教皇、そして
大変遅くなりました。
「失礼します」
闘技大会であっさりと勝ちを手にし興醒めした闘士…もとい聖女は真っ直ぐに居住まいのグレーシア教の本部である大聖堂へと戻り、自室にて外套を脱ぎ捨て身体を清めるとすぐに教皇の執務室へと呼び出された。
どうせもうバレているのは分かっているのだろう。教皇の説法は短いが説教は長いと教会内部では有名な話である。気が重いのか非常に緩慢な動きで部屋の前まで歩いていた彼女だが、扉の前に立ちふぅと息を吐き出すと一思いに部屋に飛び込んだ。
「失礼します」
「聖女ベル様、ご入室前に扉を何度か軽く叩いていただけないでしょうか。有り余るほどのお元気なのは結構ですが勢い余ってお怪我でもされては、あぁ、主神が私めに裁きの雷をお降らしになるでしょう…」
そこには仰々しくおよよと目頭抑えるポーズを取る、教皇―――という割にまだ歳若く壮年期ほどに見える―――が待っていた。
「マナーくらい知ってる。お手洗いは2回。親しい人へは3回。正式な場では4回。お説教なら0回」
(※注:もちろんお説教をされる時にはノックしなくていいなんていうマナーは存在しない)
それに対し聖女…いやベルがおどけて答えてみせると教皇は打って変わって冷たい印象を抱く声で話し始めた。
「ふむ、君はただでさえ長い私の説教をさらに長くしたいのかね?」
「まさか。2でも3でも4でもなく0で済ませたいもの」
(この2人の共通認識として、単位は秒でも分でもなく時間である)
「ふむ、では5にしようか」
「まぁ!お上手ですわ!ウォルター教皇猊下。俗世にはその一言一言に感動し涙を流してしまう方々が沢山いらっしゃいます。どうかそのお言葉をひとつでも多く彼らにお届けしてはいかがでしょう?」
教皇…ウォルターはギッと苦虫を噛み潰したような顔になった。この聖女はお転婆だが馬鹿ではないから扱いづらい。そういったところだろうか。
「まあいい。長丁場だ。座りたまえ」
「御意御意」
「御意は1回でよろしい」
頭を抱えるような仕草を取りながら執務机からソファへと席を移る。それを確認するとベルはソファへと腰をかけた。
「頭痛ならおやすみくださって結構ですよ」
「誰のせいだと思っておるのだ。まあよい。それで、感想は?」
「はて?」
「とぼけなくてもよい。闘技大会は如何だったかね」
先程とは打って変わって目も、声も、父が娘を見るかのような優しいものへと変わる。説教に呼び出されたと思っていたベルは拍子抜けし、揺さぶられる。しかしそれを表に出すことは無かった。
「お説教ではないのですか?」
「ほう?そんなに説教されたいとは思わなかったな。よし、特別に6にしてあげよう」
ウォルターは満面のいやらしい笑みを浮かべてそう言った。
「遠慮させていただきます」
それに対し、ベルはとても嫌そうな顔でキッパリと拒否を示した。
そんなのは真っ平だろう。空は既に橙色に染まっており、まもなくへーメラーがニュクスにおはようのキスをするだろう。
(へーメラーは昼の神、ニュクスは夜の神。ニュクスはへーメラーの母親である)
今から6時間もお説教をされていては教会特有の、ただでさえ質素なお夕飯も短い睡眠時間も奪われてしまう。
「では改めて感想を聞かせてもらおうじゃないか」
彼は少し残念そうにするも、すぐに温かみのある顔でベルに問うた。
「ふむ」
彼女は何かを察して、そう呟くと肩の力を抜いて姿勢を少し崩した。
「お義父さんの言う通りだったよ。拍子抜けだった」
次回の分もセリフは出来あがっておりますのでごゆるりとお待ちください。
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