86節 狂気と混乱が有らんこと……
……感情が読めずらいな。礼と似た外見ゆえに俺はいつもの調子を取り戻さずにいた。
俺と礼は繋がっている。契約と言う結びつきによってお互いの大体の感情や体調が理解でき、魔眼を発動してマナの交信量を増やせばお互いの身体能力だって上がる。
だからこそ、つながりない彼女を見るたびに不気味な思いを抱くのだ。
《飲まないの?せっかく淹れたのに》
怪しい奴の淹れた飲み物なんて飲めないだろ!と言っても意味がないか……そして、飲まなければ話も進まない。
近くにある椅子を引いて座る。そのまま、ティーカップを持ち上げゆっくりと口に含んだ。
「うまい」
すぅと喉に透き通るような味わい、鼻孔に広がる優しい匂いにほんのちょっと甘い味。
海斗は、お茶をあまり飲まない。味が好きじゃないとかそういった理由ではなく、飲むの喉がガビガビになりやすい体質なのだ。だが、これはそんなことは無い。
庶民的な感覚を持つ俺からしても明らかに一級品物と言えることはわかった。
《よし。落ち着いたところでお話をしようか。と言っても私が一方的にしゃべるだけだけどね。疑問があっても回答はしないと思ってくれたまえ……君たちよりは知っていることは多いけどネタバレは面白くないだろう》
「あ”?」
《私は傍観者だ。わかりやすく言うなら読者とか視聴者とかで、演劇の登場人物ではない。今回はあまり干渉せずに観て楽しもうと思ったけど少し状況が変わったみたいだ》
「状況がかわった?」
《そ、本来ならもっと遅くなるはずなんだけどね……。相手が動いたのか予定より早まってね、ほら力量差が同じくらいじゃないと白熱しないだろ?だから、こっちにテコ入れをしようと思ってさ》
「テコ入れ、だと?」
《君のコネクター……文月礼ちゃんだっけ。彼女、無理やり構築したのか魂と体がうまく繋がってないようで、魔法使えないんじゃない?正確には魔術の劣化か》
魔法……。確かに使っていないように見えた。
《そ、燃費か最適化の都合か……一個体に使える魔法は一つ。紫の子は水晶の生成、赤い子は炎の生成ってとこかな?でも君は見たことないでしょ》
確かに見たことがない。ゆずきのように紫水晶を生成して防壁や足場にしたり、時には投擲物として使ったり。ヴェロニカは炎を矢のように加工して放ったりしている。
しかし、礼だけは剣を使うだけだ。
大きな大剣がその固有魔法かと言われれば疑問だった。
何故なら武器の生成は寄生体の素の機能。あれは、自らの体の細胞を使ういわば体の一部であるのだから。そのため、マナによる障壁を打ち消して攻撃できる。
《どうだい?彼女の能力を引き出してあげよう》
そうして、少女は腕を伸ばす。ゆっくりと小指からつかみ取るように握る。
こいつの言っていることは確かにそうだ。これから、大変なことが起きる……それは、うすうす感じている。
故にこいつの提案は魅力的だ。
「いらない」
だが、俺は伸ばされた腕を叩き落とす事によって拒絶の意思をしめした。
彼女は小さく目を見開き、少し赤くなった左手を抑える。
「ぽっと出のあんたを信用は出来ない……それに、握手なら左手じゃなくて右手でするもんだ」
《……この私の提案を無碍にするのっ?》
「お前が先に言ったんだろ。観客だって……なら、野次飛ばさずおとなしく視てろ」
外野が介入するほど陳腐になる物語はない。それは、読書好きな彼ほどよく知っている。
そうして、俺は静かにアイゼンヴォルフを構えた。装飾された、赤黒い宝石が頼もしく光る。
俺の意思が固いと見るや彼女はふふふと笑い出したのだ。
《いいね。面白い……最高だよ、やっぱこうでなくっちゃね。じゃあ、面白かったから一つ教えてあげよう》
「は?」
《塾を調べるといいさ。翡翠と言う少女が通っていた塾を……それでは私はこれで、観客は観客らしく席に戻るとしよう》
「帰れや!潔く、何もしないで!!」
《帰る次いでに傷つけてしまった詫びに君たちが負った怪我も直してあげよう。さっき直したのは壁に叩きつけた際のものだからね。君の連れの肋骨も直してあげよう。これで、遅れは取れるだろう?》
そうして、パチンと手をかざす。すると、腕にあった違和感すっと消えた。
鎮痛剤でごまかしていた、鈍い感覚がなくなったのだ。
「……」
《どうやってって顔してるね?魔術だよ、君たちが知っているようなまがい物じゃい本当の摂理を曲げる技。常人が使うと魂が削れるから無理だろうけどね、君は、そうだな……一回は使えるんじゃない覚えたら》
「そうかい」
《さてと》
くるん、と髪をたなびかせながら彼女はこちらに背を向けカーテンを開けた。
透き通ったガラスの先には崩壊した町と変わらずの夜空。は、なかった。
まるで色を無くしたようなセピア。背景には色彩が存在しなかった、まるで自身が居る世界と切り離されたように。
目を丸くしていると、彼女は先ほどの変わらず。
《これでお別れ。けれど、貴方自身が私に会いに来ることになるでしょうけど》
「おい、これ!どうなっ」
《ふふ》
驚くこちらを楽しむように振り返り微笑んだ後、唇に人差し指を付ける。
《君たちの今後の行く末に――》
――――狂気と混乱が有らんことを……――――
そう言い彼女は後ろ向きに倒れた。空いた窓へとゆっくりと消えていく。
余りにも自然的だったから、あまりにも驚く事が多かったからか……海斗の反応は遅れ駆け出したころにはすでに窓枠から姿が落ちた後だった。
ガッとベランダの手すりに手を掛け下を覗き込む。そこにあったのは拉げた肉片と鉄っぽい赤い液体が広がってはいなく、ただ汚れた地面だけが広がっていた。
瞼をこすりもう一度視界を開く、もう世界は色づいている。
「……っ。狸か狐にでも化かされたのか?いや、それ以上か」
寝不足で痛む頭を押さえ、窓を閉めカーテンを閉じる。
ぬるくなった室温を戻すため、冷房の強さを一段階低くして海斗はベットの中に潜り込んだ。
次に目が覚めたのは布団をこする違和感ではなく、優しくなく小鳥たちのオーケストラでもなく、ただ人々の活動する音が鼓膜に届いたから。
カンカンと何かを作る音、ぷっぷーと鳴るクラクション。
昨晩からすぐに復興に取り掛かってることは視ずにも明らかだった。
目をこすり、欠伸を噛み殺しながらも起き上がる。壁に掛けてある時計は八時を指している。まだ寝足りない、そう思いながらも少年は乱雑に置かれていた衣服に袖を通し拳銃をしまい扉を開けた。
ここの階層はいわば休憩室。民間警備会社と言う特殊な都合上こういったホテルのような部屋がある階を持つのは少なくない。
隊員が勤務の部屋として使用したり避難民の受け入れなど十分な余剰分は確保されている。
そして、一般人が入る可能性があると言う都合上ロビーやPX……売店も存在していた。
トコトコと朝食を食べるために向かう。
……まさか、一日過ごすことになろうとは。そう言えば日をまたぐほどいるのは数回くらいしかなかったな。
「なぁ、昨晩って言うか今日の深夜?どうだった?」
「どうだったって何?まぁ、ゲームしないで寝てたね」
「そうですねぇ。私も疲れましたし柄にもなく熟睡していましたぁ」
「僕も別に寝てたけど……どうしたの」
「あ……、」
そう、思いながら妹を起こし礼とゆずきを迎え席に着く。
話すべきか……話さないべきか。
選択に迷っていると廊下の奥から楔の姿が見える。前髪をバレッタで止め、後ろは長い髪を流している。
服装は薄手の長袖で唇のは薄い紅が塗られていた。なるほど、俺たちより遅れたのは化粧をしていたからか。
彼女もこちらに気が付いたのか、少し早歩きで近づいてくる。
そりゃそうか、この中で知り合いと言えば俺たちぐらいしかいない。ほかの人間はほぼガタイがいい人間か疲れ切っている者。必然的に一緒になるわけだ。
楔が席に着き今日の朝が始まった。
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