第21話「幼馴染みの2人」
「……なんで、お前が居るんだよ。」
「私は由里の付き添いだから、気にしないでもらえる?」
顔を合わせた瞬間、険悪なムードを醸し出す2人。
陽葵さんが僕の教室に来てすぐ、御影くんが陽葵さんに突っ掛かった。
陽葵さんの態度もあまりよく思っていない知り合いへの対応に見えて、僕も他のみんなも何があったのか混乱している。
「2人とも、時間無いからはじめよう。」
「……あぁ。」
「……そうね。」
僕の掛け声には素直に応じたものの、2人は同時にそっぽ向き、それ以降目を合わせる事はなかった。
「住吉くん、ここ昨日と同じところ間違ってるよ。」
「え?あはは、悪い。昨日はあんまり復習出来なくってさ。」
「まだ勉強に慣れてないと思うけど、あと1週間だし頑張ろ。」
「おう!もうバッチリだぜ。」
静かに始まった勉強会だが、住吉くんだけでなくみんなに凡ミスが目立つ。
今日までは部活もあったし仕方ないのだけど、一気に進捗状況が悪くなった感覚に、僕に少し焦りが生まれだした。
慣れない勉強疲れと、不機嫌なオーラを纏う2人。
恐らくその2つが原因で、結局昼休みは皆どこか集中出来ていない空気のまま、終わってしまった。
「武庫くん授業までにここ、いい?」
「うん、いいよ。」
ただ救いなのは、洲崎さんの集中は切れていないことだ。
彼女は僕と同じクラスなので、ギリギリまで勉強を教える。
「ここが構文だから覚えといて。あとは新しい単語もないから、できる?」
「…うん、やってみる。ありがとう。」
説明を終えると、そんな彼女が心配するように僕の顔色を窺う。
「……武庫くん、大丈夫?」
「え?…ごめん、顔に出てた?」
「うーん、ちょっと悩んでそうなのは分かったかな……。」
『悩ませてる私が言うのもなんだけど……。』と、また洲崎さんのネガティブ思考が始まりそうだったので、僕はすぐに否定する。
「洲崎さんの事じゃないよ。…ほらっ、御影くんと陽葵さんがね。」
僕が悩みの1つを打ち明けると、洲崎さんが納得いったような反応を示した。
「あの2人は、ずっとあれらしいよ。」
「あれって言うのは、仲が悪いってこと?」
「うん、私は皆とクラスが違うから直接見たのは初めてだったんだけど。律人くんや夏代ちゃんから入学してすぐの頃も揉めてた事があったって、聞いた事あるんだ。」
「へぇ、そうなんだ……。」
律人や園田さんが知っているなら、もしかしたら由里ちゃんも知っているかもしれない。
正直、今の状況でこれ以上の勉強の遅れが出ることを危惧した僕は、最悪の場合、陽葵さんの参加を遠慮することも考えて、律人か由里ちゃんに2人の事を聞いてみようと決めた。
「……っていう話を洲崎さんから聞いたんだけど、由里ちゃんはなにか知らない?」
「……。」
放課後になり、皆が集まる前に由里ちゃんに階段の踊り場まで来てもらって、そう聞いてみた。
しかし、由里ちゃんには心当たりがないようで首を横に振る。
「……知らない。」
「そっか…。」
律人の方は周りにあのメンバーがいる事が多いので、このタイミングで呼び出すのは難しいと思って由里ちゃんに聞いたのだが……。
「ごめんね、変な事聞いて。」
「……。」
成果がなかったことに気を落としながらも、努めて笑顔を作って謝ると、由里ちゃんが首を傾げて僕に言う。
「……陽葵に、聞く?」
「いいよ、そこまでしなくて。…それに陽葵さんが触れて欲しくない問題かもしれないから、由里ちゃんは気にしないで。僕がなんとかするから。」
虚勢を張って胸を張る僕を見て、由里ちゃんがどこか寂しそうな表情をしたのに、僕は気付かない。
「みつ……。」
「お、こんなところにいたのか。」
由里ちゃんが何か言いかけた所で、ちょうど律人が現れたので、由里ちゃんは口を紡ぐ。
僕は思わぬタイミングの律人の登場に、驚いて聞いた。
「律人?もしかして、もう皆集まってる?」
「いや、もう少しなら大丈夫だ。俺がお前に用があって早めに行ったら、洲崎がお前から『遅れるかも』って伝言を聞いてたからな。」
「そうなんだ。…それで?」
僕が用件を聞くと、律人が頭を下げた。
「悪かったな、深月。」
「…よく分からないんだけど。」
謝れる理由が分からないので、説明を求める。
「教える手が足りないから、塚口を呼んだんだろ?久寿川と塚口は仲が良いのは知ってたから、俺が駿とのこと気にしてるべきだった。」
あぁ、律人は陽葵さんを呼んだことで空気が悪くなったことを、自分のせいだと思っているんだろう。
けれど、それは違うと首を振る。
「いや、別に人手が欲しくて陽葵さんを呼んだわけじゃないよ。だから、律人は気にしなくていい。」
「…いや、そういうわけにもいかねぇだろ。」
うーん、こういう時の律人は頑固だ。
自分に非があると思ったら、なかなかそれを曲げない。
それが律人のいい所でもあるんだけど、今、その問答をしている暇はない。
「律人、今は誰が悪いとかは置いとこう。あの2人の事で知ってることがあれば教えて?」
「…そう、だな。」
僕がそう聞くと、納得するような仕草をして、律人が何かを考えてから言った。
「あの2人は、幼馴染みらしいぜ。受験前までは仲が良かったって聞いた事もある。」
「そうなの?」
昼間の雰囲気からは、考えられない2人の関係に驚く。
「あぁ。だから、中学の時は塚口が駿の勉強を見てやってたらしい。」
「じゃあ、その時に何かあったの?」
律人は首を横に振る。
「いや、そこまでは知らねぇ。なにせ入学して同じクラスってわかった時から、あんな感じだったからな。俺も、本人にそこまで聞けなかったよ。」
『ただ…。』と、律人は続ける。
「塚口が駿の受験勉強を見てやってた時に何かあったなら、勉強絡みの問題かも知れねぇな。」
「確かにね…。」
陽葵さんと御影くんは、元々は仲が良かった。
けれども受験勉強が原因でその仲は拗れてしまった。
解決策は思い浮かばないけど、そろそろ戻らないといけないし、とりあえず今日のところはあの2人を組ませないようにしようか…。
そう考えていると、律人から提案があった。
「……なぁ、深月。」
「なに?」
「一回、荒療治を試していいか?」
「荒療治って、まさか……。」
律人は悪巧みするように、ニヤリと笑って言った。
「今から、あの2人を組ませてみようぜ。」
僕たちが教室に戻ると、部活のミーティングで遅れる園田さん以外はみんな揃っていて、遅れたことを詫びてから勉強を始めた。
教室内には他の生徒も数人残っているが、ちょうど部活がテスト休みに入った事もあってか各々(おのおの)が静かに勉強している。
「「……。」」
そして律人の提案通り、御影くんの勉強を陽葵さんに見てもらうようにお願いした。
嫌そうな表情は見せたものの、意外と抵抗する事なく、2人は向かい合っている。
ただ律人は由里ちゃんが見ていて、残りの人を僕が見ている状況だが、妙な緊張感は残ったままだ。
「……ここ、違う。」
「チッ…。」
陽葵さんが指摘して、御影くんが舌打ちすると、僕を含め数人がビクッと身体を震わせた。
いつ2人が衝突するかわからない空気の中、『僕は失敗だったかなぁ』とさっきまでの律人との会話を思い出していた。
『そんなことしたら、余計なお世話にならない?』
僕の問い掛けに、律人が『いや…』と否定する。
『たぶんあの2人も、自分らのせいで空気が悪いのをわかってる。それを気にしてる内は、表面上だけでも取り繕うだろ。口もきかなかったのに嫌々でも関わってたら、昔の事がしょうもなく思えてくるかも知れねぇし。』
『だから、今の状況を律人はチャンスだと思ってる?』
『あぁ、そうだ。こんな機会でもねぇと、ずっとこのままだろ。他の奴には悪いが、ちょっとだけあいつらの仲直りにこの勉強会を使わせてもらう。』
僕は目先のテストの事だけを考えて2人を遠ざけようとしたが、律人はこれからの2人の事を考えて仲直りの機会にしようとした。
その気持ちが分かったから、僕は律人の提案を受け入れたのだが……。
「…ここはこうでしょ。」
「うるせぇな、わかってる。」
「……。」
お互いの言葉に刺がある。
時間の問題ではと思われたそれは、園田さんが戻って来ると、爆発した。




