40節 薄氷を駆ける
本当なら6000文字にしようと思ったんですが、時間が無いのでやっぱり4000文字になりました。
「ふぅ。ちょっと大味でしたねぇ」
お腹を摩り頬に付いた返り血を拭いながら大由里ゆずきはぽつりと呟く。
じょぼじょぼと近くで水が流れているのだろうか?多分地下に居るのだろう、メンテナンス用のわずかな光源にて影を落としながら恍惚な笑みを浮かべていた。少女のそばには先ほどまで生き物だった物が、鉱物のように何も言わぬものとなった成れの果てが地面を赤く染めて転がっていた。
「あはぁ。こーんな湿気で狭いし熱い空間何て嫌々ですねぇ。でもまぁ、祭り会場付近に寄ってみる価値はありました。久しぶりにごちそうにありつけました」
いやいや周りを見渡しながらも声色は嬉しそうだ。ゆずきはずっと住処、或いは移動通路として地下水道を利用していた。
理由はもちろんある。先ず一つとしてどこにでも行けるから。人間の健康状態を維持するのにひっすなのは水である。そのため日本の地下には浄水下水が蜘蛛の糸のように張り巡らされているため、人に見つからないようにして移動する際にはとても便利なのだ。
二つ。人が来ない事だ。もちろん、メンテナンスに降りてくる人間は居る。しかし、忘れているかもしれないがこの関東統合都市は九年で作られた都市である。首都である東京が陥落し急いで作られた人口の城にガバ無く完璧に作れるわけないだろう。事実、地下道は機械生命体の巣穴と化している。
あ、因みに人を派遣しないのかなどと言う質問に対して、回答は単純に予算不足だからである。
服をすべて脱ぎ返り血の匂いを落とすために水で体を洗いながら自然と上を見上げる。
常人にはただ視界にLEDが映るだけだが彼女の聴覚は、五〇メートルの自然で出来た防音壁ですら阻むことは出来ず、悲鳴と銃声がキッチリと鼓膜に届いていた。
「いやぁ。良く創作で三回も女の子が洗うの出てきますけどやっとわかりましたよぉ。好きな人には印象良くしたいですからねー。あと、犬とかに吠えられるのウザいですし。」
赤色が付着していた場所を何度も入念に洗っていく。特に動物なんかは人間よりも勘が優れていて、自分の事をただの人間ではないと見破って来るかもしれない。これが野良犬だったらマシだが警察犬だった場合は疑われるから最悪だ。
すべすべの肌から零れ落ちる雫を人目に自ら上がり、取り出した鞭で粗大ごみを放棄する。
沈んでいきながら流れていく人だった物を尻目に、もう一度食べようかなと衣服を着終えた時に感覚が身を襲った。
ぶわっと例えるならハウリングの様な独特な波形。
へらへらとした気分は一瞬にして砕け、反射的にゆずきは顔を上げて確認するようにつぶやいた。
「へ?……あ、へ。すぅ……この波動、いやぁ、まさかそんなはずはないですよねぇ。はぁ、ははは」
と目を泳がせながらもしっかりと彼女の体と心が分析を開始し、キッチリと身を震わせた人物と場所を考え、確信した。
――やばい、凄いミスを犯したかもしれない……と。その焦り方と言ったら何時もの間延びした口調が吹き飛ぶほどで。
「ちょ、ちょ!?危ないから来ないでくださいって私メール出しましたよね!?何でいるんですか。これ、多分最終手段ですよね、ピンチですよね!?めっちゃワーニングなってる感じですよねッ!!」
叫んだ。
おち、おち、おち、落ち着け。彼には確か金魚の糞みたいな女が付いていたハズ。こんな時ぐらい利用したってね?
しかし、女の気配は最愛の人付近には感じられない。
だったらゆずきのとる行動は必然だった。
彼を傷つけたからどのタイミングで合流すればいいのかとか、謝罪を考えてないとか、登場の仕方とかもう関係ない。
「待っててくださいね!将来のご主人様」
「拍子抜けですね。矢を斬られた時は焦りましたが所詮は一般人……私が臆する人間ではありませんわ」
「……」
柱に隠れ片腕で頭を押さえながら情報を整理する。
瞳を使い始めて舞の計算では一分三九秒が経過した。その間、有効打は与えられていない。何とか噛みつけた攻撃も最初以外皆無だ。それに……。
息を整える最中、俺は視線を下げ焼け爛れた服を眺める。
確かに俺は魔法的作用で動作しているモノなら干渉し無効化する事が出来る。だからと言って瞬時に触れたものを無力化できるかと言えば出来ない。
車のブレーキを想像してほしい。アクセルで進む中、人が飛び出して来て咄嗟に踏むとしよう。けれど、すぐには止まらない……摩擦エネルギーが運動エネルギーに釣り合っていないからだ。
これは俺にも当てはまる。ナイフの持つ手は剛速球を素手で何度も受け止めたに等しい状態であり、小刻みに震え神経は痛みを訴える。
更には飛び散った炎で化学繊維で出来た服が溶解。耳を澄ますとジュと肉が焼ける音と共にジンジンと腕が焦げていく。
残弾は、装填も併せて三弾倉。
絶望的な状況。
「けど、情報は取れたな……。舞、どうだった?」
『兄の言った通り、あの宝石は礼ちゃんの胸に付いているモノと同等なモノなのは確定だね。ズームで見た所、矢を使った後に必ず弓に付いていた宝石は濁っていた』
「やっぱりか、魔法を使う際にはそれが必要なんだな。すぐ隠れないで粘ったかいがあったぜ……」
『そして、銃弾で矢を無力化できるのは半径一五メートルまでだね。それ以上離れると弾に瞳の効果が乗らないみたい』
「かと言って範囲に収めたとしても干渉能力としては、手の延長線上であるナイフの方が望ましい……ね。ほんと、どうなってんだか」
礼と会ってからこの目にはだいぶ振り回されている。自分じゃ知らない記憶を観たり、体術を感覚で出せたりと様々だ。
医者に入院した際には何も異常なしと言われたがやはり秘密がある。
この状況を変える秘策はある。けど、たった一回。一回ミスをしたら終わりそんな博打。ただ今の非力な状態で倒すことは出来ない。
より高く、より強く、高い格闘能力が必要だ。
だから、
――もっと記憶を観せろよ!
視界をカチャリと切り替えた。
『無茶しないでよ』
『悪い。けど、しゃあなかったんだって』
スモックと核の乱打により太陽が視えなくなったスラム。床に死体が積み重なっている道路の中、一組の男女が言い合っている。
あの時、夢でみた俺と同じ姿をした少年と礼に似た女性。怒鳴られた少年は悪いと思って居るのか、内海きながら言い訳をつぶやいた。
『魔物に襲われるならいざ知らず、人間に襲われるなんてな……。いくら市街だからって、戦闘音で魔物が寄って来るって考えらんねぇのか』
『多分、天使の教会なんじゃないかしら』
『天使の教会?』
『えぇ、だって私が脱走して来た組織だもの』
『マジかよ』
そう、しゃべりながら出来立てほやほやな死体を漁っていく。確かに胸には宝石のようなものが埋め込まれている。けど、俺が知っているモノとは違う。まるで半分に割って機械を取り付けたみたいな……。
魔物、この世界を破壊した異物。そして天使の教会は魔物を神の使いだと信仰し、肉体の枷を解くことで人類の最後の楽園であるエデンに至れる。そんな終末思想を持った連中だ。
二〇年前は世界は平和だったと言うが、その栄華も掘り起こされたDVDに微かに保存された映像のみだ。
俺は使えそうな槍を拝借し……暗闇の中にぶん投げた。
その後、キャインと言う悲鳴と共にサクッと音が響き渡る。
ライトで照らしてみれば列を作りながら戦闘態勢を取るワンコたちの姿。それがチワワ程の大きさならともかく、全高三メートル以上で瞳が血走り口元から唾液を垂らしているから萌えない。
『魔物……』
『ここは中央じゃないからな……魔物ぐらい跋扈するさ。大方さっきの戦闘で感ずいたんだろ血の匂いを』
『……逃げられるわけないの?』
『最低でも付かず離れず、悪くて速攻捕まるかな』
『戦闘は避けられないってことね。私も……うぅ』
『落ち着けって。あいつらとの戦闘で折れてるだろ』
そう言って彼女に視線を下ろせば、確かに礼と同じようなラバースーツをを着ていても二の腕に膨らんでいる部分がある。どうやらそこが折れているみたいだ。
『安心しろ。要は最後尾に居るであろう頭を潰してくればいいだけだ。そのくらい瞳をもらう前でもできる』
そう言って俺はナイフを取り出した。市販されているモノより一・二倍ほど大きい厚めなナイフ。
刃は穢れを打ち消すような純白な色と共にグリップ上部に、彼女が胸に付けているような宝石が頼もしく光っていた。
それを俺は逆手で持ち、視線を低くして構える。
左手を両足をバネのように力を込めて、弾くように俺は駆けた。
相手も近い順から飛び砕こうと向かってくるが遅い。すれ違い様に一閃、相手の攻撃を受け流すと同時に真っ二つに両断したのだ。
『まずは、一匹』
後は作業のように繰り返しだ。雑魚が群がる回数、死体が積み重なっていく。
最後尾にいた一回り大きな狼も虐殺っぷりに驚いたのだろう、襲うのではなく町の体制に入ったようだ。
その光景を視て俺は、一度ステップ。タイミングをずらすことによって回避を誘発させようとしたのだ。しかし、人間よりはるかに高い洞察力があるワンコにはあまり通用しないようで……引っかからず回避態勢が整った状態で振りかぶられたナイフを回避。敵の攻撃が空を斬って。
振ったと思ってるよな?
狼の眼前に映し出されたのは伸びきった腕ではなく今にも裂こうと迫る凶刃だった。
やったことは単純明快。サイドステップで引っかからないことはわかっていた。だからナイフを振るうと思わせて、もう一度タイミングをずらすためにフィギュアスケートよろしく回転し振っただけ。
相手は回転する所に見えた金属光沢の軌跡から攻撃が来るとわかって回避行動に移る。つまり今は空中。ただキャンキャン騒ぐ的である。
『お寝んねしな』
そう言い俺はナイフを走らせて両断したのであった。
「……」
やっぱ見れるのか夢を。
飛んでいた時間はコンマ。その刹那の時間で俺はどうやら視ていたらしい。
知らず知らずのうちにナイフを脱ぎる手が力強くなる。
やり方は、分かる。今まで体術とか格闘術とかは精華さんから少し齧った程度だった。そんな俺があんな高度な動きを出来るなんて自身は……ある。
心に満ちる炎。一度もやったことは無い動き。けど、何故だろう……うまくいくビジョンしかない。
「何度も言いますが降参しまして?わたくし一般人をいたぶる趣味は無いの」
「そうかよ」
柱の向こうからソプラノボイスが届いてくる。そろそろ休憩時間は終わりのようだ。
準備はできた。後は勇気を出して薄氷を走るだけ。
「……し、行くか」
回転し、姿勢を低くしながら柱の影から飛び出し俺は駆けて行った。
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