136節 カーテンコール
「よし、水着は買ったな」
一時間ほどし、水着を買い終えた女性陣たちを見て椅子から立ち上がり駆け寄る。
大きな紙袋を腕に下げた少女たちはそれぞれ答えながら返答するのであった。
「うん、きちんと予算内さ」
「いやぁ、本当は君にも見てほしかったけれど」
「そのための小型カメラじゃないですかぁ」
女性用衣装店に男性が入るのは基本的に憚られる。
自身のパーソナルスペースに見知らぬ異性が入りこんでくるのは不快でしかないし、男性にとっても女性の過度の視線は心地の良いものではない。故に、海斗は店舗から少し離れた位置に佇むと言う選択を取った。
新しくできたばかりの本施設は、非常に綺麗であり一定間隔に居場所を知らせる電光掲示板や観葉植物に腰を下ろせるソファー等が設置されている。清掃員も今では代替としてドローンが行っていたりと、昔によくある近未来都市を思わせる光景だ。
上を見上げれば、ガラス張りの吹き抜け天井で特殊な素材を使用しているのか真夏の陽日を軽減し心地よさを提供してくれている。
非常に金が掛かってるなぁ……それが海斗が初めて抱いた感想であった。
さて、そんな中エアコンが効いているからと言って立ち尽くしていた理由は単純に椅子に座れなかったから。
いくら車が2台半通れるほど広く作られているからとは言え、世界初リニアモーター対応駅だ。人がごった煮闇鍋状態。ソファーなど一かけらすらない……だから不貞腐れていたと言う訳だ。
もっとも、スマホから送られてくる映像によって退屈はしなかったが。
「いくら、男性禁制でも無理やり見てほしいからってカメラで飛ばすのはやりすぎじゃないか?」
「だって感想が欲しかったですしぃ」
まさか、身内の水着ショッピングをライブ視聴することになるとは。
礼はクロスホルターと呼ばれる首の裏で止めるビキニを、ゆずきは普段とは違い露出低めな競泳水着を、茉莉が選んだのはフレアと呼ばれるフリルが付いたビキニ……サラッとビキニ部分を取り外してフリルだけにし、舌から覗くと胸が簡単にされけ出せるように改造していたが、とにかく各々水着を購入し紙袋に入れていた。
「で?目標は達したわけだが……どうする。この人込みの中、散策って容易じゃねぇし」
「いや、案内図を見てみたけれどレジャー施設の中にプールがあるらしいね。たぶん、外国人用かな……英国には良くあったからね」
「ふーん、僕は海外に行った事が無いから知らないけど……ボールプールじゃなくて本当に水を引いてるとは」
「ふむふむ、あに。此処って一応北関東だから山が近いんよ。だからダムとか水処理場とかがあるから料金が安くて設置出来たみたいだね」
ほーん、確かに水が豊かにあるって言うのは田舎民でも実感しやすいものだ。
夏場、南部地域では節水をお願いするほど逼迫してるのに田舎では出しっぱなししても問題ないほどだ。
水源が近く料金が安い。何なら、山の中を歩いているとお地蔵の横に地下水が湧き出る水源が有ったりする。
恵まれた水資源があったからこそプールを誘致出来たのだろう。
「あと、1時間でリニアが来るみたいなのでぇ……人が流れると思いますよぉ」
「報道陣とかスタッフ、それに客もリニアを見れる場所に動くだろうから広々と遊べるね」
「水着なんて持ってきてねぇぞ……」
「あ、それは僕が持ってきた」
用意周到かよ。
「室内、それもショッピングモール内にあるから|こけおどし(チャチィ物)だと思ったが結構立派だな」
海パンに着替えプールを見渡す。
人生振り返ってみるとこういった施設には一度も入った事は無かった。テレビの特集等で目にする事あれば、肉眼で見た事は無い。
てっきり、室内にある事から学校のようになっていると思ったが立派な滑り台と流れるプールが。
上を見れば3階まで吹き抜けになっており、上から見る景色は非常に良いものだろうと容易に想像できた。安全面のため、飛び込み台などは無いがそれでも一ショッピングモールには過ぎた施設だと感じる。
「やほーあに」
「はぁい」
「やあ」
「ん」
声を掛けられた方向に向け視線を向ける。
地味ながらもバランスの良い肉付きな舞。
はち切れんばかりの大きな胸や、むちっとした太ももを惜しげもなくさらす礼。
普段では珍しい白と青いラインの競泳水着を着るゆずき。
少し動いただけでめくれ上がり見えてしまいそうな白いフリルの茉莉……と三者三様だ。
「ん?あぁ、やっぱりタトゥーが気になるかい?まぁ、他の人が見えてないとはいえ君には見えてるからね」
「特に頬のやつと背中がね」
「自分の体を汚すって結構興奮するものなんだよ」
「それ、前も聞いたな」
水着によって一部肌が隠れているからこそ、タトゥーが目立つ。
茉莉の体に意識を移す前は売春用として調整していたと話を聞いていた。背中をキャンバスに見立て、ハートや羽等が複雑に絡み合い扇情的な模様を生み出している。
二の腕や太ももには切り取り線のようなものが描かれていたり、自分にだけ見えるピアスに繋がったチェーン等、何処となくそわそわしてしまう。
自分、正確には礼やゆずきなど寄生体は見えるが一般人に見えないから反応してはいけないとわかっているが自然と視線がよってしまうのは性なのだろうか。
「よし、マスター泳ぐの教えてくれないかい」
「あぁ、その前に体をほぐして」
「だぁあああいぶ」
「ゆずきぃい!?」
手首を軽く振るいながら柔軟体操をしようとした矢先、紫色の線が飛び込んでいく。
いつもは髪を横に纏めショートボブに見えるゆずきが、首まで隠れるほどのショートヘア―で飛び込んでいくのであった。
お嬢様学校にも水難事故防止のため水泳は必須授業でなかったのか?と突っ込みたくなったが、彼女はまだ中学生。遊び足りない年頃だったのだろう。最悪、足がつっても寄生体の身体能力と再生力で何とかするさ。
しっかりとだがあまり目立たないように体をほぐしプールに入る。色々な客層が利用するとあってプールの深さは十色で膝下しかつかない物から成人男性がギリギリと言うものまである。
今回は、泳ぐ事に慣れていない礼に水泳を教えると言う事だからそうだな……胸ぐらいが漬かる程度でいいだろう。
「で、茉莉もか?てっきり泳げるものかと」
「いくらロイヤルネイビーが有名でも誰もが泳げるわけじゃないんだよ。水泳授業なんてものはないし、あっ水に慣らすぐらいはするけど」
はぁ、てっきり七つの海を支配していた海洋帝国出身だ。漁業や貿易業なんかが盛んで、誰もが水泳の授業をしている物だと思っていたが……緯度が高く気温が寒いからなのだろうか?
「と、言う訳で」
「うぉ」
「二人とも教えてくださいな」
ぴょんと背中に飛び込んでくる茉莉。
水着がめくれた影響か、程よい大きさの胸が押し付けられている。女性のやや高い体温、ピアスとチェーンの冷たさが混ざる。
いくら、リニアの方に人が寄っているからと言って施設内に人が完全に出ていった訳ではない。
ただでさえ目立つ容姿の女性二人が居るのに、これ以上目線を集めるのは個人的には嫌だ。
「とにかく、初めてなんだからあまりふざけすぎると溺れたりするからきちんと聞けよ!」
「わかった」「りょーかい」
まずは、水に慣れさせるために歩いてみたり。腕を伸ばしてバタ足をさせてみたりと基本中の事をやらせてみる。
やはり寄生体。類稀なる身体能力の持ち主で、20分もせずにある程度泳げるようになってしまった。
自分が泳げるようになるには一体いくつかかったのだろう。成熟した身体と子供の体、比べるまでは無いけれど複雑な気分だ。
ある程度片付いたのを察し合流したゆずき。
「お、お二人とも泳げるようになったじゃないですかぁ。じゃあ、滑り台行きませんか」
「滑り台?」
「そうですよ、そう言えば最近やってなかったなぁって……(それに、狭い中合法的に密着できますよ)
((な、なんだって))
「兄、滑り台行きたいってさ」
滑り台か、そう言えば滑り台なんて久しぶりだ。
公園と水を流すこことは違う。
今と昔。横で佇み見守ってくれていた母は既に居ないが……家族が笑顔になるのなら3回ほど階段を登ってもいいだろう。
ニコニコと笑い、遊ぶ休みの中。
ちょうど中間に差し掛かった時、一つのアナウンスが響き渡る。
『お客様、間もなくリニアモーターカーが到着いたします。到着後は……』
「ま、私達には関係ないかな」
『なお、ご乗車の際には対価として命を頂戴いたします』
「……は?」
『旅行愉快』
突如、施設に響く振動と悲鳴。
真っ白の思考の中、わかったのがノーブレーキで質量体が突っ込んで建物が崩れていると言う事で。
ガッと、頭部に強い衝撃を受け俺の意識は闇へ消えた。
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