『魔物狩り──探索』
トンネルというか、黒い空間に接触すると体が歪むような感覚を味わう。気持ち悪いなんて言葉じゃ足りないほどの感覚の揺れ。
通常の状態に戻った時には既に城門に立っていた。
「らいじょうぶでしたかアゲハ」
「今のチョウに心配されるとムカつく程度には大丈夫だよ」
ふらふら千鳥足で近付いてくるチョウを支える。
最初に来た時と変わらない風景。開ききった城門に目をやるが、草以外の何一つ、誰一人として動くものがない。
「他の四組はどうしてるんだ?」
「もう私達より先に外に出たんですかね?」
普通に立てるようになったらしく、僕に感謝の言葉を述べて自立する。
先に出た、か。
確かに僕達はすぐにトンネルに入ったわけではなかった。だけど誤差だ。
「恐らく組ごとに別々の場所に送られたんだと思う。そう考えると僕達はラッキーだ。魔物を二体遅く倒しても、場所的有利がある」
夢力がある世界だから現在地と城の距離なんて関係ないかも知れないけど。
「とりあえず地図か」
ポケットから違和感の原因を取り出す。それは地図というには小さ過ぎる、綺麗に折り畳まれた紙だった。
チョウも顔を覗かせたところで、開いてみると、いきなり中から煙が広がる。
目に染みるし、喉は痛くなるのを我慢しながらなんとか薄目を開いて煙を払う。
「よろしくお願いします」
ナビゲートってこういう……。
煙の中から現れたのは不思議な粉を振り撒きながら飛び回りそうな、僕の世界でいうところの妖精。
人形のような綺麗にスラッとした四肢に胴体に顔立ち。何故か真っ黒い、ウエディングドレスのようなものを身にまとい、どうやって生やしているのかわからない純白の天使のような四枚の羽を携えて僕達の前に浮かんでいた。
「……もうなんでもありですね」
「そうだね」
まあ地図としての役割をきちんと果たしてくれるならなんの文句もない。無くすなんてこともなくなるだろうし。
「因みにキミは」
「名前を下さいな」
…………。
「アゲハ、この子カワイイです!」
「は、羽は触らないようにお願いします」
さっきまで呆然としていたチョウが吹っ切れたようにワーキャー言いながら妖精と戯れ始めた。
くっ……まあこれも信頼関係だ。地図係は重要な役割だし。全ての道具が自我持ったら面倒くさいって今はっきりわかった。
どこかでフラグが立った音がした。
「僕はアゲハ、今君を触っている彼女はチョウ。そして地図妖精ちゃんにはクロを授けよう。全員合わせてクロアゲハチョウ」
ヤケになって付けてしまったが、どうやら満足してくれたようだ。クロは顔を明るくした。これで話が進めばいいんだけど。
「そこで、クロは何が出来るのかな?」
チョウにも来るように手で招くジェスチャーをする。
ジェスチャーに反応して来るチョウの手から離れ、クロはパタパタと羽を動かさずにすいーっと飛んでくる。その羽なんの必要があるんですかね。
「城の周りの地図はインプット済みなので今回の仕事には支障ありません。今後も随時更新されます。それ以上は私を連れて自力で探索して頂ければ、上書き出来ます」
「ちょっと地図見せてくれる?」
クロが右上の羽をフルフル震わせると、僕の右目に地図が浮かび上がる。
すごい、これは便利だ。ごめん、羽を馬鹿にして。
これは地図というより、実物を俯瞰している感じ。だが人間や魔物は確認出来ない。そこはあくまで地図らしい。
脳で思うだけで地図は拡大されたりする。この空白の部分は、さっき言っていた随時更新、上書きされないと見れないということか。
自分達の現在地については、恐らくこの青い丸が僕。赤い丸がチョウ。黒く飛び回っている点がクロだろう。
「ありがとう、もういいよ。他には何が出来るかな?」
もう一度羽をパタつかせると地図は消える。
ちょっと間が空く。どうしたのだろうと首を傾げると、申し訳なさそうに体をくねらせる。
「他の機能は、敵の探知と弱点などのアドバイスや制限時間の報告。核の収納。あとは解放されてないので、今は……」
「オッケーありがとう。今はそれだけで十分十分」
なるべく悪い空気を流すことはしたくない。今の言葉に嘘はないし。
普通の地図だと思っていたから、十分過ぎる程の機能だ。
「敵の探知は近くに来たら知らせる? それとも索敵みたいなのも出来る?」
「目標が範囲内に入ってきたことをお知らせするくらいしか今は出来ないです」
「じゃあ城のまわりを一周。それでもいなければ少しずつ探索範囲を広げていこうか」
チョウも了承してくれる。
僕達は今本当の意味で、生きるか死ぬかの境目にいるんだ。そして、これから生きる為の糸を掴むために一歩を踏み出す。
チョウの唾を喉に通す音が聞こえた。
と思ったが、どうやらその音の主は僕だったらしい。
「行くよ」
せーのっ、掛け声で城門から一歩足を踏み出したその時、二つの人影が僕達の間を通り抜ける。
それの影響で出るはずの風圧が感じられない。地面にある草も、ただ流れている風にしか揺らされてないようにゆっくりとしている。
「クロ。今何分経った?」
クロの効果なのだろう、地図と同じ要領で残り時間が表示される。
『100:35』
約二十分で、今の二人は魔物を殺して戻ってきたことになる。
そんな彼等を気になり、後ろを振り向くが、二人共同じようなフードを深くかぶりこんでいて顔が見えない。
「案外楽だったねー」
「ばっか、お前。ギリギリだったって」
城の中に入るところで気付いたのか、ジッと一人に凝視される。
なんだ? 僕だけを見ている……?
「あちゃー、あのお二人さん全く動けてないや。脱落しちゃうかな? 可哀想だから余った一個あげていい?」
僕の苦手とする話し方をしているフードが、もう片方のフードの肩をポンポンと叩く。
しかし、我関せずと言ったように踵を返して城に入っていった。
「いや、生き残るだろうさ」
なんとも過大評価な一言を残して。
「てーことは……まっいっか。ほいよっ」
もう一人が何かをこちらに投げてくる。
それをキャッチ。これは……核か。一つ余った? ということは三体の魔物を既に狩ったということか。
クロに核を渡す。クロが羽を震わせると、核が跡形もなく消える。
一応お礼を告げようと顔を上げたが、姿は既に無くなっていた。
「二十分ってすごいなぁ」
「僕達も早くしよう」
少し時間をロスしてしまった。
僕はチョウの手を引いて城を出る。見渡した感じでは、魔物の姿は捉えられない。
「じゃあ森に近い方向から歩こう」
「え?」
「なんで『何言ってんの?』って言いたそうな顔で僕は見られてるの?」
「いや、だって……」
矢筒から弓を一本取り出す。
よくテレビとかで姿勢を正しくして、弦を引かないとどれだけ力を入れても弓を放つなんて出来ないと聞くけど。
チョウはお世辞にも姿勢が正しいとは言えないし、そこまで力を入れている感じでもないのに、テキトーに弦を引けるしちゃんと矢は真っ直ぐ飛ぶ。何故かは知らないけど、本当に謎ばかりだ。
「それで? なにがだってなんだ?」
早く探索に出たい僕はチョウの我儘に付き合ってる暇は無いのだが。
そんな僕にチョウは飛んでいる弓を指さした。
目を細めて見ると、弓がターンしてこちらに向かってきている。地面にスレスレに、周りの草を自分に幾層にも重ね、絡めて。
「なんだこれ」
「自動スケボーです」
ふふんと大きな胸を張られる。
確かに見た目は一般的なスケボーだけど。草で出来たスケボーはどういう理屈なのか、地面から少し浮いているのだ。
圧倒されている僕を余所にもう一回弓を放ち、同じものを用意した。
「上に乗って、自分の行きたい方向を念じるだけで動きますよ。でも一つ欠点があって時間制限があるんですよ。何分かわかりませんけど」
先に自動スケボーとやらに乗り込むチョウがほらほらと急かしてくる。
チート夢力に加え、常識に囚われない奇を衒った使い方。いくら脳が細かい夢力の発動事象を教えてくれるといっても、 本人が考えるのが前提条件だ。
「はーやーくー」
「わ、わかったよ」
気が進まないが、草を踏みしめる感触を味わいながらスケボーに乗る。少しグラついて乗るのに時間がかかるかもと思ったが、しっかりとしたスケボーだ。バランスボールとか苦手な僕でも普通に乗れる。
クロも僕の頭の上に乗ってきた。
「便利なのはそれだけではありませんよ。風圧? に気にしなくても大丈夫です。周りに影響しない優しいスケボーですから。なんと手摺り要らず」
ビシッと親指を立てて自慢してくる。
意味分かんねぇ……なんなんだよこの世界。
「強いからでこそ、次からは節約しよう。こんな使い方してたらいつ使えなくなるかわからない。移動が出来るうちは徒歩ね」
ブーイングの嵐だが、これは正常な判断だ。一割は嫉妬からだったかもしれないけど、正論のはず。
「あ、今見ている方向でいうところの三時の方に目標発見しました」
判断が正しくないのか怪しくなってきたところに朗報がくる。
「了解」
三時の方向を見ようとした途端、自動スケボーが発進した。
「え?」と呟く暇もなく、脳で浮かんだ方にひとっ飛びして……人間十人くらいは隠せそうな大きな岩に体当たりすることで止まった。
「いてて」
「ごめん、速度調整出来るようにするの忘れちゃってたね」
発進とブレーキを器用に使い近くまでくると、スケボーから降りて手を出してくれる。
「まあ風圧を受けないのと関係あるかわからないけど、岩にぶつかったダメージは僕にはないから謝らなくて良いよ」
手を取って起き上がると、頭にいたクロが髪を叩いてくる。
「そこの岩陰にいます。敵数二」
空気が強ばる。
緊張が一瞬で世界を満たした。
チョウに下がるようにジェスチャー。チョウが離れたのを確認して、抜刀。
足音を立てないように、静かに近付く。端についたら、岩に背をくっつけ深呼吸。
鼻から空気を吸い込み、肺に溜まった空気を一新して口から古いものを吐き出し、岩陰を覗いた。