135節 9月は夏だぁ!
「そう言えば、水着イベントしてないなぁ」
「どうした、藪から棒に……」
金曜日の夕方。カーテンの隙間から漏れ出る光は、今だ太陽が鎮まらんと自己主張をしてるかの如く光り輝いているが、壁に立てかけられた時計は午後5時を指していた。
ダボっと、床に放り捨てられたスクールバック。汗が染みついた半袖のワイシャツと、几帳面の人間が見れば阿鼻叫喚の光景だろうが、仕舞うと言う動作をする事すら帰宅したばっかりの学生たちに余裕が無かった。
授業と言う苦痛が通りすぎやっと肩の荷が下りた少年少女は、各々がだらけていた。
エアコンの冷風に当たりながら、ふと何かに気が付いたかのようにソファーに座り薄着でアイスクリームを頬張るゆずきがポツリとそう漏らした。
ただの一人事。もっとも、暑さで文字通り頭が溶けた俺が返答をしたことによって意識がまとまったのであろう。食べ終えたアイスの棒をゴミ箱に投げ捨てながら立ち上がり口を開く。
「ふー……確かに、夏にそう言ったイベント事があるのは事実だが……周りを見てみろ。山々山々田んぼ川畑、それに山の近くだから川も流れが急だぞ」
木製のフローリングにうつ伏せた俺は、目線だけ上げてもごもごと返答した。
夏=アウトドアとはなるだろうが、俺も妹もインドア派であり天日干しになりたくは無いのだ。
故に、遊ぶとなれば夜にやる夏祭り以外で外出した事はない……プールとかキャンプとか持っての他だ。そもそも、今季は色々な出会いや仕事で時間など一寸も残らず消滅した。いや、そのことに関しては美しい又は可愛らしく好んでくれる女子ルームメイトが入って来たと言う点で後悔は無いのだが。
「な、水着イベント……まだなのかい!」
日本人特有の放置対処で済まそうとした所で、割り込んできた声が。
ガチャっと、空気の流れが変わる。今だ生暖かい室内に突如差し込んできた風だ。涼しい風を感じ取り、密に群がる虫のように顔を上げれば全裸に白衣を羽織った茉莉が居た。
その後、彼女の影から現れるメイドの少女ルプス。
死屍累々の惨状に目を止めたのか、まずはと後ろにいるルプスに命令し彼女は俺から見て正面の椅子にわずかに足を開いて座るのであった。
「見えてるんだが」
「見せてるんだよ」
羽織っただけで、ボタンを閉めていないから彼女の素肌はしっかりと見えている。
小さい体でありながらも形が良い下乳と秘部が見えてしまっているが……元男であるからなのかあまり気にしていない様子だ。
冷蔵庫からスポーツドリンクを取り、人数分コップに注ぐルプスを尻目によっこらせっと上体を起こす。これは、個人の感覚なのだが寝ながら飲食をすると気持ちが悪くなるのだ。
首に掛けてあったタオルで汗を拭った後、メイドさんがお盆で持ってきた飲み物を受け取り喉を潤した。
ルプスと茉莉はあの後、家に住み着いた。いつの間にかに家具も搬入し、ベットや機械に洋服等を揃え白のカーペットや壁紙まで貼っている始末。賃貸であれば怒鳴られている所だ。
彼女達は、調整の件もあり同じ部屋で過ごしている事が多くデータ取りも兼ねて最低1日2時間は引きこもっている。調整する所を見たが、全裸で休眠ポッド内で寝るルプスに繋げたパソコンでデータを取ると言うものであったため詳細はさっぱりわからなかった。
調整が終われば予め命令を受諾させておき家事等を行ってくれるため助かってはいるのだが、ほぼ無反応の姿から家政婦と言うよりロボットのような非人間の威圧感を放つ点だけマイナスだ。
「水着……ね、僕は泳いだ事が無いから一度してみたいな」
「礼……」
「あれ、なんか私と反応違くない?うわぁって顔しかめてたのに」
「うっさいお漏らしTS女」
「あぶっ!?」
お風呂から上がり汗を流してきたのか、髪をタオルで拭き歩いてくる礼。
確かに、彼女は泳いだことが無かったのも事実。海に行ったが、アレは泳いでないからカウントしない。
ルプスから飲み物を受け取り、茉莉から少し離れた場所に立ち止まる。
「うちの学校は、プール無いから水着ないんよねー」
「そうなの?」
「うん、水泳は中学まで。一応、部活としてはあるけど近所のスイミングスクール使ってるんじゃないかな?」
「まぁ、妹が言う通り地区に金がねぇんだわ。それに、今時炎天下の中遊ぶ奴なんていないし田舎住みは川の怖さを知ってるからそもそも……な。ただ、一度経験させておくのもいいかもしれない」
後は、人口比率が老人に偏っていると言う意味もある。市議会が提示する予算は過半数が医療費と介護支援金であり、施設維持費や教育費は毎年減っている。
9年前の機械生命体出現当時、老人の人口は大幅に減ったがそれは身体能力が低く逃げ切れなかったからであり、元々人口密度が低くい地域にはそれなりに存命している。そう言った点に置いて、選挙による投票は馬鹿にならないと言う事なのだろう。
個人的にはとっとと死ねと言う気持ちなのだが。
「じゃあ、僕行ってみたい所があるんだ」
「これは?」
水着の話に食い込んだ礼は、徐に机の上から一枚の紙を取り出した。
でかでかと
「ん?これはこれは……新しく出来る駅のチラシかい」
「ちょっと遠出になるけど行ってみたいと思って」
――、
人間と言う生き物には、欲求と言うものがある。
いや、そもそも生物には三大欲求と言うものがとかそう言った物ではない。高度な知性を持つ人は、その高度さ故に欲望を肥大化させていった。
その一つが探求心。
己が知らぬものを知りたい、感じたい、知識欲と言ってもいいのかもしれない。
そんな欲望は俺にもある……が。
「人多くね?」
なんだこれはたまげたなぁ……。
翌日、自転車から駅へ。さらに電車の中で揺られる事1時間半……降りた俺達は、眼前に広がる光景に口を開かずにはいられなかった。
辺りを見渡してみれば、人波。まるで、旧東京って名前なのに千葉県にあるネズミのテーマパーク並みの混雑さだ。
オープンセールだと言うのに、警備員ならまだしも機動隊まで居る……どうなってるんだ?
「ふーむ、どうやらこの駅はリニアモーターカーが対応した世界初の施設らしい」
「りにあ?もーたー?」
さらっとついて来た茉莉が、疑問に思った礼に向かってスマホを操作しながら話し出した。
「リニアモーター自体は和製英語さ。正式名称は超電導磁気浮上式鉄道……なんかごちゃごちゃしてるから日本人でもリニアって読んでるらしいよ」
「それ自体、研究は機械生命体が現れる前から始まっていた。もっとも、余りにも鈍足だったがな……だが事情が大きく変化した事柄があった、察しやすいが機械生命体の出現だ」
機械生命体の出現によって、当初は大混乱へと陥っていた。特に深刻なのがインフラである。
主要道路はほとんど潰れており、無事だったものも破損と経年劣化のダブルパンチによってまともに使える物はアリはしなかった。
特に割を食ったのが軍……当時は自衛隊だ。
道路が壊されてしまえば、戦車などの機甲戦力は固定砲台と化す。21世紀に徒歩移動って帝国陸軍時代に逆戻りだ。
今では復旧もある程度進んだが、迅速に物資と車両を輸送するには根本的に国土が狭すぎたのだ。
「このリニアの特徴は何と言ってもその大きさだ。10式や99式そしてドールすら運べる代物らしい。それほどまでに膨大な積載量を誇りながら速度は590km/hその開会式をやるらしいよ」
「なるほど、だからこんなにも混んでるわけか」
戦車を運搬できるほどの大きさとなれば、既存の路線では十中八九運用は出来ないだろう。
だから、新しく駅ごと作りショッピングモールなどを併設し物流と観光の潤滑材にしようとしたと言う訳か。
見れば、身なりのいい外国人が多い。報道関係者なのだろう、大きなカメラとマイクを背負いこちらに背を向け話している姿も見受けられる。資金不足等で移住してきた外国人労働者とはオーラが違うと言う事か。
「因みに、ここ旧宇都宮から京都まで2万弱。時間は1時間ちょっとさ……始発はもう出てて、ここに到着したのち一般人も利用できるようになるみたいだよ」
「タケェ……庶民には関係ないか」
そもそも、リニアを扱うほど急いで遠出する必要性は感じないし収入がドンドン減っていく世の中にて、こいつを利用する客層は絶対日本人ではなく外国人だ。
ビズしに来た金持ち。大方、物資運搬用に作られたのも力が増加する軍部の顔色を窺っただけなのかもしれない。
けど、そんな事は今どうでもいいだろう。彼女が、行きたいと言い俺がそれに答えた……だったら礼が楽しめるように動けばいい。余計な事などどうでもいいのだ。
「じゃあ、そーだな取り合えずショッピングモールにでも入るか」
気持ちを切り替えるためにわざと声を出し、それに了承する彼女達。
人込みを避け、10階ほどあるショッピングモールに足を運ぶのであった。
それが、新たなる動乱の始まりとは知らずに……。
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