105節 人波に
別に遊んでて投稿遅れた訳じゃないよ。うん
帰りの会の途中で滑り込んだ質問タイム。本来であれば飽きっぽい少年少女は学校と言う檻を一目散に脱走し、自らのプレイスに引きこもるか烏合の衆となり町を徘徊するのだ。
けれども、突如現れた美少女はまるでブラックホールのように教室と言う宇宙に現れ惑星と言うクラスメイト達を引力で引き付けたのだ。その綺麗なスライディングを見たのなら審査員がサッカー選手でさえ表彰させてくれるだろう。
たわいのない会話を耳で受け流しながら俺は瞼をこする。
さすがに、先生が居る中で立ち上がり包囲する馬鹿どもは居ないがすでに彼女と日常を過ごしている俺は何と言うか……今まで懐で大切に保管していた宝物を見せびらかされるような嫌悪感を感じずにはいられない。
ただ、あの動物園の動物のように視線と呼ばれるまなざしで射抜かれるよりはましだった。
「ねぇ、礼ちゃんはどこに住んでるの?」
「昔の事は覚えてないかな……今は親戚である海斗くんの家に住んでるかな」
「なんと!?」
もう過去形になっちゃったよ。
がっと一部の生徒が腰を浮かしかけたのか耳に届く。やばい、面倒なことになった。
「つまり一つ屋根の下ってこと?」
「そうだよ、さすがに部屋は違うけど」
「どう、海斗は。アリ?」
「アリ?うーん、料理とか家事とか手伝ってくれるよ。と言うか僕の方こそ教えてもらっちゃったかな」
「僕っ子。いや、新婚さんみたいじゃん。FOOOOO!!」
わかってはいる。出る釘は打たれる中学校と違い、十代後半の青少年少女の精神状態は人が思うより大幅に成長している事は。けれど、だからと言って理解しているのと心と言うのは別物なのだ。
結果、俺が出来るのは愛想よく相手が欲しいと思われる言葉を投げつけるだけ。
「いやいや、金が無いのに結婚できると思ってんのか」
「違うよ、創作力だよ。こう……わかるでしょ、何時もライトノベル読んでる海斗ならさ」
「ならチート欲しいわ。金が無いから黄金律で可」
などと冗談を交えながら決して輪に入らぬように一歩引いて立つ。
大した情報が手に入らないと思ったのか、いや……単純に面白いと感じなかったのだろうか。こちらをおちょくりたいと思うウェーイ系男子は除き、興味なしと言った所か。
せめて、あのギャルみたいな嫌な女の子になってほしくないなと思う事だけが俺が出来る物だった。
「おそい」
「俺に言われても」
「ごめんね」
結局、想像よりも長針は半周も多く回っていた。何処にそんな力強さがあるのだろうか?同じ年齢であるが疑問でしかない。
階段の前で立つ舞に咎められるが、不可抗力だって。
案内もする気力なく、俺はロッカーの中から取り出したスマホをポケットに入れ廊下を進む。白、いや灰色か?石材で出来た単色の廊下は夏でありながらも独特の冷たさを感じられる。異界感とでも言うのだろうか……。
俺は礼を気にしながら玄関に向かうのであった。
薄汚れたロッカーにまだら模様に白く染め上げられている。大方ほとんどの生徒は学校から出たのであろう。玄関で立ち話をするような者もおらずやかましい運動部も居ない。
そもそも、始業式の片付けの関係上関わっていない生徒は下校を促されていたか。
礼に上履きを入れる場所を教え自分も仕舞い、何時もの運動靴に履き替え日差しへと一歩踏み出そうとしたときに。
「あ」
一陣の風が吹いた。揺らめいているのは太陽光を一生懸命取り込もうと葉緑体を増産している木の葉ではなく絹のようなサラリとして髪。上に掛けていくにつれ、雲のようなまっさらな白い色を持つ人物となればそう相違ない。
ぶつかりそうになった勢いを殺すため足首をクルリと90度ターン。ちょうど正面を向く形。
「あぁ、海斗さんではないですか」
「楔会長」
「無関係な者はすぐに帰宅するよう指示があったはずでしたが……感心しませんね。あら!貴女は礼さんだったかしら」
「あ、と。お久しぶりだね楔さん」
こちらにいつも通りのしっかり者である楔が返答する。俺に目線があった時視界のふちで礼がいると気が付いたのだろう。彼女は目を大きく見開き驚いた。
俺達は、会長に礼が学校に転校しえ来た事とそのせいで質問攻めにあい帰りが遅くなった事を告げるのだった。
「なーるほど。確かに礼さんの容姿は目立ちますからね」
「それは、自慢の体だからね。ささげるのは一人にに決めてるから」
「お熱い事ですね。ですが、そう言った発言は公共の場でするべきことではありません。わざわざ波風を立たせて厄介ごとを迷い込ませてしまいますよ。彼のようにやらないと」
「わかった」
「彼は良く周りが見えていると評判ですから……波に流されないと言うのでしょうね。悪く言えば輪に入れないから達観してると言うべきですが」
「口は災いの元だぞ」
「失礼。私も精神的な疲れがあるのでしょう……軽くなってしまいました」
ふふふ、と上品でほほ笑む彼女には少し前の激動の日々における傷跡は感じさせられない力強さを確かに感じたのであった。
確かに一回もあっていなかった。あっても話をする中ではないし、はて様子を見るには遠くから一目見るしかないだろうと思った矢先に対面で話し合うことが出来るとは。
「ここであったのも何かの縁と言う事で、どうです?お茶でも致しませんか?」
「あー、ちょっと遠慮を」
「お腹減ったから早く帰ろうよ。焼きそばとかどう?それとも冷やし中華とか」
「あらら、お金はこちら持ちで……どうです?こじんまりとしたおいしいーお店なのですが」
チラリと妹に目配せを擦れば、頷きもせず首を振りもせず……判断は任せるって事か?
確かに、現実的に考えれば会長のような美人に食事を誘われるのは人生において数回しかないうちの一つだろう。イタリア人であればホイホイと付いていくさ。
ただ、17年として過ごした人生経験からどちらかと言えば警戒心の方が前にでる。それに、質問攻めにされた精神的疲労は新学期初日である事を加味しても重い。
これからとっとと家に帰ってご飯作ってごろごろしたい欲求の方が。
「ピザとかどうです?」
「しゃーねーな」
ピザ、それはジャンクフードの一つ。家でも手軽に作る事は出来るが店売りのは高い……。最近ではクリスマス以外は食べなくなってしまったものだ。
心にしみ込んだ疲労は、偶に油で洗い流す。それを分かっているのは重畳。
此処に居るメンツは太らないし、大きくなっても上半身にある二つの果実が実るだけ。
余りにも早い即決に、多少戸惑いはあったらしいが彼女は付いてきてと言い自転車にまたがり率先していくのだ。
チリンチリンドアに取り付けられた鈴が独特の音を醸し出す。
俺達が向かっていたお店は商店街の端にあるこじんまりとしたお店であった。白く塗装された木製の壁緑色のドアとどことなく異国の雰囲気を漂わせる。
中に入れば、黒と白のモノクロで統一されたレイアウト。鼻孔をくすぐるのはかすかに香る木の暖かさと食材が焼ける匂い。
「ここかぁ」
「へぇ、知っているのですね。外食はしないとお聞きしていましたが」
「どこでそれを?……一時期話題になった時に妹とな」
「確か、大盛のバニラアイスがのっかってるトースターがクラスで話題になって。気になったから兄を連れて来たんだけど」
「余りにも多すぎてお腹壊したんだよな」
「一週間はバニラアイス食べなかったねー。一応、ハーフだったんだけど」
そこはちょっと前にSNSで流行っていたお店だった。こんがりと焼いた食パンの上に山のようにバニラアイスを乗せ滝のように溶け流れ出る様は女子高生の心を射止め、随分とにぎわったものだ。
夏休みと期間が空き客は少なくなって……いや、単純に休み中にたくさん堪能したからか。席に座る女子高生の数は少ない。
もちろん、看板メニュー以外にも俺達の舌を唸らせた事からまた行きたいねと思っていたのだが……こんな所で願いが叶うとは思わなかった。
「2階が空いてるわね。そちらに行きましょう」
「了解。礼、こっちだ……これだったらゆずきも連れてくるべきだったか?」
「別に構いませんよ。一人より六人のほうが楽しいでしょうからね」
六人?俺、妹、礼、会長の四人でゆずきが来るから五人になるはずだが。
少し軋む木製の階段を一歩ずつ上がっていく事に何かを感じ取れる。気配?いや、お店の中と言う都合上……人がわずかな面積で密集している中、特定個人を探し出すのは困難だ。
しかし、この感覚は……。目の奧に訴えかけてくる感覚は知っている。探ろうとすれば目が赤く光ってしまう、俺は意識を抑え楔の後を付いていく。
二階に上がり、わずかながら居るお客の中で奥の席からひょこっと細い手が上がった。
誰かいる。主はこちらを呼ぶように動かしていた。誰かが居るなんて聞いてない……そんな意思を込めながら視線を背中に刺すがなんのその、楔はそのまま進んでいく。
俺は、小さくため息を付きながら前に出れば視界の端にひょっこりと座っている緑色の頭があったのだ。
忘れる事は無い。今でも覚えている。腹部に食らった拳の衝撃を、頭から流れ出る血の生暖かさも。
「え、と。お久しぶりです」
そこには彼女の妹、翡翠の姿があった。
「ごめんなさい、遅くなってしまったわ」
「大丈夫。私もよくある事だし……あっとと、改めまして雨宮翡翠です」
「あ、あぁ。ご丁寧にどうも」
夏で水分が汗として出てしまったからなのか?口の中が乾いている。だから、返答が生返事になった……うんそう。
まぁ、このまま立っておくのもなと思いテーブル席に腰かける。礼は俺の隣へ舞は楔の隣だ。理由としてはこれが一番平和に終わるかららしい。
とにかく、彼女たちが同伴同席してもいいと言うのだからとスマホを取り出しゆずきに連絡すれば秒針が3回動く前に既読が付き、全力で向かいますの返答。
定員にあと一人来ますと先に言ってから、とにかく注文を決める。もちろん、写真を撮ってどれがいいかゆずきにも選んでもらってだ。
紫色の少女が来たのは料理が運ばれてきたと同時だった。さすがは寄生体、身体能力が礼より劣るとはいえ時速80kmは伊達じゃない。例えるならそう、スーパーカーと只の普通車を持ってきても両方、人間の速度を超えるだろ?
はぁはぁ、と暑い息を吐き少し髪が汗によって密着しているが疲労していると言うよりは整えていると言う方が正しいか。
そのまま、彼女は俺の隣に座った。これなら確かに中心に俺が居るから大乱闘は起こらないだろう。もっとも、こっちは色々な所に気を使わないと行けなくなったけどな。
ゆずきにタオルと水を差しだした後、海斗はピザに手を伸ばす。シンプルでありながらも塩気がちょうど良く、すごく伸びるチーズは普段外食をしない彼を大いに唸らせる。
しかし、カルボナーラはどうすればいいのだろうか?他者がいるのに大皿を突っつくわけには行かないし……そう思っていると分け皿があるのが目についた。一応、乱雑な所もある海斗であるが猫を被るのは得意なのだ。
「で、何故?何となくわかるが」
「あぁ、えぇ。きちんとお礼を言っていませんでした。助けてくださりありがとうございました」
「なら、単位上げてくれてもいいじゃないか?」
「それはそれ、これはこれです。もう一つは妹がきちんとお話をしておきたいと」
「妹が?そういや、しっかりと話したことは無いか」
確かに、敵として対峙していた時はどちらかと言えばケンカ腰だった。まぁ、命の危機がある状態で丁寧な口調をする余裕があるかって話だが。
その後は、安静のためにすぐに入院していたため俺達は結局、夏休み中に顔を合わせることはなかった
「えっと、聞いてると思うけど実吹海斗。会長の一つ下の後輩だ……ぁと、銃撃ったりしてやりずらいな」
「双方、加害者被害者の立場だしどーでもよくない?あ、妹の舞だよ。おっぱい揉んでいい?」
「えと、遠慮するね」
「僕の名前は文月礼。何回かぶった切ったと思うけど水に流してくれると嬉しいな」
「私の名前はぁ、大由里ゆずきって言います。そう言えば髪切ったんですね……フードを初対面で殴られ蹴った時には髪腰まであった気がするんですけど」
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