者よ」

「来てやったぞ、魔王クロニカ!」


 巨大な禍々しい玉座に座る巨体。

 魔界の王、魔王である。


「早速だが前置きは抜きにして行くぞ!」

「来るが良い!」


 大剣を手に取り突撃するシエル。

 到底少年が扱える大きさの剣ではないが、鍛錬を積みに積んだシエルはいとも容易く扱ってみせる。


 ガシリッ!


 大剣は魔王の片腕に傷をつけることなく止められる。

 距離をとって切りつける、何度も、何度も。


「効かぬ、効かぬわぁ!」

「超速再生か……くっ!」


 勇者との戦いで魔王は敗れても敗れても復活した。

 それは魔界がある限り続く現象のようなものである。


 そして、復活を繰り返すほどに強くなる。

 特に再生速度は顕著であった。


「お前は強い。なるほど、人間の身としては申し分ないほどに鍛え上げている。我が配下に見習わせたいほどに」

「そうかよっ!」


 ガシィィン!!


「しかし、この程度で今の我を倒すことは出来ないのだよ」

「なら試してみようぜ……はぁぁっ!!」

「届かぬ……届かぬぞぉ~!!」


 大木……いや鉄筋すらも切断するであろう太刀の連打。

 シエルが鍛錬で生み出した技の極地を、披露している。


 しかし、魔王は僅かに打撲のような怪我を負うだけ。

 しかもそれすら即座に治癒していく。


「俺は、王国を守るんだぁ!!」

「悪いな、我にも守るべき魔界があるのでなぁ!」


 衝突する、力と力。

 ただ、優劣は明白。


「うわぁ~~!!」


 押し負けたシエルは吹き飛ばされる。


「これで会ったが百回目。もはや人間ごときに負ける我ではないのだよぉ~っ!!」

『「うぉ~~~~!!」』


 シエルは歓声に包まれる。

 いつの間にか魔王城の中には魔界からのギャラリーでいっぱいだった。


 ああ、こうやって記念すべき百回目の戦いで、俺を笑いものにするのか。

 そうシエルは思った。


 しかし、そう思い通りにさせない。

 シエルは力を振り絞り、ふらつきながらも大剣を支えに立ち上がる。

 あと一振りが限界だろう。


 全神経に集中を張り巡らせ、魔王を睨みつける。


「行くぞ! 魔王クロニカ!!」

「来い! 勇者シエル!!」


 全力で両者走り出し、剣を、拳を振りかざす!!


 そして――――――――シエルは吹き飛ばされ、完全に敗北した。




 ◇ ◇ ◇




 しばらく気を失っていたシエルは目を開ける。

 全身には痛みが走り、動かすことが出来ない。


「勇者よ、今回は我の勝ちだ」


 確かにその声をシエルは聞いた。

 しかし、なぜ聞こえる?


 敗北は死を意味する。

 勝者の勝利宣言を聞く機会などないはずである。


「ま、魔王……」

「気がついたようであるな」


「なぜ、殺さない?」

「殺す? それこそなぜだ?」


 シエルは混乱した。

 魔王は悪いやつだ。


 王国侵略を企み、人々を恐怖に陥れている。

 なのに……。


「何の冗談だ?」

「お前こそ何を勘違いしているのだ、勇者よ」

「な……に……?」


 魔王は瓦礫と化した床に腰を下ろすと、勇者に向かって話し始めた。


「我は魔王だ。神々と敵対している魔界の王である。ゆえに神から何かを盗むこともある」

「何の話だ……」


「まあ聞け。神核を人間界に落としたのは我なのだ」

「なに!?」


「わざとではない。我も焦った。あれが持つ影響力は計り知れない。ゆえに回収のためこの地に魔界を繋いだ」


 迷惑な話だとシエルは思った。


「そこでお前と出会った」

「何良い感じの出逢いみたいに言ってるんだ……」


「いや、良い感じなのであるぞ! 申し分ない宿敵! 混迷を極めた魔界経済に差し込んだ希望の光……いや、闇か? どちらでも良い。こうして、我は勇者との決戦をギャンブル化することで経済を立て直そうとしたのである」

「…………え?」


 意味なく人間を襲う。

 そういうのが悪魔じゃないのか?

 魔界経済の立て直し?


「お前達人間には迷惑をかけた」

「ちょっと待った! どういうことだ!」


「魔界の政策に人間界を巻き込んだこと、ここに謝罪する」

「えぇ!!?」


 シエルの魔界に対するイメージが音を立てて崩れていく。


「今回は記念すべき百回目。ここで勝利をすることで、このギャンブルが最高に盛り上がるよう演出したのであるぞ?」

「それって、これまでの九十九回は……」


「ギリギリ拮抗した戦いを見せ、その上でわざと負けていたのである。勇者、お前の成長には目を見張るものがあったぞ! 人間にしてはよくやった」

「手を抜いていたのか!?」


「おかげで魔界経済は多少マシになった」


 シエルは魔界のギャンブルのために戦っていたことになる。

 そう思うと、シエルは頭を抱えずにはいられなかった。


「だったらどうする? これからもこの戦いを続けるのか?」

「それなのだが、このギャンブルも飽きられ始めている。それに、お前も限界だろう? 体力的にも、能力的にも。最強の勇者であるが、魔王相手にこれ以上の戦いは出来ない」


「それで……」

「殺すつもりはない。しかし、このまま引き下がる訳にもいかぬ」


「…………」


 シエルは覚悟した。

 恐ろしい条件を突きつけられることを。


「我の目的は二つ。神核の回収と魔界経済の立て直しである」

「ステラは渡せない。言ったはずだ」


「分かっておる。しかし、神核だけ取り出すなら良かろう?」

「出来るのか?」


「無論。神気回線を使って抽出技術をそちらの学者に送るとしよう。しかし、こちらが勝った以上、それだけでは足りぬ」

「他に何が必要だ?」


「魔界経済の立て直し。これには新たな戦略が必要となる。よって、『さかな菓子本舗』の株式、30%で手を打とう」

「さかな菓子本舗? 何だそれ?」


 シエルにとっては聞き慣れない言葉だった。


「何だ、知らぬのか? 今王国で人気になっている魚型の焼き菓子、その名店である。ここに来るとき食べておっただろう?」

「あれかっ! あれはそんなに人気なのか?」


「王国のみならず、隣国でもブームになっておるぞ?」

「マジかよ……」


「我々はあれのチェーン店を魔界で展開する。これで経済も安定するだろう。ちなみに、王国が神核によって得てきた利益は、その焼き菓子ブームでなんとか補填できるであろうよ」

「かつてない税収が、国王を襲う!?」

「そういうことであるぞ」




 ◇ ◇ ◇




 こうしてシエルは魔王と契約した。

 この妙な契約の締結は、瞬く間に王国中に知られることとなり、国中が早速準備に取りかかるのだった。


 そして。


「おかえり、シエル」

「ただいま、ステラ」


 ステラはもう人形姫ではない。

 神核は魔王へと返却され、魔王城は王国から消え去った。

 とはいえ、魔王自身はさかな菓子本舗経営の関係で、定期的に出張してくるらしいが。


 魔王の目論見通り、あの焼き菓子は王国に目眩がするほどの経済循環をもたらした。

 神核のエネルギーを利用することはもうできないが、神核を研究することで得た技術や知識は残っている。

 代用となる技術はいくらでも生み出せるだろう。


 そして、王国は喜びに満ちあふれたのだが、悲しみも訪れた。


 ステラは国民に説明した。

 祖父、聖騎士ガラクシアの真実を。

 既に死去していた事実を。


「死者をもてあそぼうとしたわけではないのです。ただ幼かった私は、無意識に祖父が生きる道を選んでしまった。そして、ようやく祖父は眠りに就くことが出来るのです。ただ、祖父を傀儡とすることで私は知っています。彼は最後まで勇者の成長を見守ることができ、幸せだったと」


 すると国王は告げた。


「王国民よ、今暫し黙祷せよ。偉大なる聖騎士ガラクシアに多大なる感謝を――――黙祷」


 その時、王国は音をなくしたかと思うほどに静まりかえるのだった。




 聖騎士ガラクシアは王城敷地内に造られた立派な墓に埋葬された。


「ありがとう、ガラクシア」


 シエルは墓の前で祈りを捧げ感謝すると立ち上がった。


 王国は真の復興へと進み始めた。

 まだ課題は多い。

 しかし、苦難を乗り越えたこの国なら成し遂げられるだろう。


「せっかくガラクシアの墓前にいるんだ。ここで一つ伝えたいことがあるんだ、ステラ」

「どうしたのです、シエル」


「俺は、ステラのことが好きだ! ずっとずっと好きだったんだ!」


 真っ直ぐにステラを見つめるシエル。

 その瞳にステラは答える。


「そんなのずっと前から知ってますよ。私も……大好きです、シエル」

「そうなのか!」


「両思いなのですよ? 幼い頃からずっと……」

「ああ……」


 シエルはステラの肩を抱き、二人は顔を近づけて口づけを……。


 ガサッ!


『「……!?」』


 急な物音に二人はビクリと驚き距離をとる。


「いや……なんだ。ちょっと墓参りでもしようかと思ってな。その……お前達を小さい頃から見ているお兄さんとして言わせてもらうが……そういうのはまだ早いと思うぞ」


 木陰から現れたのは、騎士団長のソルだった。


「団長!?」

「ソルお兄さんっ!? あの、いつから見て……」


「最初からだが?」

「あなたはまたしても……私の邪魔を……えいっ! えいっ!」


 恥ずかしさを隠すため、ステラはソルをポカポカと叩くのだった。


「悪かったな、勇者様」

「いや、構いませんよ。俺も慣れない空気に恥ずかしくなっていた所なんで」



 伝えたいことは伝えた。

 伝えたことは伝わった。


 だから、何もかも問題ない。



 勇者は空を見上げ思う。




 ――――ああ今日は、なんて素敵な空なんだろうと。

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― 新着の感想 ―
[一言] 企画からやって参りました! シリアスな冒頭から、どうなるんだろうってハラドキしていたら、たい焼きが世界を救っていたとは…! このほのぼのエンド、とても良かったです! 二人のいちゃらぶがこ…
[良い点] 企画からお邪魔します。 アイディアに全部持って行かれました。 たい焼きの大勝利では!? めちゃくちゃ面白かったです、ありがとうございました!
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