97節 ガスボンベを撃って爆発するのはフェイクである
暑いよぉ。
2022/11/02
ルビ振りを修正。
一部文章を読みやすく修正。
ゴウっと風が唸る音が耳に届く。
あぁ、理解できてるさ。相手がやすやすと時間をくれないって事は。
大方、何かされる前に彼女から離れさせたいのだろう。楔に空気弾が当たったとしても多分彼らが言う天使になっているお陰で大したダメージに入らなないのだから。
でも俺は別だ。ちょっと怪我の治りが速いだけで耐久性能は人と同じ。このまま当たれば良くて脳震盪不可避。
かと言ってこのダメージでは回避行動もできない。今のこの状態は精魂尽き果てた状態で、寝返りすら打てない。
万策尽きたのだ。
「……退いてっ!」
先ほどより気合が入った翡翠の声と共に疾風が俺の背中を持ち上げた。
……。
…………。ん?おかしい、痛みが無い。
何が起こったんだ?まさか気を失って目覚めたとかなのか。諦めて閉じていた瞼をゆっくりと開いて。
「ごめんなさい。少し寝坊しました、と言っても遅刻以外何も悪い事はしていないのですから単位はそれほど落ちていないと思います」
そこに、あったのはこちらを心配そうに見つめる楔の姿であった。
彼女は海斗をお姫様抱っこをして庇いながら右足の武器で空気弾を撃ち落としていた。その姿は凛々しい騎士の構えにも見えるかもしれない。
出会った当初とは違い黒目黒髪は身を潜め、双方に緑色が根付いている。と言ってもあくまで急造なのか、毛先は白くなってしまっているが。
他にも、うまく細胞を分裂できないのか来ている衣服も中途半端。
ラバー上のハイレグを大体V字に下腹部まで切り抜き、切り抜いた場所は肌の露出を防ぐものは何もなく淫紋の魚うなものが淡く光っているが防御面は厳しく。一見サイドスカートの様に見える背中かから生えた羽は左だけしかない。
何をとっても中途半端な印象を受けるが、唯一万全なのは右足にあるシューズだけであった。
「ぉまえ。ここは学校じゃないんだぞ」
「理解しています。いえ、やっと理解したと言う方が正しいのですが。私は結局子供っぽい正義感をかざしていただけ……でも、今からは私は寄生体になります」
「そっ、か」
「ですから、そこで待っていてくださいご主人様。生意気な妹に体罰をしてきますから」
「ごしゅ?」
そのまま、彼女は近くの物陰にゆっくりと隠し妹に向けて走り出していったのだ。
キン!やドカン!などの戦闘音がこちらに伝わってくる。正直に言えば拳銃で援護するべきなのだが。
「はぁ……ぅっ」
その前にやることがある。
俺は自らの体をまさぐり負傷箇所を探る。目で見えない裏や特に頭が対象だ。
額を触ればべったりと掌が赤く染まる。明らかに重症なのは明らかじゃないか。幸いと言っていいかわからないが眼球だけはゴーグルによってけがはない。五感がそろっているのは重畳。
だが、少し水たまりを作る出血だけはだめだ。
短期間で大量に血が流れ出れば酸素が栄養を運ぶ血液がなくなり出血ショック状態と呼ばれる瀕死状態になる。
意識を失えば止血が不可能となり出血死ラインの四〇〇ミリリットル失えば生死を彷徨う事になる。
「とにかく、止血だ。頭をやらねぇと」
俺はポーチの中から薬剤と水を取り出した。
まず、止血作業を行う際に一番邪魔になってくるのは痛覚だ。人間にとって痛みの信号は自己防衛装置としては優秀なのだが、傷に干渉して手当てする際には少し邪魔なのだ。
痛みで手が震えれば包帯すら巻けない。故に鎮痛剤だ。
鎮痛剤と呼ばれれば一番効果が良くて即効性があるのはモルヒネだろう。正確に言えばモルヒネに含まれる成分”オピロイド”なのだが詳細は省く。
が、こちらは中毒性や嘔吐などの副作用が高すぎる。そのため今回使用するのはバファリンだ。
これは、即効性はなく効果も薄いが副作用はあまりない。戦闘中でも大丈夫なのだ。
「う、う、ぷは」
錠剤や食道に上がってきた胃液を水で流し込み、適当に入っていたタオルをぎゅっと頭に巻く。
正直、少し動くたびにタオルの繊維がこすれ鑢のように精神を削っていくがここでは知らん。考えたくない。
処置は終わったけど……くそ、足がダメージで小鹿みたいに震えて何かにつかまらないと立てない。走れたとしても一瞬だけだろう。
緩慢な動作でマガジンチェンジをして壮大な姉妹喧嘩に視線をやるのであった。
「ふっ!」
「せい!」
足とこぶしが交わる。
ガキンと言う音と込められた威力を想像させる突風。ダンスのように入れ替わり立ち代わりでの攻防。
眼前に突き出される拳をサイドステップで避けながら左足を軸足にし、勢いを生かし回し蹴り。
それを右手の籠手で受け止め、身軽な左手でダメを取ろうとするが素早い打撃は足さばきで空を切る。
手数においては翡翠に分があるのは見て取れる。何故なら二つの腕を常に相手の方向に向けられるからだ。
一方楔は、足と言う部位の都合常に相手に向けられるわけもなく……両足で攻撃することは致命的な隙を負うため使用はできない。
だが、常に足は重力に抵抗して自らの体重を支えるほどの力強さを持っている。足は腕の四倍の荷重に耐えられると言うのだから、手数で押して気を取られれば身体能力爆上がり寄生体キックをお見舞いされるかもしれない。
「そう言えばっ、今まで本気で喧嘩したことはなかったのですが。案外楽しい物ですね」
「そ、だね。私は何時までもこの時間がっ、続けばいいと。何も考えなくていいこの時間が」
「ふふふ」
「あはははは」
「……何を遊んでいるんだ?速く無力化しろ」
「はい。わかりましたご主人様」
「っ!?気を付けろ楔。相手は不可視の遠距離攻撃手段を持ってるぞ」
「!?了解しましました」
翡翠は舞うように距離を取ろうとしながら裏拳によるふいうちを狙うが、楔は今までと同じように最低限の動きで回避……。
緑色の瞳が一瞬で命一杯開かれバク転。長い髪の一部が鋭利な刃物によって切り裂かれたかのように虚空に舞う。
「それが、魔法ですか。見えなくて厄介っ」
「寄生体なら生まれた時から使えるんだけど、私達天使はきちんと練習しないと見えないし使えないよ」
「見えないなら見えないなりに良ければいいだけです」
と、言っている彼女であるが劣勢なのは明らかだ。
ゲーム的に言うなら攻撃エフェクトがないから当たり判定がどの程度なのかが見えない状態。
もちろんここは現実なのだから、戦闘中に受けた怪我が一瞬で回復するわけでもないし痛覚もある。今までの白兵戦読み合いが有利から超絶不利に変わったのだ。
安易に蹴りの間合いに入る事が出来なくなったし、こちらが使えない遠距離攻撃を仕掛けてくる可能性がある以上、楔が出来るのは相手の間合いをウロチョロ飛び跳ねるだけだった。
楔が出来るのは……な。
「はぁ、くそ……視えねぇ。腕に魔力は纏ってる……じゃあ魔法を使っているはずだ」
一方、海斗は姉妹の戯れを離れた所から見ていた。
ご自慢の援護射撃も腕がブレブレ瀕死状態ではかえって邪魔になり、もし目を付けられたのであれば波阿弥陀仏確定。
故に海斗は考えるしかできない。
……魔法を使ってるのは確実。ならこの瞳で捕らえられない通りない。けど、実際相手の遠距離攻撃を目視する事が出来ねぇ。目に見えない風をこれ以上撃ちだされるわけには。
――風?じゃあ、見えるように出来るんじゃないか。空気の流れ何て簡単に。
俺は拳銃を強く握りしめ構える。装填された徹甲弾なら安易に貫通できる、それに相手は動かない……外す理由なんてないだろ!
自らの血液を一気に左手の人差し指に動員して引き金を引いた。
パン!とボロボロである俺と違い、頼りがいのある破裂音と共に発射されたタングステン弾頭は己が進む道を誰にでも邪魔されず狙った地点に一直線に進む。
視界の端で訝しげに瞼を細めるタナトスがいるが知ったことか。余裕をもって見てろ……俺が狙うのはっ灰色の塗料で塗装された筒だ!
銃弾で綺麗に穿たれたガスボンベは急に内圧が変化し大きな音を立てて破裂!
「っ!?おぉっと……ゲームのやりすぎですか?ガスボンベに銃弾を当てれば大爆発っなんてそんな事があるわけないでしょう。そもそも、ガスには三種類ありアセチレンなどの可燃ガス。酸素などの支燃ガスそして不燃ガス……ここは火気厳禁でして爆発する可燃ガスは置いていないのですよ」
「知ってるわぼけ!こちとらガス溶接の資格持ってんだぞ!」
「あぁ、もしかして動きを止めようとしましたか?確かに貴方が撃ったガスボンベは液体窒素。大方、足が凍ればとでも思っていたのでしょう……確かに細胞の保存用に置いてありましたが、常温ではすぐ気化して白い湯気が辺りに広がる程度」
「……」
「才無きものが必死にあがくのは楽しかったですよ滑稽で。貴方が御子として祭り上げたときには私が操縦してやりましょう。やれ翡翠、まずは目の前にいる姉を倒しなさい」
彼女は風を起こしながらバックステップ。その後腕に魔力をまとわせ拳を引っ込める動作をする。
例の不可視の遠距離攻撃が来る。相手が拳を突き出す瞬間を見逃しはしないと覚悟を決めて緑色の瞳を向けるが。
白い煙が腕に、いや違う。手のちょうど突き出す位置に集まっているのだ。
「これは!気にせずに咬ませ!」
「了解!はっ!」
「見えるのならっ問題ありません」
白く濁った煙に向かって彼女がパンチを突き出す。すると、ドーナツ状の渦輪が時速八十キロほどで到来する。
そもそもの話なんだが寄生体は魔力がある限り身体能力は法廷速度を超える。運動性能が非常に高い礼は魔力を使った加速で瞬間時速百は超える。
接近戦闘が苦手で絡めて得意なゆずきでさえ時速七十だ。
格闘戦が得意な楔であれば反射神経で危なげなく避けれる速度。
容易に姿勢を低くした状態から一歩踏み出し、唖然とする翡翠に向けて裏拳を腹部に叩きこんだ。
軽自動車に轢かれたかのように軽く吹っ飛び、ズサァとノックバック。
「へぇ、大層な事言ってる割には……大したことしてないじゃないか」
「貴様……」
「要はやってる事は空気砲だろ?小学校でよくやる奴だ、大方自分から一定距離に魔法干渉出来なくて仕方がなく空気の塊を飛ばしてるんだ!魔法を使えば射出された空気の威力を高めることが出来るだろうがあくまでも撃ちだしているのはなんも加工をしていない空気、その影響も距離が離れれば大したことない。二倍くらい離れればそよ風みたいなものだ」
「そうか、液体窒素のタンクを撃ったのは。穴が開いたことによる内気圧変化で爆発させることではなく……気化する際の白い煙で」
「窒素は有毒ガスじゃないんでな。それに、お前が言った通りに大爆発した場合、破片が吹き飛んできて危ないだろ?」
あとは、煙幕の場合は視界を塞ぐけど冷気は下。足首より少し高いぐらいにしかないから、攻撃は視れるしな。
俺がにやりと笑えば、彼は取り乱したかのように二歩後退し。
「お前!?」
と、白衣のポケットから拳銃を足りだし発砲しだした。
っ!いくつかの弾丸がこちらに飛来し……。
「危ないじゃないですかぁ」
紫色の結晶に阻まれ、力なく地面に転がった。
この壁は……。そう思い、左斜め後方を見れば鞭を持ったゆずきがこちらに来ていた。
足を怪我しているのかピョンピョンと片足で跳ねながらこちらに近づく。
「ゆずき」
「先輩……私疲れましたぁ。二対一は無理です……一体倒して礼ちゃんに残りを押し付けちゃいましたぁ。てへ」
「おい」
あはは、と力なく笑うゆずき。
そこには、何時ものふざけたような言動は無く額には血が混じった汗が垂れている。
こちらを心配するような目線を感じ取ったのか、俺の腕を手に取り自らの胸に挟んだ。
「お前なぁ」
「お互い怪我をしてるんですから一度回復に専念しましょうよぉ。それに、あの子結構やれそうですよぉ。信じると言う名の押し付けちゃいましょ」
「……了解(ヤ―)」
小さくため息を付きながら翡翠の後ろ姿に目を向けた。
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