零への回想
寝ている間は脳が記憶の整理をしているらしい。
それを初めて今体験している。
最初に思い出したのはやはり黒い蝶だった。何故か理由はわからないけど。
次に昨日の夢……いや、あの王女が言ったことが本当なら今日の一回目の夢で、僕はここに一度来ているということを。
☆
大きな城の目の前にいつのまにか立ち尽くしているところから夢を見た。しかし、僕は明晰夢というものを体験したことがない。どんなに意味不明な夢を見ても、それを夢と思えたことは一度も無い。その時も、その夢は本当に起きているんだと感じてしまった。
「へ?」
素っ頓狂な声を出しつつ辺りを見回す。空は黒い雲が覆い尽くしていた。ただ一点だけを残して。
「月が赤い」
紅に鈍く輝く月は、まるで血でも被ったように不気味に、しかし美しくこの世界を照らしている。
後ろを振り返ると、大きな城門があった。その城門が振り向くタイミングを見計らったかのように地面と擦れる大きな音を立てながら両開きに開く。
そこから見えたのは、だだっ広い草原。それともう一つが、『黒い何か』が走っている姿だ。
その何かは人間じゃない。僕が知っている生き物とも違う。
「こっちへ来い」
不意に野太い声をかけられる。
声をかけてきた人物は、よく見る西洋の甲冑というか、鎧というか。銀色に光るものを身に纏い、僕を城内に招いた。
城に入る選択肢以外何もない僕は、その黒い何かが城壁にいた兵士に射抜かれようとしている現場を、その結末を見る前にそそくさと城に入った。
扉が閉まるその瞬間。
なんともいえない悲鳴が耳に届いてくる。しかし、前にいる騎士は何食わぬ様子でただただ歩いて行く。
僕も何も言わずに後を付いて行った。
奥の方へ進んでいくと、バックにある月だけが部屋内を薄く照らす真っ暗な部屋に連れていかれた。
「あの」
質問しようとしたら、パッとライトが階段の頂上にある玉座に当たる。そこには、よく物語に出てくる、王冠を被りフリフリのドレスを着こなしアクセサリをじゃらじゃら身につけた僕と同い年くらいの金髪ドリルの女の子が座っていた。
途端、先程の騎士に両手を後ろに回され、手首を掴まれて部屋の中央まで押されると前に押し出される。
文句を言おうとして振り向いたが、既に素早い行動で部屋の端に直立姿勢でいた。
周りを良く見ると誰もいないのに同じような動作をしている騎士が九人いる。
「暴れたり叫んだりしている人もいますが、無駄ですよ。特別な力が働いているので」
王女が空気を見ながら言う。いや、僕には空気に見えているだけで王女には他の人が見えているのかもしれない。
「あの、誰と話しているんですか」
僕が手を挙げて質問すると、王女は感心したように頷いて説明を始めた。
「今は簡単に済ませますが、ここは貴方達から見たら俗に言う『異世界』です。今は見えていないですが、この部屋には十人の日本人が集まっています」
日本人? なんで日本人限定なのだろうか。そう問いかけようとしたが、口が開かない。これがさっき言っていた特別な力か。
「貴方達が選ばれた理由はありますが。まあ割愛で」
何か叫びたい気持ちになった。叫べるわけがないけど。
「それで、呼んだ理由なのですが。えーと、なんと言いますか……そう、殺し合いをしてもらいます」
王女が笑顔で言葉を放つと、ドチャッと嫌な音を立てながら何かが落ちてきた。僕はそれを先程見ていた。
「これはこの世の魔物。今我々はこの魔物達に追い詰められています。貴方達にはこの魔物を統べる魔王を殺していただきたいのです」
ヒューヒューと、黒い何か……魔物と呼ばれた物体から聞こえてくる。よく見ると、ギリギリ顔と思しき部分は原型をとどめていたのか、ギザギザの歯が生えた口から苦しそうに息を吹き出しているらしい。
胃の中から上へ上へと気持ち悪いものがせり上がってくる感覚。それを吐き出さないように口を手で塞ぐ。
こんなやつと殺し合う? 冗談じゃない。そもそもこっちにメリットなんかないじゃないか。
「ん? 皆さんそちらのメリットについて聞きたそうな顔をしていますね」
こちらの心の声でも聞こえているのか、王女を首を縦に振り「わかりますわかります」と呟くと。
「メリットなんて、皆さんの明日を保証する事くらいですかね」
明日を保証?
「皆さんはここ最近で《死の前兆》と呼ばれる現象を体験していまして……皆さんは明日死ぬんですよ」
シーンと場が静まる。静まるも何も、喋っていたのは目の前の王女だけなのだが。それでも見えない僕と同じ境遇の人が呆然としているであろうと予想出来る。
馬鹿馬鹿しい筈なのに、不思議な説得力があった。
脳内には、昨日から瞼の裏に焼き付いたままの黒い蝶が俺を嘲笑うように、ヒラヒラ飛び回る。
「ん、もう時間ですね。今のところ説明はここまでにして、では皆さん」
夢なのに眠気が襲うという言い方もおかしいが、その時は瞼が重くなり、大理石のような地面にうつ伏せに倒れ込んでしまった。
「明日死んだら、今日もう一回会いましょう」
その後起きた僕は、「嫌な夢だったな」と、覚えてないけど嫌な夢だった事だけを体に覚えながら一日を過ごした。そして、高二としての一般的な青春を過ごし、学校から家へ友達と帰っている途中にあの交通事故にあったんだ。