41節 嘯く小悪魔
主人公はボコボコにされる運命なのさ。
勢いよく障害物から飛び出した俺はナイフを構え走り出す。
敵との距離は目視で五〇メートル。本来の俺ならたどり着くまでに七秒ほどかかるだろうが、魔眼を使っている場合のみ身体能力が全体的に急激に上がる。例え妨害があったとしても四秒ほどでたどり着いて見せよう。
今まで取ってきた様子見状態から一転、攻撃態勢の海斗を視て並の人間では対処は不可能だろう。が、しかし若かろうが軍人。それも寄生体もどきの身体能力を持つ彼女が迎撃態勢を取るのは当然である。
ただ事でない気配を感じと取ったのか、手加減を忘れ虚空から光の矢を三つほど作り出し、一気に弦を弾く。
今までと同じ。相手は攻撃を防いでくるであろうが、ダメージは残る。そうヴェロニカは判断した。
「――ッ。いい加減諦めたらいかかですか!」
叫ぶように、懇願するように、内からあふれる恐怖感と高揚感に、降伏勧告を発しながら引き絞った矢を放つ。
空気を裂き、自らを焼こうとする脅威を海斗は切るのではなく刃を添えたのだ。
なにも力を籠める必要はない。防いだりしなくてもいい。只、核となる部分に干渉するレールをなぞればいいだけなのだから。
失速せずに詰めてくる海斗に焦ったヴェロニカは再度矢を放つが同じようにいなされる。
その光景はまるで、先ほど夢をフィルムに焼き直したかのような忠実性だった。
ダッン!とあと一歩の距離を詰める。こんな状態になって彼女は初めて後退と言う二文字をすることになった。
悔しそうに表情を歪ませ矢を番えながらバックステップ。スカートを跳ねのように翻らせながらどうにか体制を整える。ナイフは届かないそう安心した次の場面で彼女は鈍く黒塗りされた穴がこちらに向けられているのを感知した。
「この距離なら避けられないだろ」
そうニヤケながら銃口を向け、トリガーを引き絞った。
普通の弾丸より重く威力が高い徹甲弾(AP)が空気を裂きながら、彼女の弓に到達し跳ねた。
まるで、アッパーカットを食らったかのように垂直に上がった。
有効打を期待していたわけじゃない。寄生体もどきなら銃弾ぐらい防がれるだろうと思って居たからだ。だから、あの時のように攻撃する動作を潰すように行動した。
(舐めプしすぎなんだよ!)
狙い道理と言うか思い通りと言うか、とにかくヴェロニカは大きく体制を崩し隙が出来る。
そして、視界に瞬く宝石の光。すべてはこの一撃のために。
もう一度跳躍。魔眼によって強化された身体能力を駆使し、重力と体重を籠めて弓に取り付けられた宝石に向かって刃を突き立て――。
『――*‘?<&”$=”)%”|={+*――ッ』
「は?」
一瞬、刹那、須臾、まるで世界が青く染まり時が止まるような感覚を覚えた。ナイフが触れた瞬間からピクリとも動かせない。そう、例えるなら透明な腕で持ち上げられている!?
何が、そう口から言葉が漏れ出た時……砕こうとした宝石から乱気流のようにマナが浮き上がり。
爆ぜた。
トラックに轢かれたかのような衝撃と尋常ならざるプレッシャー。数メートルほど距離を離され何とか受け身を取り、四つん這いになりながらも視線を上げる。海斗が視た光景は。
「あは、はははは」
「くぅ、お。――っぅ。なんだ!?」
「………………アハハハハハハハハハハハハハフハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!」
狂ったように、いや「ように」と言う言葉は適切ではない。
狂って笑っていた。
上を見上げるその瞳は血走り、桜色の唇の端からは薬を投与されたかのように唾液が漏れ出ている。
変わったのは態度だけではない……服装や弓が作り変えられ所々黒色が目立ち、手のひらほどの乳房を支えていた首元の留め具部分が――赤い、紅い、ルビーの様な宝石になっていた。
『やっぱり胸にコア……寄生体。それより兄、これ、やばいよ!熱源反応がバグってる……礼ちゃんでもこんなこと無かったのに』
「分かってる。あれはやべぇ、とにかくっ体制を整え――」
「ハハハハハハハハハハハ、ハ。ア?アはァ……」
「っ――!?」
どうにかして半身を上げ、人から化け物に姿を変えた彼女を瞳に捕らえた時、首がカクンと傾き視線が交差した。
突如訪れる悪寒。ヤバイ、そう思った海斗は縺れる足を必死に動かし回避行動を心掛けるが一歩も及ばず。
ガシっと白飛びした視界の中ヴェロニカの姿だけを収めていた。
息が出来ない、首を強く握られている。地面に足が付いていない……浮遊感。俺は片腕で首を絞められ持ち上げられていた。
「ごっ、あ……があ」
「フフフ」
「か、つた、あ……あ、がああああああ」
酸素が足りない脳細胞を必死に動かし、右手で持っていたナイフを首筋に突き立てる。小娘のシミのなくそして柔らかい生肌に侵入し、生暖かい液体を噴水のようにまき散らすはずもなく。
――パキン。
と、音がした方向に眼球だけ動かして……折れたナイフの切って先が舞っていた。中央部から真っ二つに。
「ム!」
「がぁああぁ、あ、はあ」
視線をそらした俺に対して、私だけを視てと話すように絞める力を強くしてくる。
しかしその目は、慈しむように賞翫するように、染め上げるように、愛する我が子を愛おしむように、頬を染めながらこちらを見つめていた。
体重五十キロプラス防弾軽装備を持ち上げる筋力と握力を持ってすれば、少年の細い首などへし折れるだろうが殺さないのは手加減故に。
しかし、苦しいものは苦しい。そして、海斗は戦意喪失して意識を飛ばすほど諦めが速いわけでは無かった。
酸素が足りない中、必死に右足で離せと蹴っていく。横腹に鳩尾に乳房に顔面にドンドンドンと。つま先には安全靴と同様に強化プラスチックが入っているが、有効打にも美しい容姿を土で汚すことすらできなかった。
流石に何度もやられるのは癪だったのだろう。すこし頬を膨らませて大きく振りかぶり少年をぶん投げる。
ぽーんと野球ボールが如く軽やかに投げられた俺は、地面に三回バウンドしたのち後頭部を壁に叩きつけ止まる。
「がっ!」
ベキとなってはいけない音が頭部から鳴り響くのを感じながら海斗は地に臥したのだった。
頭部を血で赤く染めながら、ゆっくりと暗闇が広がっていく。
耳に付けたインカムから妹の叫び声が聞こえるが、何を言っているのかわからない。
地面を視るのは嫌だ。あんな無機質なモノにはなりたくはない。空を見上げるのはいやだ。自分が鳥かごの中にいると感じるから。
だから、掠れたなかで目の前にいる少女を視ることにした。
コツリコツリとゆっくりだが確実に彼女はこちらにやってくる。
ふらりふらりと体を揺らし、まるで今まで我慢していたものがやっともらえると……淫靡に、妖艶に、服を緩めながらこちらにやってくる。
薄れゆく意識の中。
俺は。
礼と同じような格好をした紫色の鞭を使う少女を観た。
「とう!私がきましたよぉ。とにかく、そこで黙って見ててください」
上部のメンテナンス通路。要は支柱の上部を整備する足場から五十メートルダイブした『大由里ゆずき』は瞬時に服と鞭を展開。自らの体液を溶媒にして紫水晶の壁を生成しながら海斗の元に降り立った。
「悔しいですかぁ?こっちに来れなくて、私は気分爽快ですけどねぇ。さぁて、先輩無事……では無いですよね、明らかに頭ぱっくり割れてますし右腕も反対方向に曲がってますよ」
「おま、は。ゆず……き。どして」
「そんなの決まってるじゃないですかぁ。先輩の鼓動を感じてピンチに駆けつける……後輩としてヒロインとしてお嫁さんとして当然の行動ですよぉ」
年齢特有にかわいらしく微笑みうつ伏せ状態の俺を仰向けにし、血にまみれた頭をそっと太ももに乗せたのだ。ちょっと身じろぎすれば局部に当たるほどの場所に。
生娘の柔らかさと体温を感じ、彼女の控えめながらもハリのある胸越しに顔を仰ぐ。
倒れていた状態からでは履いていたハイヒールしかわからなかったが、今が視えなかった半身が見えた。
紫色の絹のようにさらさらとした髪を花の髪飾りでサイドテールとしてまとめている。瞳は紫式色に輝き、黒紅色の首輪と衣服に胸元の紫水晶が輝いている。
その衣装も露出度が高く、胸の部分をひものようなものでわずかに隠し、ハイレグの様なパンツに腰の部分に申し訳程度の極短のフリルスカート以外鎖骨の下は隠されていなかった。
腕はオペラグローブを着用し手首部分まで肌はさらされては居ないが爪にはワンポイントの役割でマニュキュアが塗られている。
そして、服と同色のニーソックス。
外見年齢以上の淫靡な色かを出し恍惚とした表所を浮かべながら、ゆずきは。
「もう、逃がしませんからぁ」
と囁いた。
寄生体、それも特徴的な武器と体格。服装もどっかで見たことあるような服を露出度上げたらこうなるんだろうな、そんな感じ。
故に、海斗の対応は最初の礼と同じく雑だった。
「……余裕、ある……治せ」
「まぁ、そんな焦らないで、警戒しないで……なぁんて言ったって無理ですよね。そうですよ、廃墟都市で先輩を刺した寄生体と同一個体ですけどぉ。ちゃんと反省してるんですってば。そう、あれは酒に酔ったと同義で先輩の事を一目見て私の僧侶は貴方だって。だからあのお邪魔虫を排除するためにおびき出したんですけど、先輩がが付いてきちゃったから仕方なく行動不能にしたくて刺しちゃっただけでぇ。ただあれはマーキング行為に近くて自分の細胞を埋め込むことで、事実出血ししない様に傷が塞ぐような働きを持たせていて――」
長い……。眠い。
無駄話を聞きながら俺はゆっくりと瞼が落ちてきて。
「まだ話は終わってませんよぉ。このままだと本当に死にますよ先輩」
死。
その言葉を聞いて閉じかけた瞼を留める。
死にたくはない。こんな寂しくて凍ってしまうような場所には落ちたくない。
「ど、すれば」
「それは簡単ですよ先輩?」
そうして、ゆずきは力強い言葉と共に顔を近づけ。
「私と契約してご主人様になってください」
かすんだ視界の中、背後に映る紫色の光が角膜に乱反射する。まるで、ステンドグラスを受けほほ笑む様は何処か見覚えがあって。
俺は全ての力を振り絞って、小さく頷いた。
「ふふ、よろしくお願いしますねご主人様」
そう耳元で囁きゆずきは、朱華色のやらかな唇を持ってそっと海斗に口ずけをした。
やっと、やっとゆずきちゃんが正式に仲間になりました。長かったですね。
扱いはサブヒロインと言う形にはなるのですが、今までの仲間に居なかった明るい性格で海斗を引っ張り援護してくれるでしょう!!
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