54節 赤の女王
最近、サーモンが食べたい。
……食べたくない?
2021/06/02
ルビ振り誤字修正
「ちょっとぉぉぉぉぉおおおお!!」
二人組にまんまと逃げられ肩を落としていたゆずきと彩であったが、莫大なマナ反応と爆音の震源地を確かめに精華たちと合流した直前に黒光りする何かが向けられる。
戦車型と瞬時に理解した彩。マナと強化された視力で攻撃の動作を捉えたゆずきは絶叫をしながらムチを取り出した。
そして、ハイヒールで地面を大きく踏み込むと紫水晶の壁が作られたのだ。
放たれた赤白い砲弾は直線的な軌道を描いて、生成された壁に激突した。ガキンと耳を付くような感高い音が響く。
暫くの拮抗。
そのまま、砲弾は遮られるかと思いきや水晶の壁にヒビが奔り割れた。そして、砲弾はゆずきに弾着し……。
「舐めないでくださいよぉ!」
する直前、所持していた鞭によって叩き落とされた。
それから、割れた紫水晶を鞭で掬い上げ安心力を付けて、でか物にぶん投げた。
投擲された水晶は相手に当たり砕け散り、まるで顔面に砂を投げつけられた状態に疑似的にし全力ダッシュで何とか精華の元へ駆けつけたのだ。
「はぁ、はぁ……何ですかぁあれぇ?」
「下ろして、いつまで私をお姫様だっこしてるんですか!」
額に汗を垂らしながら精華に詰め寄るゆずき。逃げる際に反射的にお姫様抱っこをした彩を添えて。
「ゆずきちゃん……無事だったのね!」
「えぇ、まぁ……。二人組は逃してしまいましたけどぉ。しかし、何なんですかあれ?気配もなくポンっと現れましたが」
「そうですね。少なくても戦車型はスライム並みに湧き出てくるほどではありませんでしたが」
お話をしている最中にも離してほしいのか赤面しながら腕に向かって肘打ちをバシバシと叩きこむ。そんな彼女を鬱陶しく感じたのか、パッと解いてあげると想定していなかったのか尻を地面に叩きつけ悶絶してた。
むぎゅ!と、女性らしい悲鳴を上げた彩を精華が微笑ましく見ながら、緊張成る顔立ちで口を開いた。
「あれは、安藤と呼ばれた男の成れの果てよ。どうやら寄生体を自身に投与したのよ」
「自身に投与……ですかぁ?おかしいですね。寄生体は男性に寄生することは無いんです……だってそもそも融合する事自体出来ないから。卵アレルギー持ちに卵を食べさせるようなものですからねぇ。そんなことしたら本体が死にます」
「流石はバケモノ。餅は餅屋に聞くと言いますが、役に立ちますね貴女。しかし、事実あんなふうになってますけど」
そう言い蜘蛛の下半身と人間の上半身が融合した姿を思い出す。
「ですから、無理なんですって。事実、あれは人型……寄生体じゃくてそちらで言う戦車型になってるじゃないですか。何かむりやりやった結果こうなったんだと思いますけどぉ」
『――確かに、あんなふうになる前に何かを注射していた』
「隊長!ご無事ですか!!」
『あぁ、なんとか。左腕が骨折したけど問題はない。それよりもあいつを何とかしないと応急処置しかできんぞ』
「折れたにしては元気ですねぇ。で、何を注射していたんですか?」
精華からマイクを受け取り咲に対して質問する。
曰く、あんなふうになる前に寄生体を投与すると同時に黒い液体を注射したらしい。その後、突風が巻き起こり……と。
「なるほど、黒い液体の実物が無ければなんとも判断できませんねぇ。ある可能性は……後ろにあるへしゃしげた装甲車の中でしょうか?と、言ってもこなごなになってるでしょうけど」
そう言って親指で後ろを指す。
完全武装の人間がアイキャンフライするほどの風が起こったのだ。車も横転してても可笑しくない。事実、ゆずきの強化された視界には倒れ……或いはアラクネによって踏みつぶされた装甲車が見えていた。
それは、後で解析班を寄こすとして。
「とにかく、障害物が欲しい。遊具はあくまで視界を切るだけの効果しかないから適当にぶっ放されたら死にますね。なので何か出してください!」
「えぇ?相変わらず雑と言うか辺りが強いですねぇ彩さん。いやぁ、確かに顔見知りが死ぬのは良くないですけど……先輩と離れすぎてるのでぇ、マナ残量が」
ゆずきは半笑いしながら胸に手を置く。彩はその行動の意味を加味することはできなかった。
この場に舞が……さらに海斗が居ればマナ残量が少なくなっているのは直ぐに理解したであろう。舞は明らかに胸の宝石が濁っているのに気が付き、海斗は感覚或いは瞳の力を持って理解する事だろう。
実は砲弾を防御するために使用したマナはほぼ残っていたのを使用してた。それほど、驚き慄いた。
逃げる事なら可能だろう、次の障害物までは。しかし、マナが無くなってしまえば身体能力は年齢相応の小娘に等しい。
(せめてご主人様が居てくれれば……いえ、こんな危険地帯にご主人様を連れてこようとするなんて)
そう思い顔を伏せていたゆずきは、突如聞こえてきた足音で視線を上げた。
アラクネではない。大勢の人間がコンクリートの上を連携して走る。響いてくる音は軍靴特有の硬い音。
「誰か来てますねぇ。それも大勢の人間が」
「まさか、さっき巡回していた兵士が戻ってきたの!?このままじゃ挟まれるわね」
「ワンチャン相手にアラクネが向くかもしれませんが、敵の敵は味方戦法は使えませんしどうしましょうか」
「……人間なら撃破が出来るわ。楽観視になるけど敵に穴を開けてそこから退却……残った敵にアラクネの相手をしてもらいましょう」
幸い死傷者が出るかもしれないが、出来るほどの練度は整っている。
各々が武器を持ち、身と息を潜め足音が近づいているの感じ……一斉に身を乗り出して引き金を――。
『馬鹿野郎!撃つな!!』
突如響き渡るノイズ混じりの声。拡声器を使ったのか辺り一帯に響き渡る。声の勢いに蹴落とされフリーズした思考がもとに戻ったキッカケは後ろで響き渡る爆発音だった。
何事かと振り返れば、硝煙と爆発によってアラクネが攻撃を受けている。味方に対戦車兵器持ちは居ない。ならばと近づく人間に視線を向け。
「こちらロシア特殊部隊スカーレットクイーン。現地に到着した。仇を取るぞ」
「!?……味方になるって事?」
アラクネに注意しながら身を隠していると、こちらに近づく人影が四人。
その内の一名は、五十代ほどの男性だ。軍服を着ながらも襟や肩に付けられた階級章から階級が少将と言うのがうかがえる。
「この場の現場指揮官は誰だ?」
「は!私でありますが……」
「君がかね?私の名前はロシアウラジオストク駐屯部隊司令官レオニード。階級は少将……よろしく頼む」
「石竹民間警備会社所属、石竹精華です。階級は中佐です。それで、本来であれば師団長を務める少将がこんなところに?」
彼女の疑問はもっともである。そもそも少将とはちょっとした師団の命を預かる重要な役職。そんな彼が前線に赴くことが異常……。本来いるべき場所は司令部がふさわしい。
そんな彼が一体なぜ?
「何故こんな所に私が居るのかと思うだろうが、理由は簡単だ。なぁに、狩りを返しに来たのだ……少なくとも我が隊二十名ほどのな。まぁ、恨みを晴らすともいうが」
「なるほど、貴官の行動原理は理解いたしました。しかし、仇はあんなふうになってますが……」
「無論打算込みだ。我らスカーレットクイーンが援護する代わりに、傍に転がっている装甲車の中身と資料を要求する。もちろん、手に入れた資料は開示しよう」
「……了解いたし「――いえ、聞き捨てなりませんね。貴方達は本来、我が国に展開できるようにはなっていないはずですよ。バレなきゃ犯罪じゃないなんて言葉がありますが……警察官の前でバレた時点で牢屋にぶち込まれるのが当たり前だと思いますが」
話を聞き了承しようとして返した言葉を隣にいる彩は遮った。
確かに彼女の話はもっともだ。本来であれば、軍人それも武装を所持しての入国は許可が無ければ出来ない。もちろん、観光客としての入国ならば問題ないが武器の持ち込みは禁止。
尚且つ、アラクネになり果てた男の証言から騙されたんだろうが、法律では知らなかったでは許してもらえない。
それに、精華は確かに指揮官であるが日本国の法律では警察官か国防軍人の傘下の入るように決められている。
故に彩の宣言に、もう少し言い方あったでしょと思いながらも口を紡ぐしかなかったのだ。
流石にぉ、おいと焦る声が通信機越しに聞こえる。尊敬する隊長の戸惑いを無視し更に詰め寄ろうとした際に、スッと腕が伸ばされれた。
「一つ質問よろしいですかぁ?」
「許可しよう。」
「私の名前はゆずきって言います。見ての通り貴方達の中にあるとある女の子と同類なんですけどぉ……ヴェロニカでしたっけ?呼べば倒せるんじゃないですかぁ?」
「……彼女は現在行方不明だ」
「え!?」
重々しく口を開いた衝撃の事実。
ヴェロニカの事はよく知っている。ゆずき経由から情報が回ってきたのだ。
炎の矢を放出出来る弓を持つ少女。そんなのストレスによって見えた幻覚に決まっていると常人は思うだろう。ゆずきの証言だけであれば信用に値しなかったが、しかし咲たちSSは一度廃墟都市での戦闘で目撃していたのだ。
だから、ロケットランチャー並みの矢をポンポン放てる少女が行方不明になっている。ヴェロニカと言う寄生体監視下から離れたのだから驚愕するのが必然だ。
『――。こちらの通信は聞こえてるな?改めてSSの咲だ。貴官は先ほど所属する部隊員が行方不明……尚且つ彼女は寄生体だな。それを野放しにした管理責任を問いたい』
「なるほど……許可しよう。ただ、聞いたからには手伝ってもらいたい。被検体だからではない……彼女は私の娘だ」
「娘?」
そうして、ぽつりぽつりと彼は話し始める。
「そもそも、商業地区の戦闘後彼女は精神的不調に見舞われていた。故に私は待機を命じていたのだ――」
娘!?アレ?ヴェロニカの家族って確か自分で殺した的な事言ってなかったけ、と思う方いるかもしれませんが。それは、次回に。
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