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白昼夢

作者: P.B.I.F

 穏やかな空気に満ちている。時の流れも緩やかだ。

外では蝉が鳴いており、高い空は赤色に染まり始めている。

春のように暖かな風が、開いた窓から入って来る。風からは季節の変わる匂いがした。


「京子ー」


 僕は畳の上に寝転がり名を呼んだ。


「はい、なんですか?」


 京子は台所から姿を見せた。長い髪が体に振り回され軽く揺れた。

 僕は黙って手招きする。

 洗い物の途中だと言う彼女は、結局僕の腕に収まった。

女性らしい丸みを帯びた体は抱きしめるだけで心地よい。甘い香りがする。

 体中を撫で回していると、小さく、うふふと笑った。


「甘えん坊さん」


 僕の背に手を回し、僕の顔に胸を押しつける。甘い香りが強くなった。

豊満な胸に挟まれ赤子のような気分になる。


「眠くなってきたよ」


 僕がそういうと彼女は、


「じゃあお昼寝でもしましょうか」


 と僕の耳元でささやいた。

彼女が優しさを含んだ声音で子守歌を歌い始める。

彼女の乳房を包み込むようにして揉みながら、 僕はその歌声をいつまでもいつまでも聴いていたいと思った。




目を開けると光が点々と灯っていた、顔を上げると、真っ暗な中に莫大な数の光が存在している。


「あら、起きたんですか?」


 窓辺に寄りかかり外を見ていた僕を見て京子は言った。

 部屋の中の明かりはちゃぶ台の中央に置かれたろうそくだけだった。暗い。


「なあ、京子」

「はい」


 名を呼ぶと、男を誘うような色めいた声音で返事があった。

 僕は京子を抱きしめたい感情に駆られたが、抑えた。

京子は僕のものなのだから。


「今日の夕飯はそうめんですよ」


 生温い風に頬を撫でられている僕に彼女は告げる。


「そうか」


 食卓に座る。

ろうそくの明かりに照らされてそうめんを食べる。

真っ黒のそれを、赤黒いつゆに浸けて啜る。

とても長く一啜りでは食べられない。

ろうそくに照らされた京子の顔は普段とは違った色香があった。


「昔、子どもの頃近所の公園の砂場に磁石を持って遊びに行ったことがあった。学校の理科の時間に砂鉄の話を聞いたからだ。その磁石を使って目一杯砂鉄をとった。別に砂鉄をどうしたかったわけでもないが、とってみたかったんだ」

「それで?」


 箸を止めて京子は尋ねてくる。


「母に怒られた。磁石の周りに隙間なく砂鉄がついていたからだ」


 京子は「うふふ」と笑った。


「昔から向こう見ずなんですね」


 京子は実に楽しそうに笑っている。


「砂鉄はどのような味がするのかな? 鉄と同じなのだろうか?」


 開いたままの窓から蝶か蛾が入ってきた。

木の葉のようにゆらゆらと優雅に飛んでいる。


「砂鉄を食べるなんて馬鹿な真似はしないでくださいね」


 京子は諫めるように言う。僕が砂鉄を食べようとしていると確信しているようだった。

蝶か蛾はひらひら舞う。


「別に砂鉄を食べようと思っているわけじゃないよ。僕はなんでも食べるわけじゃない」

「そうですか。それならいいですが」


 京子は怪しんでいるようだ。

蝶か蛾はろうそくの周りをひらひら舞う。

そうして、ろうそくの明かりに止まった。

僕は静かに燃えていくそれをじっと見届けた。




その光を見ていると横から声が聞こえた。


「聞いているんですか?」


 若くあどけなさが残っている声だ。


「ああ、ごめん。ぼうっとしていたよ」


 もう、と京子は拗ねた声をだした。しかし、僕の腕からは離れない。

僕らは近所の公園にいた。

いつのまにか暗くなり、街灯に明かりが灯っている。

 遊び回る子どもの姿ももうない。


「静かだね」


 京子と僕二人だけの世界が広がっていた。


「そうね」


 京子は僕の肩に頭を預け、さらに密着してきた。手のひらに収まるほどの胸が僕の二の腕で潰される。

 うふふ、という笑い声が耳に届いた。

 僕は彼女が欲しくなった。

強引に歩き、傍にあった茂みの中に入っていく。彼女は立ち止まろうとしたが、僕の力には敵わなかった。

茂みの中で彼女を押し倒す。優しく、丁寧に、愛情を込めて。

彼女は僕の行動を止めようと言葉を投げかけてきたが、僕は受け取らなかった。

京子の唇を塞ぎ、舌を入れる。京子はおずおずと舌を絡めてきた。

その様子を感じながら、僕は滾った。もう止まれそうになかった。

唾液を送り、吸い、スカートの中に手を入れまさぐる。愛しい。もう片方の手で乳房をねぶるように弄ぶ。

僕が中に入っていくと、京子は年不相応な嬌声を上げた。

 ああ繋がった。

 腰を打ち付ける度、悩ましい声を上げる。その声を聞きさらに思う。欲しいと。繋がるだけでは物足りない。もう満足できない。もう達せない。

どうすればいいかわかっていた。でも今までできなかった。しかし今夜は止まれなかった。

欲しい。彼女の首をなめる。唾液で彼女の首がいやらしく光った。

求めて、求めて、求めた。

驚いて大きな声を出していた京子はいつのまにか蚊の鳴くような声すら上げなくなっていた。

京子の鈍く濁った瞳を見て僕は喜んだ。

これからもっとひとつになっていこう。




目を開けると畳の上に寝転がっていた。

傍には誰もいない。ひとりぼっち。

僕は不安になった。


「京子、どこにいるんだ!」


 震えた声が口から出ていた。


「はい」


 京子の声が返ってきた。しかし、姿は見えない。


「どこにいるんだ?」


 問うて気づいた。だから、返事は返ってこない。


「ああ、そこにいたのか」


 僕はホッとした。


「うふふ」


 京子の笑い声が僕の口から漏れた。

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