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昨日、黒い蝶にぶつかった。  作者: ひーる
第二章
7/10

『魔物狩り──邂逅』


 失策だったと気付いたのはダメージを受けた後だった。

 それはそうだ。岩に当たった音で、相手も僕達の存在に気付いていたはず。素人が足音を消せるわけもない。

 ならどうするか? 僕が覗くタイミングに合わせて突っ込むだけだろう。

 恐らく相手の読みはこんなところ。僕はまんまと引っかかり右肩を爪で引っかかれる。

 痛いことには痛いが、痛みは転んで擦りむいたくらい。思ったより軽傷だったのか血もそれ程出ずにチョウが治してくれる。


「くっそ……!」


 獣型ビーストと呼ばれていた真っ黒の犬のような魔物。しかし、犬より大きいし、目は赤い。爪は鋭く、太く長く伸び、キラリと月光を反射される牙。

 対峙してわかる恐怖。

 膝も、刀を持つ手も震える。

 落ち着け俺。大丈夫、大丈夫だ。痛みも意外と感じていない、傷はチョウが治してくれる。目で追えないスピードでもないし、こっちには夢力もある。


「ふぅぅぅぅー……」


 こっちが深呼吸するのに呼応するように魔物も唸る。


「グルルルァ……」


 真正面。距離はそんなに離れていない。俺のちょっとした動きに反応し、魔物が飛び出す。

 もう、遅い!


「【無形ジャック斬撃ザリッパー】」


 向かってくる魔物に向けて、ぎこちなくも速く刀を振り下げる。魔物に直接当たっていない筈だが、飛び込んできた魔物の動きが止まり、地面に伏せる。

 真っ先に技名が決まった夢。僕がペンを振るだけで、周りの誰かを切り裂いていくという正常じゃない夢。

 だからこそ、畏怖されるべき名前をつけた。

 この夢力は気紛れ。全身切り刻む場合もあれば、擦り傷くらいの場合もある。

 どうやら今回は後者だったらしい。しかしスピードを削る決定打だった。

 後ろ右足からドス黒い血のようだが、血ではない液体を垂らしながらも僕に威嚇の姿勢をやめない。

 ズルズルと足を引き摺りながら、僕に近付く。


「アァォ――――!」


 耳に残る金切り声のような、遠吠え。

 筋肉が萎縮する。震えを忘れていた身体が再び震え始めた。

 これほど自分を投げ捨てて突っ込んでくる理由を、僕は知っている。


「チョウ、岩陰に」


 意識を少しだけチョウに移した僕の隙を、逃すわけがない。怪我なんてしていないかのような跳躍。

 咄嗟に魔物に切っ先を向ける。

 右目が抉れようがお構い無しに、僕の喉元目掛け鋭い牙を刺そうとしてくる。

 死――。


「慢心し過ぎだよ」


 その一文字が脳裏を過ぎり、牙が喉に刺さるより先に、魔物の額に矢が到達した。

 ぐったりと僕の肩に寄りかかるようにして、魔物は絶命した。

 まだ温もりが微かに残っている。少し視線を横にずらすだけで、そこには死が具現化して待っている。


「やはは、その魔物はあげるよ。もう一体いそうだしね」


 矢を放ったのはチョウだと思っていたが、まるで矢を横取りされたかのように、矢がない状態で弓矢を構える姿勢で静止していた。

 では、今の声の主がやったのか。

 声がした方を見るが姿を視認できない。


「やはー、こっちこっち」


 魔物をまるで子猫でも扱うかのように、首の後ろの肉を掴んで退かす。

 今、どこから来た?

 猫目に、口を割るという意味で柔らかそうな口を持った女。ぐいっと近付いて僕を薄い目で見てくると、チョウよりもショートの茶髪を揺らしながらゆっくり上体を起こす。まるで盗賊のような身なりに腰にはダガーを提げている。

 その後ろには寝ているかのように目を閉じた無言の黒髪の少年が前にいた。これまた盗賊のような薄い動きやすい身なりに、ダガーを手に持っている。


「…………」


「やはは、わかってるよソーマ」


 無言の少年……ソーマと言われたパートナーと意思疎通が何故か出来ているかのように頷くと、岩陰に近付いていく。


「待ってくれ、その魔物はきっと」


 一息遅れて反応する。


「やはー相変わらずグロいなぁ、ソーマの夢力は。ま、見たの二回目なんだけどねー、にゃは」


 そこには魔物の返り血を被り、普通の核よりひと回り小さな核を持った二人組が立っていた。

 笑顔と無表情の対極の二人が立っていた。


「やは? 何を意外そうな顔をしてるのさ? それより、この小さな核って一つにカウントされるんかねソーマ」


「…………」


「だよねー、魔物狩りだしカウントされるよねー」


 何言ってんだコイツら。


「で? 何か言いたそうな顔だね? そんな獲物横取りされたのが嫌なの?」


 そうじゃない。

 確かに僕は一言言いたい。

 でも誰も間違っていないこの状況では、僕がただのバカに成り下がる。

 拳を握る。

 目の端にはあの魔物が命を賭しても守ろうとしていたはずのものがいた。


「やはー、まさかとは思うけど。魔物に同情してるの?」


 図星だった。図星を突かれて、言い訳もせずに下唇を噛んで黙った。


「私、そういうの嫌いじゃないけどさー。早く慣れな? 君そういうのすぐ出来そうじゃーん?」


 笑いながら、猫女は頭をぽんぽん叩く。


「私はマナ。親子か兄弟と思しき魔物に……いや、守る為に散った命と結局守られなかった命に同情する少年の名前は何かな?」


「アゲハ」


 子供を下に見てバカにしたような、大人の対応そのもののマナに、僕は何も言えない。


「じゃ、アゲハまたねー。あと一時間。課題クリアするのをお姉さんは先に帰って待ってるね」


 そう告げて、現れた時と同様に姿をくらます。


「アゲハ大丈夫?」


「すまん。一体取られた」


 遅れてやってきたチョウに謝罪をする。

 チョウは死んでいる小さな死体を見て、そのまま口を押さえた。

 これは城で見たものよりもグロく、殺すためのものじゃないのがわかりきっている代物。

 まるで何度も鈍器で叩いたように平たくし、それを原型がわかるように保ちながら切り刻み、苦悶の表情を残したままに核だけ取り除かれて放置されている。


「チョウ」


 口を押さえたままのチョウは小さくも呼びかけに反応してくれた。


「魔物に同情するのは、やっぱりおかしいよな」


 さっきまで魔物に対して夢力を行使していた人間のセリフじゃないのはわかっている。

 生き残る為に、いつも人間がしている行為だということもわかっている。

 だが、この二体の魔物に自分の境遇を重ねてしまった。


「埋めてあげましょうか」


 チョウが発した言葉は予想外のものだった。

 僕はチョウの優しさを感じながら頷き、穴を掘り、核を取り出して二体の魔物を同じ穴に埋葬する。

 核はクロに渡した。


「じゃあ帰ろうか」


 慣れなければいけない。自分に重ねてはいけない。それは枷にしかならない。

 そんなこと重々承知している。

 苦悩に襲われながらも、城門で二人組に貰ったのと合わせて二つの核を手に入れた僕達はこの日、一体も魔物を自分で倒せないという不甲斐ない結果で終え、徒歩で城に帰るのだった。

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