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昨日、黒い蝶にぶつかった。  作者: ひーる
第一章
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第二話『夢力』


 浮いているような感覚。

 体がどこにもついていない。しかし落下中というわけでもない。海に体を漂わせているかのようなそんな感覚。


「おーい」


 頭に硬いものが当たる。

 目を開いて見てみると、さっきの王女がアップで僕の顔を見ていた。どうやら当たっている硬いものは彼女の胸板らしい。そういえばチョウと比べると貧相だよな。


「何を思っているのか手に取るように分かりますので、取り敢えず一発叩かせてもらいますね」


 右頬に強烈な一発。

 ぐるんと体が一回転。丁度相手と向き合う形で直立になっていた。立っているというか、浮いているような感じだけど。


「夢力について説明してくれるんだよね?」


「ブレませんね貴方」


 呆れ顔される。


「君はあの王女様本人?」


 僕には関係ないけど。


「質問に答えてないのに質問するのやめてください。因みに今の質問はイイエです。私は彼女であり、彼女ではありません」


「ん?」


「今の貴方は脳内に来ているようなもので、実際の体は寝ていて、更に時間は止まっています。止まっているとは言っても脳内に来て考えるということを直接しているようなものなので、すごーく遅くは進んでいるんですけど」


 身振りに手振りにウィンクに、なんとも人間っぽいのだがどこか人形みたいな話し方。感情が皆無だ。


「おっ、惜しいですよ。人形ではないです。私は貴方がここに来た瞬間の彼女を元に使命を与えられ、ここに作成されます。そして貴方が元に戻ったら私は彼女と同化することで、ここで起こったことを彼女に伝えます」


 くっ、こいつ、直接脳内を……!


「ここ自体が脳内みたいなものですし。文字通り手に取るように分かるますので」


「つまり君は女王本人扱いでオーケー? プラスして伝達役。毎回僕がこの空間に来る度に、女王から新しく作成される」


「その捉え方で正解です。しかし彼女と違って私には感情が無く、ただ使命を果たすために作られていますので、口説こうとしても無駄。それに加えて私本人から罵倒確定なので気を付けてね!」


 きゅるりんとウィンクに手を添えたアイドルポーズ。女王を元に作られてるってことは最初から女王はこの性格だったのかもしれない。


「じゃあ使命を果たす前に、ちょっと質問いいかな?」


「答えられる範囲でなら」


 いきなり真顔。何かのスイッチを押して無理矢理切り替えたかのような豹変ぶりに少々驚いたが、質問をする。


「日本人だけを呼んだのは、この異世界の言語が日本語だからか?」


「その質問には私から答える許可を与えられていません」


「今話している言語は元々この世界の言葉?」


「はい。しかし、この世界にも多種多様な言語が存在しています」


 一個目の質問は答えず、二つ目の質問には答えた?

 じゃあ日本人だけを呼んだ理由を答えることが出来ないということなのか?


「報酬は明日の保証と言っていたけど、今日乗り切ったら明日が迎えられるのか? それとも魔王を殺したらか?」


「今日乗り切れば、明日死ぬ事実を私達が捻じ曲げ、貴方達は送れるはずのない明日を送れます。しかし、人一人の死を捻じ曲げるとなると、我々の奇跡でも多少の犠牲が必要になるので、貴方達は魔王を殺すまでは、必ず数日のうちに再び死を体験していただき、今日に戻ってきて明日の死を無くすための……延いては魔王を殺す為の仕事に精を出していただきます」


「死ぬ理由がわかっていれば自分で回避が出来るだろ。メリットがない」


「それは有り得ません。貴方達には仕事を達成してもらいます。達成出来なかった場合に待っているのは確実な死だけです」


 一先ずここまで聞ければ良い塩梅か。今のでわかったのは、この仕事とやらを終わらせなければ死ぬということだが。


「時間を取らせて悪かった。じゃあ使命を果たしてくれ」


 そうと分かれば、今僕に必要なのは明日を生きる為の術。夢力という仕事を達成するために必要不可欠な能力。

 女王(偽)は……。


「ごめん、説明するには呼び方が必要だったな。僕はアゲハ」


 これから説明や質問で長い付き合いになるだろうしな。偽名だけど。


「揚野羽流。ここは貴方の記憶や見てきた夢を保存しているところですよ? それくらいわかってます」


 バレてた。

 でも僕は自分の名字と名前が好きではない。だからチョウがアゲハという短縮文字を見つけてくれた時、偽名という役割のほかに……なんていうか、その名前に惹かれた。


「分かりました。ではアゲハさんと呼ばせていただきますね」


 心読まれてるの忘れてた。これは観念しなければ。


「アゲハでいいよ。それで君は?」


六色むいしき 未来みらいです。六個の色の未来です」


 金髪にその名前って……異世界だから仕方ないか。

 本名よりもここでの呼び方特有のものが欲しいな。本名で話していたら目の前の女の子の存在を否定している感じがする。でも、僕達の短縮の呼び名だと縁起が悪いよな。


「いいえ、アダ名で呼ぶのならムイミ。呼び捨てでお願いします。それ以外はノーです」


 現実でも心の中で考えていることが多い僕にとって彼女は天敵かもしれない。


「分かったよムイミ」


「本来ならもう夢力について話し終えている頃合いなので、いい加減説明させてもらっていいですか?」


「うん」


 なんなら握手の一つでもしようと思ったが。

 いま思いっっっきり嫌な顔されたからやめておこう。本当に感情が無いのか怪しくなるが、やはり感情のようなものは感じられない。


「夢力。貴方達が今から使うそれは私達の力とは若干違う力なので、理解が完璧なわけではないのですが」


 ムイミが何もない空間に振り返ったと思えば、パソコンのウィンドウのように僕の記憶や、夢らしき映像がこの空間全体に広がる。


「今からアゲハには夢旅行をしてもらい、その中から三つだけ夢を選んでもらいます。その夢で出てきた現象を、貴方は使えるようになるのです」


 それって、明晰夢見れる人有利過ぎるだろ。魔王殺害目指してるなら明晰夢見れる人連れてくれば良いのに、なんでロクに夢も覚えられない僕を。


「その疑問に答える許可を私から与えられていません」


「一々考えたことに反応するのやめてくれ。こっちが反応に困る」


 首を横に折り、「何故?」と言いたそうな瞳で見てくる。これは六色だからか、ムイミだからなのかは分からないけど、ムイミはそこら辺の感覚が理解していないのだろう。

 瞬時に疑問に対応してもらえるのは、別にデメリットではないから良いんだけど。


「では今から夢旅行に」


「待った、夢力の三つってまた変更出来たりするのか?」


「はい。新たな夢を見ると思いますし。いつでも付け替えは可能ですよ。但し、本物の私が近くにいる時だけですが。ここに来たい時は輪をつけたところに触れながら【バック】と一言発してもらえれば」


 この地下まで届くということは、城内であればいつでも能力の変更が出来ると考えていいな。


「もう一つ。勿論夢ってことは体の構造的に有り得ない行動をしないと起こせない事象があるはずだ。その場合は?」


「そもそも貴方達の世界の構造と、この世界の構造は根本的に違うので。外側はそのままだけど、中身は別物なんてザラにありますよ。なので今の質問の答えは気にしなくて大丈夫です。なんがかんだ夢力でどうとでもなります」


「なんか怖いが、了解した。じゃあ夢旅行始めてくれ」


「はい。では一瞬ですがお別れです。行ってらっしゃいませアゲハ」


 礼儀正しく九十度でお辞儀をしたムイミを透けて、僕の夢達が迫ってくる。

 脳を一気に駆け抜けていく夢。

 それは確かに一瞬だったが、十七年分の夢を体験していくのは疲れた。


「はー、疲れた」


「運動不足では?」


「これは運動関係ないでしょ」


「それで好みの夢は見つかりましたか?」


 首を縦に振る。

 好みというには、流石僕の夢というべきか。結構意味不明な夢のオンパレードだった。

 その中で、生き残る為に最善であろう事象が起こっていた三つの夢を思い起こすと、宙に浮かんでる映像から三つ向かってくる。僕とムイミの間に滑り込んでくる。

 ムイミが能力にしたい事象が起こっているシーンをジーッと見つめると。呆れ顔。


「貴方、捻くれてますね」


「生き残る為だからね」


 溜息を吐くと、ムイミが三つの映像を両手で覆う。映像達は、紙のように呆気なく両手に包み込まれた。

 何度か揉むように手を何度か動かし、手を開いた。

 そこには黒いシンプルなヘアピンに、青を基調にしたブレスレットに、銀のハートがついているネックレスがある。


「これは貴方の夢の塊。壊されたら一生その夢は思い出せないし、能力も使えなくなります。更には、夢を見た日の前後の記憶にまで被害が及ぶ可能性もあります。だから無くさない、壊さないように現実に戻ったら身に付けてください」


 あんまりジャラジャラしているのは好きではないのだが、郷に入っては郷に従えだな。

 騎士達が鎧で固めていたのは、このアクセサリーが壊れたり、外れたりしないようにしていた可能性があるな。


「夢力を使うことでデメリットはあるのか?」


「…………」


 黙ってしまった。少し意地悪だったか。

 だが、ここでの無言はデメリットは有りますよと言っているようなものだ。


「……有ります」


 使い方を聞こうとしたところに、まさかの発言。


「それ説明していいのか?」


「この説明については私に一任されていて……アゲハなら受け止められると判断しました」


「それは?」


「何度も使う道具はどうなりますか?」


「脆くなる……ってまさか」


 あのアクセサリーを壊さないようにしていようが、何度も夢力を使い重ねていったらいずれ壊れてしまうということか。

 夢を見た日前後の記憶に被害が及ぶ可能性があると言われ、普通ならこれを聞いたら能力を使わなくなるということか。


「生憎、僕にその心配は必要ないけど」


「そう判断したから言ったんですぅ!」


 頬を膨らませながら踏む地面もないところで地団駄を踏む。

 もういいから使用法について聞きたいなぁ、チラッ。


「はぁ、もう。夢力の使い方は簡単です。夢を思い出す。関連記憶のように何かキッカケを夢と繋げるのです。そうすれば固定した事象を発動させられます。細かい発動する事象内容は勝手に脳が理解させてくれますし。そういうことなので、」


 ……なんか嫌な予感がする。


「技名を考えてください。それが一番確実です。夢に対して記憶力を発揮できていないアゲハは特に」


「マジか」


「マジです」


 目がマジだった。

 そういうのは苦手ではないけど得意でもない僕にとっては、ただただ苦痛の時間。


「コードABCとかじゃダメ?」


「駄目」


「じゃあアゲハ、チョウ、ムイミとか」


「それだと夢じゃなくて真っ先に私達の顔を思い出しちゃいますよ」


 その後も何個か技名案を出し、やっとオーケーを貰えたのは体感時間一時間くらい経ったあとだった。


「じゃあ、アゲハの働きに期待してますよ。また会う時は私は私ではなくなっていますが、多分ちゃんと働いたら新しい私が褒めてくれるので」


「ここまでやったんだ、必ず生きて帰るよ」


 それを聞いて、ムイミはにっこり微笑んだ。その笑顔にはやっぱり感情らしいものは見えなかったが、またここに来たい気持ちになってしまった。


「じゃあ」


 ムイミの指パッチンの音が脳内に響き渡る。

 それが鳴り終えたと同時に、僕は目を開いた。隣にはほぼ同時に起きたらしいチョウが眠気を振り落とすように顔を振っている。

 僕も体を起こして伸びをすると、手の中に違和感があるのを感じ、見てみる。そこにはムイミが作ったアクセサリーが握られていた。

 僕がそれをそれぞれ前髪と左手首と首にかける。右手首にはもう黒い輪ゴムはなくなっていたが、能力の入れ替えの時に触れなければならないらしいから上には被せられないしな。


『では全員が終わったところで、最後の説明をしますね』


 不思議だ。さっきまで目の前にいて話していた彼女と、この彼女は違う。顔も声も同じなのに。

 これも慣れないといけない。

 そして、これから起こるらしい殺し合いにも。

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