裏が表で 表が裏で
聖騎士,聖女ペアの導入編です。
ゴォォォン!!
今か今かと待ち焦がれた天にまで響く大銅鑼の音が喧しく咆哮を吐き出すと、多くを語らぬ老獪な賢人がぐいと錫杖を持ち上げ燦々たる陽の光をこれでもかと背に集めた。
その神々しさは決勝を見にコロッセウムへと押し寄せた群衆には時の教皇と見紛うもので瞬く間にその心を鷲掴みにされた。
歓声。
それはしぶとくしつこい血や泥にまみれるよう戦いにおいて時に決定打足り得るもの。
蓄えられた長い髭が物語る魔法師はそれを以て手八丁を体現し、積年の技術が若さという武器には劣らぬどころかものともしないことを、簡潔に眼前の―――百合を象るアイマスクで正体を隠した―――闘士に示した。
まだ地響きのような開幕を告げる重低音が鳴り止まぬうちの挑発とも取れる煌びやかな術を見せつける老人を前に、闘士―――得物を持たないので拳闘士であろう―――はニヤリと口元を緩めた。腰は落とし、余計な力を抜いて、そうして逆手に左腕を突き出して指をくいくいっと動かす。
驚くべきことであろう。挑発に対して逆に挑発で返してみせた。明らかに魔法師でもなく得物ももたない、肉弾戦を得意とするような風体の者が、だ。
肉弾戦を行うならば間合いを詰めなければならない。魔法師を相手にする場合は弾幕を張られる前に距離を詰め、速攻というのがセオリーと言えるであろう。
もちろん魔法師がそれを許すように挑発したのは意図があるからに違いない。しかし闘士側も肉弾戦を主とするならば近づかなければ攻め手に欠けジリ貧であるだろう。
それは熟練の魔法師にとっても意図を全く理解不能であった。故に。
ふむとひとつ呟き小手調べに護身と弾幕の魔弾を目いっぱい並べ
次の瞬間、闘士に吸い寄せられるように掴まれていた。
並べられた弾幕や護身の魔弾は術士が制御を乱したため消え去っていた。
こうなってしまうと術士に残される選択肢は自爆特攻しかない。
しかし全てが遅いのだ。掴まれたと同時にその手から発された黒い光の爆発が魔法師を貫き宙に投げ出され闘士が地面を叩くと追撃の黒い火柱が天を貫く。
優秀な魔法師ならば誰もが使う魔法障壁などというものは既に破られ、生身に直接当たったそれに老いて弱った肉体が悲鳴を上げた。
中空で立て直すことは適わず落下し命からがらと受身を取ろうとした時、ぽつりと闘士が呟いくのが聞こえたような気がする。
「ディヴァインフィスト」
魔法師はその走馬灯で目を見開いた。
神の拳――。
まさかこれが聖職者だというのか。
馬鹿げている。この身体が受けたものは闇の魔法の力ではないか。そして今まさに受けようとしているそれも。
魔法師にはこの闘士のことが全く理解できなかったが一つだけ理解した。
「私ごときでは傷一つつけられぬ」
と。
この一瞬の出来事に観客は唖然となった。黒い光は魔法師のものだと皆が考えた。
しかしその光が収まれば魔法師は競技場の壁に埋まっている。
魔法師がそうであったように観客にとっても理解しえたのは結果だけ。目の当たりにした事実を前に彼らは皆歓声など上げるのも忘れ、ただ呆然とする他なかった。
なんてことはない。闘士は魔力に触れただけだ。放たれた魔法の魔力の波長を理解し、魔力を掴んで引っ張りあげる。
そうすることで術者たる魔法師を手繰り寄せ、その手に掴んだ。それだけだ。
つまりこれは―――机上の空論でしかないひとつの極地であること以外は―――種も仕掛けもないただの当身であった。
それだけ。それだけで勝負が着いてしまったことに闘士は辟易としていた。そして誰もまだ声を発することすらできていない惨状にも呆れ返った。
いや、うるさいのは勘弁なので静かでいてくれた方がいい。そう思うと闘士はすぐにその場を発つことした。報奨などは闘士にとって実にどうでもよかったから。猛者と戦いたい。それだけが目的だった。いや弁明しよう。実を言うなれば魔法師も宮廷魔法師の長。それすら赤子の手をひねるように倒されてしまったというのはこの闘士が強すぎただけなのだ。
既に後にした闘技場を振り返る。
「残念極まりないな」
呟きは未だ物言わぬ闘技場にすら届かず、消えた。
闘士はここまで来れば良いであろうと目元のアイマスクを鬱陶しそうに取り去って背後に向かって放り投げる。
優勝者の消えた闘技場の真ん中にそれが突き刺さる頃、ようやく実況が震えるような声をあげることができた。
「まあサービスもお仕事のうちだからね」
と、嘲笑めいた独り言を放ったアイマスクから解放された闘士は正しく
世界最大の宗教、グレーシア教の聖女、その人であった。
続編更新は未定です。
しばらくは聖騎士,聖女ペアの導入編が続きます。
気が向いた時に続きを書きます。