91節 門の創造
『ねぇ……二日後に地域交流会があるの知ってるよね』
きれいに清掃された廊下で二人の少女が声をだす。画角の影響から、表情を伺う事はこちらからは出来ないが……その声色からはまるで長年楽しみにしていた遊園地に行ける無邪気な子供のような口角が上がった声だった。
『うん。私達色々な人を救ってる。最初は怖かったけれど今では達成感しかないわ』
『ふふ、羽目を外せる瞬間。抑圧されたものを開放する快感……』
『さぁ、また人を救いに行きましょう?』
「相変わらず気持ちがわるい話だ」
「明らかに普通の会話じゃないね……だから私達が呼ばれたでしょ?」
「で、塾で張り込みですかぁ。いえ、どちらかと言えば楔さんの監視と引き留め役?」
「その通りよ、ゆずきちゃん。流石だわ、と言っても今回は私と夏がいるし前回みたいな事は起こらないと思うけど」
あの後、仕込んでいた小型カメラとマイクが塾生の不審な会話を捉えていた。
やはり、地域交流会と言うものは実在するらしい。問題はどこで行われるかと言うことで、現在精華たちと咲さんたちが分かれて様々な場所を見回りをしていた。
「と言っても監視より、総当たりに近いわね……。そもそも、ここはカチコミ対象じゃなかったのよ」
「まぁ、アサルトライフルとかショットガンとか手榴弾を所持しながら張り込みは基本しないわな」
「えぇ、只ね」
「このメールの件について……ですね」
そうして、後部座席に乗った楔が声を上げた。
彼女がここに来る利点はなかった。そもそも、彼女は天使の教会と言われるテロ組織に狙われていて精華が一緒にいるのも彼女を守るためだ。
護衛をするなら本社の地下施設に居れば安全である。因みに前回の事は彼女自身が自分の意思で外に出たためノーカウントで。
そんな楔がこんな夜に外出しなければいけなくなったのは昨晩に届いたある一通のメールだったのだ。
前半の内容は特筆すべきところはない。
所謂、拝啓から始まる何時ものビジネスメールの典型文。暑さが――とかそんなちんけな内容。
だが、後半の内容が楔に足を運ばせる理由になったのだ。
――翡翠の情報を手に入れた……と。
何故一介の塾が、探偵すらわからなかった情報を手に入れられたのか。何故一介の塾が、警察にテロリスト認定されている天使の教会に洗脳されたであろう少女の情報を手に入れられたのか……。
事前に設置していた盗撮機からは人影があるが少なく、武器になるような刀剣や火器は見当たらなかった。
「発信機(GPS)は……つけてるわよね。いい?脈拍、血圧、呼吸、体温は全てこちらでモニターしてるわ何かあったら」
「わかってます」
「僕に任せてよ。脚力には自信があるんだ」
「まぁ、私はぁ……汚れ仕事とかぁ?」
「私達は最初からは同行できないわ、けどすぐ近くにいるから」
「わかりました。護衛の方々、私行ってきます!」
そうして、俺たちは塾の扉をくぐった。
時刻は午後八時。カレンダーには休日と書かれていた塾にはフロントには三日前に出会った中年の女性だけではなかった。
こちらに気が付き軽く手を振ってくる六人ほどの少女、大体中学生か高校生か……どれも容姿は美しい彼女たちがフランクに会釈する。
「来たわね」
「……」
こちらに気が付いたこの中年の女性はパソコンを操作したのちに、待ってたよ。そう言いながら会釈した。
「本当なんですか?」
「私が見たわけじゃないけど」
彼女が言うには、あそこにいる6人の少女が楔の情報を手に入れたらしい。だから、明らかに部外者である彼女たちがいたのか。
とにかく、大っぴらに言いふらされたくもないだろうし精神的にも個室を準備しておいてあげたからね。場所わかる?と、気のいいおばちゃんが俺の背を軽くたたく。
場所なんてわからないし彼女たちについていった方がいいだろう。
「ねぇ、貴女楔ちゃんのおねぇちゃんなんだって?」
「かわいいね。どこで買ったの?」
「女性にしては高身長だけど何かスポーツやってるの?」
「彼氏さん?」
と、気を紛らわせるためなのか。少女たちは話しかけてくる……迷わないようにこちらの衣服をつかみながら前横後ろと位置を変える。
階段にさしさせまると、隣にある壁に手を当て捻ったのだ。
まるで、鍵を開けるかのように……。
突如、白い壁に紋章が青白い光を伴って浮かび上がってくる。
「え」
「な!せんぱ」
「っ!ますた」
「は?てめ。ぐあああああっ!?」
明らかに常識外の事象。少女たちはまるで地面へと叩きつけるように俺達に飛び乗りながら壁に突進していった。
何とか、拘束を脱しようと腕に力を籠めるが何時も間にかに握られていた手首がミシミシと嫌な音を骨伝導で、神経からはか弱い女の子が出せる筋力ではないと脳に伝える。
そして、体が変な模様が描かれた壁に押し付けられ――ガチャリ?
――ちがう、ちがう。
幾何学的な模様に線が現れた。地面から垂直九十度。その線がドンドン広くなって。
――壁なんかじゃない……これは両開きの扉っ!
ヒッグっと間抜けな呼吸音を出しながら俺は首だけを動かし後ろを見た。
理由はない。痛みを少しでも和らげるために身悶えたかったのか?みんなが心配だったからなのか?それとも、眼前に広がる不可解な現実に目を逸らしたかったのか?
理由なんてこの場では考えられなかった。
ただ、最後に浮遊感に包まれる前に見た、少女たちの生気がないながらも楽しそうにほほ笑む表情が……眼にこびり付いて……。
「はっぁ!?」
「どうしたの舞ちゃん?」
「……消えた」
「はい?」
「消えたんだ。光に包まれたと思ったら場所から消えたんだ!盗撮機からもGPSの信号も!!」
「なんですって!?」
「冗談……じゃなさそうっすね」
乱暴に差し出されたパソコンには光に包まれ消える足があった。多数の人が居たからわからないけれど、その中には確かに兄である海斗のスニーカーがあった。
角度の問題で膝から下しか見えないが、フラッシュ?ちがう、それじゃGPSは消えない。電波障害?それじゃあ、映像が見れるわけない。
すぅ、と小さく息を吸い精華と夏は椅子の下にあったアタッシュケースの中身を取り出した。
夜より黒く表れた無骨なそれは、金属でてきた筒であった。
そのまま、グリップの上にある安全装置を解除しマガジンを挿入、チャージングハンドルを引き5.56mmをチャンバーへ叩きいれる。
いつもの半袖コートの上から予備弾倉が入ったポーチを付け、ついてきていたもう一人に声をかけHK416を携えながらバックドアを開け放った。
「いい、舞ちゃん動かないで。貴女は車を二キロほど後退させなさい」
「了解(ヤ―)」
「咲を呼んで!人通りが少ないからと言っても万が一人が来て流れ弾に当たったら問題だわ!陸、貴方裏側回ってたわよね?なら――」
そう言い精華は、後部座席から飛び出ていった。
何か、今までよりも嫌な予感を感じながらふと舞はパソコンの画面に目を伏した。
そこには、海斗たちの居場所を指すGPS反応が宮城県仙台市に灯っていた。
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