第四話『日常……?』
目覚まし時計が一定のリズムを刻んで僕のことを起こす。覆い被さっていた布団をひっぺ返して上体を起こした。
カーテンの隙間から差し込む日差しに眩しさを感じながらも、辺りを見る。いつもの僕の部屋だ。布団と勉強机。部屋の隅に置かれたテレビ。
友達が遊びに来る度に質素だなと言われる、母のお姉さん……つまり、叔母のアパートの一室。幼少期にある事件で母と妹を亡くした僕は、叔母に引き取られ、面倒を見て貰っている。
「夢……いや……」
さっきまで、僕は変な世界で、変な力を使って、変な化物と戦い終わった直後のはずだ。
とりあえず状況整理。体に……傷はないな。チョウの能力で傷を治したからか、それともあちらの世界で傷を負ってもこちらには持ち込まれないのかは分からないけど。
服装は水玉のパジャマ。
「……そうだ、日付」
未だにリズムを刻む目覚まし時計のボタンを押して音を止める。時間を示す数字の下には『12/2』と出ていた。
スマホとテレビの電源をつけて確認するが、全部十二月二日だということを証明していた。
「もし、もしも全部が本当なら、今日は僕が交通事故にあう日だ」
いつもなら夢なんて直ぐに忘れてしまうのに、鮮明に思い出せる。地面の感覚も、武器の感触も、肩の肉を爪で抉られた痛みも。それだけであれは実際の出来事じゃないのかと、半信半疑くらいには思える。
「そうだとしたら、もし六色の話を信じるのなら俺は今日死なないはずだ」
自分でも独り言が多いことには気付いているが、どうしても口に出さなければ順応出来るものも順応出来ない。
あの出来事が本当でも慣れれば、どうということはない。僕はそうして生きてきて──そうやって生きていかないといけないんだ。
何はともあれ学校には行かないといけない。事故に遭う可能性を考えるなら外出は控えた方がいいかもしれないが、明日──というよりはもう今日──が保証されているか確かめないといけない。
朝ごはんには単純に焼いただけのトーストを腹に入れ、一通り準備を済ませ、仏壇の前に正座する。
「じゃあ、行ってきます」
お母さんと妹……そして、僕より先に産まれるはずだった姉さんにそう告げて、僕は家を出る。時刻は八時。ここから学校までは二十分で、ホームルームが始まるのが四十分からなので余裕で間に合う。
通り過ぎるアパートの住人の方達と軽く挨拶を交わして、道路に出ると仁王立ちで出迎える二つの影。
「遅いよ」
最初に声を出したの彼女は瑞樹 水菜。黒髪のロングヘアーの綺麗さにはいつも感嘆の溜息が出るが、如何せん気だるげな目とかが相俟って微妙な美少女と言われている。まあ本人は他人からの評価など気にしていないようだけど。
学校指定のコートを三人の中で唯一着ているくらいの寒いのが苦手。因みに胸の膨らみが見えないのは決してコートを着ているからではない。
いつもなら絶対そんなことは考えないのだが、チョウのせいだろうか。分からないけど責任転嫁しておこう。
「いつもなら十分前には出てくるのに、今日はギリギリだったな。呼びに行こうかとおもったぜ」
次に声をかけてきた彼が倉橋 景吾。少し茶色に染めている気がする短髪は、頭髪検査の度に「地毛なんですよ」と言って誤魔化している。身長が僕より少し大きい。
二人共幼稚園から高校まで同じという、所謂幼馴染だ。それどころか昔の事件のせいで、僕はちょっとだけ腫れ物扱いの部分がある。
そんな僕にも普通に接してくれる数少ない友人の中の二人というわけだ。
「ごめん、ちょっと長めに祈ってた」
二人の命日は十二月二十四日。クリスマスイブ。そして奇しくも姉さんの出産予定日も同じ日。毎年この月になると、僕はついつい長く仏壇に手を合わせるようになってしまう。
「ああ、もうその時期か……今日線香あげに行っていいか?」
「私も行っていい?」
「勿論。三人共喜ぶと思う」
……こんな会話を、したことがある。
いや、確かにしたんだ。事故にあったあの日に。二人と一緒に僕の家に向かっていた時に、僕はトラックに轢かれた。
「じゃあとりあえず学校行くかー、一限なんだっけ?」
これもそうだ。僕はこの会話に聞き覚えがある。返答は僕がするんだ。
「確か英語だよ。景吾が最初に指される……かもね」
「えー! なんでそんな不吉な予想すんだよ」
少しだけ記憶にある言葉とは違う会話をすると、普通に話は続く。全部同じにしなくても、エラーとかは起こらないみたいで少しだけ安心した。
もしそうなら僕はそんな事細かに同じ行動が出来たか分からない。まだ信じ切ったわけではないが、慎重に判断していかないといけない。
☆
昼休み、いつもの三人で昼食。何の因果か毎回同じクラス、席も隣か前か後ろ斜めにしかなったことがない。
水菜は手作りの弁当。僕と景吾は購買のパンを持って水菜の机に集まる。咳も近いので椅子をちょっと移動させるだけでいいのは有難い。
「でも今日の羽流の予想全部的中してて怖いよな、主に俺が」
「いや、なんとなくそう思った事柄が全部景吾のことだったからさ」
細かな事は覚えていなくても、友達が授業で指されることや抜き打ちテストで合格ラインに達さず来週再試験受けることくらいは覚えている。
それがぴったり当たっているのだから景吾が恐怖を感じるのも仕方ない。
大分現実味は帯びてきたけど、まだ確信には至れていない。やはり『今日の事故』と『次回の呼び出し』が全てを教えてくれる……と思いたい。
「もう今日は何も無いよな? な?」
景吾が捨て犬がダンボールの中から向けてくるような目で見てくる。俗に言うイケメンの部類ではあると思うのだが、こういう親しくしやす過ぎるというのが良い人止まりにしている関係あるのだろう。
顎に手を当てて記憶を呼ぶ。
うん、無い。もう何も無いはずだ。僕が事故に遭うという一番のことを除けば。
「……景吾には無いね」
「には?」
黙々と弁当を食べていた水菜が首を傾げ、長い黒髪がサラりと滑るように肩から重力に従って垂れる。
言うべきか迷う。もしも全てのことが本当なら事故は回避され、僕は今日を確保出来ているはずだ。
でも、もし、全部引っ括めて夢で、今日のことだけ正夢だったのだとしたら。
この二人には、一応言っておくべきなんじゃないかと口を開く。が、すぐに閉じた。
心配をかける必要はない。
「いや、大丈夫大丈夫。なんにも起こらないと思うよ」
自分でも下手くそな笑顔だったと理解し、それを見せないように買ってきた焼きそばパンを口一杯に頬張る。
二人は少し顔を見合わせると、各々の食べ物に着手した。追及して欲しくない時、この二人はそれを感じ取って追及しないでくれる。
本当に、僕には勿体ない友達だと思う。