96節 現(うつつ)
夢を見ている。いや、夢と言うのは意味と言うか用法と言うかこの場合は違うのかもしれない。
夢路は、現実世界と肉体との接続があいまいになった時に見る物と言う価値感は有名だけれども、それならこれは確かにそう、違うわね。
なぜなら、現実で起こっていない幻の景色などではなく……実際にありえた事を俯瞰してみているのだから。
見つけたのは単なる偶然だった。
お腹が痛く、一言先生に言い教室を抜け出したんだ。当時は、生理中で私は病院に行くような人じゃなかったんだけど……大変な人は仕事に出られないぐらいに生理痛は痛いらしい。
と言っても私が来たのは、ほんの五か月ぐらい前でこの痛みにはどうしても不快感がぬぐえない。
トコトコと授業の邪魔にならないように静かに階段を下りる。トイレは一階以外にもちゃんとあるけれど、私は良く一階に行く。何故なら、近くに私が好きなつぶつぶオレンジジュースが売っている自動販売機があるから。
よく思えば、この時足音が出てたらどうにかなったのかな?ううん、多分それは……少しずれただけ。
『ぅ、やっぱり慣れないよ……』
腹部を抑えながら、階段から廊下に差し掛かり……ふと、視えた。
壁が少しずれているのを。
『なに、これ?隠し通路……。初めて見た、本物!?』
ちょっと普段の私からすれば驚かれるかもしれないけど、私はこう言うのは好きだ。
勉強が出来て運動が出来る優等生……確かに客観的に見ればそう。けど、別にサブカルチャーに触れてないわけじゃないの。
ドラマも見るし、アニメも見るし、ゲームもやる。そんな、普通な女の子。
私にも子供特有の探求心はあるし!だから……見てみたいと思ったんだ。
だから、伸ばした腕を一回躊躇で引っ込めて……抗いきれない好奇心に腕を惹かれて扉を押してしまった。
少し薄暗い廊下を歩き、飛び込んだ景色は……男女が全裸で交わる姿であった。
『え?』
私は中学生だけれど、そう言った知識はすでに習っていた。だからすぐ逃げなきゃって思ったの。
けれど、足が縺れて地面へ座った際の音で血走った視線がこちらに向けられて――。
『はぁ、はぁ』
逃げなきゃ、そう思って上がった息を吐き出しながら走り続ける。
誰かに助けを呼ぶ?携帯電話は塾の中だし、固定電話もない、人も居ない。それに、ずっと誰かがねっとりと睨みつけてくる感覚が怖くて。
『きゃ!?』
『全く……爪が甘いと言うかなんというか。わざとやっているのかな?まぁいいかぁ……なぁ、私と契約して天使にならないかい?』
『ひっ!』
気が付けば私は浮かんでいた。おぼろげな意識の中ふと、黒い物が見えた気がした。
それは、植物のつるのような水に浮かぶ紐の様に思えたんだ。ぷかぷかと不思議な気持ちで、けど一時で現実に戻されて。
『がふ!?』
ザビっと一瞬視界にノイズが走る。反射的に私は違和感を感じて下を見た。
そこにあったのは、宝石が付いたクラゲのようなものが触手を私の胸元に指している……ちがう、根づいている所だった。
『ぶ、ぼぼぼ?』
ドクンとまるで無理やりポンプで何か送りこまれているような深い感。皮膚の表面にある血管が黒く染まっているのがわかる。
私は、引きはがそうと。
ん?引きはがすってなんだ?引きはがす、引きはがす、ひきはがす。音はわかるけど、意味が分からない……それってどう言う事なんだろう。
只、うん。振りかぶった腕をに気持ち悪さを感じて私は透明な壁をたたき割った。
『あ”あ”!げ、おろろろろろろろ』
逃げなきゃ、逃げるってどうやって。歩いて、あれ歩くって何だけ?とにかく動けばいいんだ――?
『無様、だな』
白衣を着た男性、タナトスの目の前に居るのは全裸で地面を這いずり周る少女であった。
いや、這うと言うのは正しい表現ではない。あれは、どちらかと言えば体全体を地面にこすりつけているから芋虫のようだと描写すべきか。
そんな、人間もどきが眼前で行ってる行為は壁に向かって猫のように手を上下運土をする姿。
『はへ?ドぁってこーやへあへるんじゃなきゃったけ?』
これは、客観的に見ればラリッて猫の物まねをしているだけに見えるかもしれない。
が、真実はレバー式ドアノブに手を掛け逃げようとしているだけである。
最も、彼女の目の前にあるのはドアではなく何も変哲もない壁なのだが……逆に言えばそれ認識できないほど翡翠は壊れていると言う事であった。
『ぁあ、音がして何かと思えば……。大方、偶然身体能力を魔法で強化出来て檻を壊したのか。と言っても想定内ですが』
『ぁう』
『元々フェイズ2の物を無理やり寄生させようとしているから、急いで寄生するために脳や体を突貫工事で根を張るわけで。ちょっと、脳細胞が吹き飛びますが誤差みたいなものです。安心してください、人間って結構丈夫ですから半分吹き飛んでも生きられますよ』
『やらぁ!やら、やらぁあ!』
『安心して体をぐちゃぐちゃしてもいいので、もう一回寝ましょうね』
それからは、女性の尊厳を踏みにじられる行為ばかりであった。
ゆっくりと蝕むように、ジワリジワリと壊れていく。そして、隣にいる何かにすがっていく。
それが、生物としての生理本能であるがゆえに抗えない。
ぬめぬめとした不快感が体にまとわりつく。自分が受けた訳ではないのに、まるで実際に経験したかのような不快感。
ピキピキと心にひびが入ってくる。
たかが中学生の少女に耐えきれるはずがなかった。
『そう言えば、貴女には姉が居ましたね』
『……はい』
『なら、捕まえに行きましょうか。遺伝子が近い方が成功確率が高いですし、経験も生かせます。尚且つ姉妹丼なんていかがでしょう』
『はい。わかりました』
『ふふふ。恨んでいないのですか?こんなにも貴女の体をけがした私を』
『もちろん、恨んでいますよ。私の体をこんな風にして、売春婦みたいなことをやらされて。今度は私自らの手でお姉ちゃんを地獄に堕とそうとしている。私は今もこれからも貴方を許さない』
『ふ、はははっははは』
目の前に汚れた翡翠は彼に、自身の内心や考えを嘘偽りなく吐露する。
目の前にいるのは四週間ほど前にいたか弱い少女ではなく、不完全ながらもコンクリの壁に拳をめり込ませられるほどの化け物だ。
だが、彼女の恨む言動とは裏腹に口調はゆっくりとまるで説明口調で。
『では、私に復習をしますか?その拳で』
『そんなことするわけないじゃないですか』
彼のほほを優しくなでた。
彼女には雨宮翡翠としての記憶があり人格があり、今まで人生で歩み培ってきた価値観と常識がきちんと残っている。
自分がただの中学生であり、こんな犯罪行為を許してはいけない。警察に助けてもらい、囚われてる人を助けなければと言う正義感が唖然としてあるのだ。
が、よ。
『私はマリオネットドールですから』
それぐらい対策してないとでも思ったのか?
あぁ、くろうした。ここまで苦労した。
『そう。貴女はそれが正常なんだ。洗脳、催眠、操作?そんなことをしてしまえば汎用性がなくなってしまう。兵器に求められるのは汎用性と凡庸性、そして人間の柔軟性。貴女は感情も記憶も心も失ってはいない。貴女を動かす魂は依然として雨宮翡翠なのですから』
そうだ。妹は正気だった。初めから正気だったんだ。
彼女は変わらず私を愛してくれていた。彼女は変わらず正義感にあふれていた。
ただ、変わってしまっただけ。それも致命的に。
(は、はは。私がやってきたことは無駄だと言うの?こんなことが)
透明な私は気が付けば膝を屈していた。いや?そもそも地面などあるのか?私はここにはいないのに。
結局はただの道化で、妹と一緒に酒の肴程度の存在だったと言うの?
ガクリと体の力が抜ける。隅々に澄み切っていた血液が、脈拍が凍ってしまったのかの様に。
そのまま、身体の間隔が霧散し瞼を閉じようと――っ。
「―ぅっ―――!?」
声が聞こえてくる。
私達と違って少し低い男の声。
「ぉ―、――寝て―んだ。」
寝てない。だめ、なの私には……体を動かす事がない。
「お前、――な事しておいて一人――二度寝し――な」
私はマリオネットドールなのですから。
「ふざけんな!色々引っかけまわしといて、勝手に人体実験させられて!それでも優秀な生徒会長なのかよ!……っ!このっ!とっとと起きろよ!!シスコン女ァ!!」
ポタ。
突如、自らに浮かぶ空間に赤い雫が滴り落ちる。
体が熱い。まるでアルコールを摂取したかのようにひてった暑さだ。けれど、それこそ私が今求めていたもの。
停止していた心臓が赤い雫を着火元にし突如脈動を開始する。どくどくと脈拍と共に血液を体の各所に運んでいく。
凍っていた腕が動く、足が動く、魂が声を上げる。
えぇ、認めましょう。今私は人ではないと、只の都合のいい操り人形。
本能が叫んでいる。目覚めさせたご主人様を守れ。けがをしたご主人様を守れ。そして、妹を奪い返せと。
もう人ではなくなってしまったこの体も、誰かに依存しなければならないこの魂。それを私は不快感だと思わない。
それは、必要な事。ずっとできなかった選択。
私はずっと選択してこなかった。引き金を引かず止めず何もかも中途半端。
けど、そんなものはもう私の中にはなかった。
こうなってしまった、けど妹をご主人様を守るためには人間をやめることなど必要な犠牲なのですから。
(赤い雫がたくさん垂れてきている。あそこあの光に手を!あそこに到達できれば!!)
とわ言っても天井に太陽の如く降り注ぐ光の原点は、私の様な非力な少女には届かなくて。
だから願った。
翼。いいえ、今の私はそんな高貴なもではなく娼婦なようなもの。でも、せめて飛べなくてもいい、けど私は跳びたい軽蔑されようとも!
突如右足に力が渦巻いた。そこにあったのは黒いブーツであった。
無論ただのブーツではない。漆黒に白と緑の線が入るそれは、靴と言うには攻撃性がありすぎた。
まるで、ワニの歯の様に鋭さを持ちながら後ろには展開式の羽が俊敏性を両立させている。
足を軽く動かし振るう。うん、これなら風に乗れる。
『行きますっ』
軽いステップを踏んだ後、全力疾走で前に進む。風に背を押されながら速度を踏み出し、右足をバネの様にして光に向かって飛んだ。
彼女は右手を前に突き刺し、糸の様に垂れる赤い血液をしっかりと掴んだ。
Q.女の子をリョナるの好きなの?
A.私が好きなゲームにマブラヴとかユーフォリアとかありまして……わかるよな?(そもそも、タグにr15とシリアスついてるし……)
ブックマークは新着小説で投稿されたのがわかりますし、ポイントは作者のやる気にもなります。
また、ご意見ご感想も受け付けていますよ!
ブックマークは上部に、ポイントはお話を読み終わり『<< 前へ次へ >>目次』の下に入力案がありますよ!
作者の励みになりますので、よろしくお願いいたします。