143節
「ほにゃああ!!何よあれ。ワイルドハントって二つ名」
「人がたくさん死んだときに現れる機械生命体だ。人型でありながら、デカい、強い、固いの三点拍子揃ったやつだ」
「これはこれは……まずいね。大柄な分、細かな動きは散漫だが逆に言うと一手が大きい。攻撃範囲は広いし、動きが遅いわりに体が大きいから歩幅は2メートル弱……成人男性4人分だ」
「つまりは、僕たちは逃げられない」
2メートル弱と言うのは歩きの状態で、だ。走ればその分広くなり実測値はなんと平均時速72キロ。
マソの影響で人間の身体能力が上昇した現在において、オリンピックに出るようなエリート人間が出せる最高出力は瞬間時速50キロ。一般ピーポーが出せる速度など比べる意味もない。
さらに、魔法による強化で瞬間加速はさらに増加する。
「見た目は、二足歩行した狼ですねぇ。お腹を割いて石でもいれますかぁ?」
「なら俺達は狩人じゃなくて、赤ずきんとおばあさんになるわけだが」
強靭でしなやかな筋肉、すべてを切り裂く爪、魔法による遠距離攻撃。なるほど、確かに死者から生まれ死者を生み出すワイルドハントだ。
狼は、グルルと唸り声をあげ右腕を地面に付き両膝を曲げる。
まずい。
「撃ちながら全力で散会だ!少しでも速度を落とせ!」
あれは、クラウチングスタートのような前傾姿勢。こちらに突っ込んでくる!
3本の筋肉と一つの凶器。己が前例をもって仕留めようとするつもりだ。
正直、効果があるかは不明であるが取れる手段は射撃によって相手の防御を削り速力リソースを少しでも減らす事だ。
そして、肉眼でわずかに見えるように速度を落としたとしても右振りか左振りかによる二者択一の運ゲーを制さなければ生存権はない。
が、
戦場に置いてルールとは強者が作るもの。二者択一……?知るかそんな物!自分にとって不利なものは定めた裁定者を殴って変える、それこそが戦いだ。
「ウォードックリーダーから2~4へ。派手に一発かませ!」
「了解!」
「はぁーい!」
「御身の通りにってね」
常識など覆すためにある。普通とか基本なんて陳家な言葉など装飾品以下でしかない。
壁があるのであれば壊して進む。
抱えていた突撃銃を投げ捨て、胸に手を置き握りこみ振り払えば自身の身長ほどの片刃の大剣が生み出される。
「な」
「えぇ!?」
一般人が突然生え出てきた大剣に驚くが無視だ。
腰を落とし迎撃する構えを見せる礼。
だが、いくら礼の身体能力が優れているからと言って体格差と質量それと速度を加味した破壊力を全て打ち返せるとは思えない。
ならば、突破できるまでブーストしてやればいい。
「正面から切り上げろ!エンゲージ!!」
両目が赤強く発光する。同時に、礼の体にも赤いラインが浮き上がる。
全身の筋肉にマナを補給する。まるで、膨張した血管のようだ。また、手首には2人を繋ぐ鎖が繋がれており出力を補うために脈打つそれは輸血管のように見えた。
「せやぁあああああああ!」
切り上げた剣は、キンと甲高い音を響かせかぎ爪と衝突する。
なんて大きな音だ。まるで自動車がプレス機によって潰されるようなそんな重音。
本来であれば身長170センチ弱の少女が4メートルを超える獣を迎撃出来る事は出来ない。だが、例外と言うのは常に存在するもの。
「え?」
「うっそ」
大きく二つの胸を跳ねさせながらなんと、鋼鉄する両断する凶刃を弾き返したのだ。
状態を崩した双方、追撃はどちらとも入らないあいこ状態。
ただ、
「息、あわせてくださいねぇ?」
「名誉挽回ぐらいはするさ」
「「せーので!」」
迎撃する最中、自身の戦闘服に足だけ切り替えたゆずきと茉莉。
双方とも鋭いハイヒールを携えて同時に横蹴りと後ろ蹴りと繰り出す。
バコンと4メートルの巨体が宙を舞うが、相手は狩人。瞬時に体を捩じり体制を立て直そうとするが。
「オマケ!」
鞭で掴んだ自動販売機を遠心力を加えながら投擲。同時に、茉莉も杖を出して魔法を射出。
ドカンと、大きく爆発。爆心地から苦痛に満ちた唸り声が響き渡る。
……倒しきる事は出来ないか。
「よし……逃げるぞ」
だが、少なくないダメージは与えた。
このまま、逃げ延びる事は可能だろう。
唖然とする少女たちに向け声を荒げながら敵に背を向け走るのであった。