108節 クモに絡まるように
別にご飯食べてて忘れてないですよー
「はぁ、いくら私が梨花さんと仲がいい方だと言っても雑用を押し付ける理由にはないでしょう……私だって眠いのに」
口に手を当て出来る限り欠伸を隠しながら朝日……の割には妙に高く昇ってる太陽を鬱陶しく感じながら歩道を歩く緑色の髪の少女が居た。
緑色の髪を三角にし三つ編みの髪を後頭部で縛った三つ編みハーフアップ……言わばアニメでよくあるお嬢様ヘアー。服装は白いワンピースに首元にはリボン、ダボっとしているのではなく腰回りに紐が入り女性らしいキュッとしたウエストがのぞく。ベルトからしたは青色のスカートになっておりすがすがしさを感じるだろう。
まとまった服装、纏う空気……一見すれば通り道に彼女が居る事を不審に思う人が居るかもしれない。
平日の朝9時、154cmと女性の平均より明らかに低い身長は確かに人通りが少ない田舎道では目立つだろう。
が、その纏う気配が見た目よりも経験を積んだ人と言う印象を持たせ擦れ違う人間を合法ロリと錯覚させる。それほどまでに、彼女は完璧だった。
――暑さで顔が溶けていなければ。
「ぁーーぁっぃ。なんで、めんきょってとれないんですかねー。そうげいすればいいじゃないですか、こっち小雨ふったはずですよね?」
ハンカチで汗をぬぐいながら目を細めて目的地に向かう。
そもそも温室育ちのお嬢様に猛暑の中徒歩で向かいに行けと言う方がこくでしょう。5年前までは基本冷暖房とジュースが完備されたリムジンで移動していたし、ハナズオウに入った後も基本は室内での訓練だったし……。
はぁ、すっかりと居なくなった通学路を歩いていく。左ポケットにある学生証の感触を指先で確かめながら。
別に、お嬢様学校をやめてわけじゃない。5年前に大規模襲撃で付近の町ごと穴だらけになって廃墟都市になっただけ……財力故に、もう既に再建されている。
けれど、あの学び舎に行くことがいつの間にか苦痛になっていた。友達を無くしたからか、彩りは欠け子供だから成長し大人になった知性が他者との距離を置いた。
タスクはこなしているし、出席日数もある……第一お嬢様学校はその特性上急な病欠には寛容だった。
「お父様にはあまりいい顔されませんし……早くしましょう」
水飲み場の蛇口を占めて立ち上がる。水冷は終わり、もうちょっと歩ける。
潤った喉を感じながら視線を上げた。
「ぁ」
視界に走ったのは私と同じような身長の女性、私が大人の清楚さを基調としているのに対しそちらは何処か遊び惚けるような身軽な格好。
紫色のサイドテールを流しよく見たことがある紫水晶の瞳。あの時から色が変わってしまったけど、確かに記憶を燻る高揚感。
私は気持ちを抑えきれずに本来走るように出来ていない靴でぺたぺたと女子のように駆け出した。
「あの」
「はぃ?」
「ゆず……き?」
何処か焦った表情と驚いた表情をごちゃまぜにしたような顔をこちらに向ける紫色の少女。
間違いない。あの顔立ち、あの仕草、あの声質……私の親友であった小鳥遊ゆずきに他ならない。
私は涙を目に貯めながら彼女に抱き着いた。
「えぇ?だ、だれぇ?」
「霜、松雪霜。貴女とその、同級生だった」
「ぁあ……。はぁ、その……しょうがないなぁ」
ゆずきが腕を背中に回わす。確かにある体温を感じながら私は彼女の小さくやわらかな胸で泣いた。
「ほーんと、何時から泣き虫になったんですかぁ?急ぎの用事だったんですけど……まぁ、暫くこのままっで……いや、めんどくさいなァ。あーはいはい、がしがしがし」
「ぅえっぐす」
少し困ったような雰囲気を醸し出しながら、雑にそれでも髪型を崩さないように頭を撫でられる感覚に私は少しずつ視線を上げたのであった。
5年、5年もたったのだ。てっきり死んでしまったのかと……今の世の中人、命は結構軽い。
砲弾が吹っ飛んできたり、機械生命体が現れたり、犯罪組織が跋扈してる所に迷い込んで永遠に消えたり……とにかく軽いのだ。
案外、隣の席の人間がポンと死んでクラス全員が葬式に駆けつけるなんて1回は経験する。
「だって、しんじゃったのかとおもって」
「あぁ……まぁ色々蒸発して死にかけて廃墟都市放浪としてた時期とかありましたけどぉ、今は普通に好きな人と一緒に暮らしてるので元気ですよぉ」
「好きな人?」
「えぇ、一目ぼれって言うかなんというかぁ。私が先に粗相にしちゃったんですけどぉ、受け止めてくれたってかぁ――」
ほぇ?とそんな音が喉奥に響く。
何と言うか、私の心配って全部意味なかったのでしょうか?
それに、ゆずきってこんなおしゃべりな性格だったかな。もっとこうしおらしく、美しい少女と言う感想だったのだけれど。
「でも、元気そうでよかったです」
「まぁ、昔からしぶとかったんでねぇ家が破産してドロップアウトになってもしぶとくすがってきましたから……」
「ぇえ、その件は」
「……気にしないでください。あれは、運が悪かったんです。人脈、資金力、武力、その柱が経ってる土地の幸運が崩れてしまっていたんです。貴女の責任じゃない」
そっと、方に手を当て視線を合わせるように屈んでくる。
先ほどのように気軽な口調ではなく、お嬢様学校で強制された丁寧語で。
「知ってます。貴女が○○ちゃん係みたいなお世話係に任命されて私と付き合っていたことを。最初はふざけるなと思っていたんですけど、霜からは他の生徒がしてたような見下した念はなかったの。だから、感謝してるんです……贔屓も不印もなく接してくれて、友達に居てくれて。だから、そんなに自分を軽蔑しないで」
「ゆずきさん」
「はい、おっしまーい。私の目標は好きな人のお嫁さんにぃなってぇ、扶養家族で幸せに暮らす事。だから、そんな顔するとメイクが落ちますよぉ?」
ねっ!と明るい声が聞こえてくる。
そうだ、ここは往来する歩道のど真ん中。統合都市の中で人口が少ない地域だとしても、老人ぐらいはいるだろう。それに、運送業の人に写真撮影なんかされたら眼を落とさずにはいられない。
「旧友に会えた事ですし、お話でもぉ。っと、そうでした用事がありました」
「あ、私も」
「じゃあ、連絡先渡しておきますねぇ。前のは粉砕されたので」
そうして、私達は携帯電話の連絡先を交換した。
たった一つ、枠が増えただけ……それでも今までと違う暖かさが心に広がったのだ。
キンコンカンと、すこしほこりのたまったスピーカーが終業時間を知らせてくる。視線を下に下げていた老若男女が一斉に顔を上げ、号令と共に立ち上がり礼をすれば少しながら息抜きタイムだ。
各人、次の教室に移動準備をしたりお弁当を食べたり話をしたりと和気あいあいと若者特有の騒がしさを醸し出す。
「人気もんだな」
ふと、主人公座席に居る礼に視線を向ければ万里の長城のようにそびえたつ女子の肉壁。
容姿端麗で物静かで僕っ子、属性過多な彼女はちょっとしたクラスのアイドルになっていた。
性別と言う物理的な壁と、その他さまざまな理由で作られた精神的な壁によって淡水魚が海に出られないと同じ事のように弾き出されてしまった。
ちらちらと、こちらに助けを求める礼の視線には気が付いてるが数と性別と言うのは一方的で、こちらが何かしらの行動をしたら自らが弱者であると装い騒ぎ立てる。
相手の方から手出ししてきたのに勝手に弱り職員室にドナドナされた事を俺は覚えているのだ。
(どうせ、ここ一週間までだろ……いや、ワンちゃんキツイか。ファンクラブみたいのが出来てるなんて噂もあるしな)
世界史の準備を終え、教室から出ようと立ち上がった時ガラリと担当の先生が来てこう言った。
……礼、海斗。お客さんだぞ、来客用玄関までこい。
俺は、スッと道具をわきに抱えながら教室の外に出かけるのであった。
それを見て礼は、慌てた様子で肉壁をバク転で飛び越え追いかけたのだ。
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