85節 少女
先週の日曜日に体調を崩して吐いてしまったので、少し少なめですが許してね。
ダルそうに、疲れたように息が混じった返事をする。
実際、疲れているのだろうロビーには看護師が所狭しと並ぶ負傷者に応急手当をし、施術室には常に赤いランプが灯っていた。
「気にすることやない。彼らは職務を全うしただけや、お前らが憐れんだらそれこそ意味なしや。お前はあれやろ、利己主義やけど関わったもの全て気にするタイプやな」
「……」
「カウンセリングは苦手なんやけどなぁ、まぁええか。人間手は二つしかないんや、それもガキが救わんでもええ」
「そう、っすね」
「そういう事はうちら大人に任せておき。責任を取るより取らせる方が好きやろ?まぁ、けが人をたくさん見て滅入ってるだけかもしれんか。ほら、かわいこちゃんとお手手を繋いでお帰り!そして、甘い物でも食うんや!!」
「うぉっと」
治療を終えると純玲は俺のポーチに痛み止めと抗菌剤を五日分押し込み、そのまま椅子ごと回転させ背中を押す。
あははと苦笑いする精華にチラリと視線をやり、ゆっくりと立ち上がる。そして、純白の扉に手を掛け会釈をしながらありがとうございますと感謝の意を込めた。
閉まる扉の隙間から軽く手を振る姿が見えた気がした。
確かにナイーブになっていたのかもしれない。人の血を見るのはあまりいい気持ちがしないな……特に大勢で集まってるときは。
『きゃぁあああ!』
『くそっ邪魔だ!!退けや!!』
『うぇぐ、ひ、ママ』
すぅ、はぁ、ゆっくりと確かめるように深呼吸を繰り返す。精華にバレないように、悪夢をため息と共に空気中に吐き出した。
……とにかく、ねよう。時刻はもう一時だ。後、四時間ほどすれば日が昇り戦場になった町を何時もの通り太陽が照らすだろう。そして、慣れた手つきで復旧作業が始まる。
工事の音で目が覚めなければいいのだが。
ロビーに出れば待っていた礼たちが手を振り歓迎してくれる。ソファーにも座らず来た時すぐに気づけるように立って待っていたのだろう。
ん?楔の姿が見当たらない?
「どうだった?」
「俺は大丈夫、動くと痛いけどな。それより楔は?寝た?」
「あぁんと、楔さんは治療中らしいですよ。何でも肋骨にひびが入っていたみたいで」
「兄が来る前に腹部を殴られてたみたいだね。幸い、軽傷の部類だったから手術の必要はないみたいで今の医療だと……薬とバストバンドって言う止める奴を使って一週間で済むみたい」
「まぁ、ここ九年で医療技術の発達は目覚ましいからな」
そうか、とにかく楔を待って一緒に帰るか。
五分ほどすると奥の診療所から夏が一緒に帰ってくる。しかし、肋骨折ってたのか……。
今までの表情からは負傷の事は一切感じさせなかった。我慢強いのだろうか、けど終わった後に何も言わなかったのは問題だ。
「ぉかえり」
「うん……」
「とにかくさ。疲れたからもう寝よ?もう無理だって。人って二十時間以上起きてると思考能力が大幅に落ちるって言うしな?色々と思うところがあるだろうけど……悪い、眠くて適切な言葉がでない。状況整理は明日にしよう」
「そ、ですね」
「客間が開いてるからそこに寝てていいわよ?経口飲料水も準備してあげるわ。子供は寝る時間よ……戻って寝ましょうか」
そうして、俺たちは精華が運転する装甲車に乗り込むのだった。
窓枠に体を掛けながらふと外を見る。あぁ、こんなにも大変な事が起こったというのに夜空はいつも通りに輝いていた。
明かりが一切ない一つの部屋。ベットの上で眠っていた海斗はふと、ガサゴソと動くかすかな音を聞き取った。普段であれば聞き逃すほどの大きさ。疲れていて極限状態からなのか、或いは偶然なのか。
布がこすれる音を聞いて海斗は反射的に「夜這いはお断りしてます」と、声に出した。
《へぇ、そんなことをしてるんだぁ。私の一つは?》
「っ!?」
なんだ、こいつ!礼や妹やゆずきでもねぇ!!一気に眠気は吹き飛び、ランプの近くにあった拳銃とナイフを手に取り距離を取る。
半袖半ズボンのパジャマと言う頼りない防具で、ベットの上で寝る少女に拳銃を向けた。
「れ……あ”ん?」
その姿は俺のよく知る礼にそっくりだった。ふっくらとした桜色の唇に、二重の瞼。グラビアモデル以上のバランスに声質。唯一違う事と言えば白いパーカーをラフに着飾りスカートはミニ。むっちりとした太ももを隠すニーハイとの絶対領域にはガーターベルトがかすかに見える。
外見的差違は、三つ編みを腰ほどまでのロングにしている事だろうか。
外見的な違いは……だが。
エアコンが効いた室内。その中で早乙女に対峙する俺は動揺を隠しきれなかった。
「どうやって入ってきた?」
《どうやって?おかしなことを聞くね……鍵を使ってに決まってるじゃないか》
「お前は何者だ?」
《何者……?あぁ、君が良く知る文月礼だけど》
「はあー。おっけー。じゃあ、もう一つ……お前と俺は繋がってないッ!――遺言なく死ね」
パンパンパンと素早く引き金を引いた。
距離は四メートルほど、頭に、胸に、腹に。タングステンが撃ち込まれる。これなら外さない。防げない。
《ひどいなぁ。いきなりブッパは常識がなってないんじゃないかな?》
「は!?グ、エェエ”!!」
《はい。壁ドン。はぁ、こんな判断力がいいとは思ってなかったな。被害逸らせなかったじゃないか……これ、没収しとくね》
ダンとと言う衝撃。地に付した俺は痛みを感じながら顔を上げる。そこには、先ほど俺が居た位置にプラプラと拳銃を握った少女の姿。
まさか、瞬時に背後に回り銃を取り上げ壁に叩きつけたのか!?だが、背中から伝わる激痛が事実だと否応なしに答える。
彼女はくるくるとかちゃかちゃと拳銃を弄りしばらくした後、興味を無くしたのか後ろにあるごみ箱にポイっと投げ捨てた。
《これでお話が、あぁ人の体は脆いんだった。ごめんね、加減ができなかったんだ。痛みでしゃべれないでしょ?今動ける程度には治してあげる》
そうして、手を振りかぶる。すると立ち待ち体を蝕んでいた痛みが消えていく。まるで、最初からなかったようにと。
腕に力を込めて起き立ち上がる。閉じ切ったカーテンが不思議な力で開かれ、夜空を背にしながら少女はゆっくりと妖艶に優雅に……絹のような美しい髪を流しながらこちらに微笑みこういった。
《すこし、ずれてしまったけれど……私は君を害するためにここにやって来たのではないよ。むしろお手伝いをしに来たのさ》
「どうだか……普通に考えてさっき交戦した敵の仲間、と考えるのが妥当じゃないのか」
《それは、失敬。けど時間がなくてね……本来私が干渉するはずではなかったのだけど。私はこの世界とあちらの世界に居ない者。偶然穴が開いて本来なら隣しか繋がらないのにつながったから面白半分で来た観客さ》
「観客?お前は何者だ?」
《難しい質問をするね……どうなんだろうねぇ。元居た所では私を崇める教団が有ったり、千の化身と言われてたり、最近だと生ける炎の力を持つ女の子と敵対したり協力したりしてたねぇ》
「答えになってない」
《要は神ってやつだよ。人間よりも強大な力の行使者……君たちはそれをここでも神様って言うのだろう》
神ね……。
神様を名乗るものはどこからか取り出した紅茶を取り出し二つのカップに注げてくる。机の上に盆を置き取っ手を俺の向きに変える。飲めと言う事だろう。
小さく息を吸い、視線を彼女に移動させる。明らかに警戒する中でも少女は微笑んでいた。
桜色の唇を小さくゆがませ、妖艶に、聖母のように、あざ笑うように……何物にも読まれない心情でやっぱり微笑んでいた。
やっぱりあの人が居ると話が弾むんよね。いろんなこと出来るからさ。
一体、にゃるなんたらさんなんだ……。
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