零話『悪夢の始まり』
昨日、黒い蝶にぶつかった。
あの綺麗な蝶の種類はなんだったのだろうかなんて、どうでもいいことを考える。
きっと、あの蝶は僕にとってのバタフライエフェクト。蝶の進路を変えてしまった僕に返ってきた道筋は死へと続く一本道だった。
友人が「人は死ぬかもしれないって時に初めて自分が生きていたんだと感じるらしい」と言っていた事を思い出した。
生きていたんだと感じはしない、どちらかと言うとこれが本当に死ぬ事なのかと確認出来たくらいだ。
痛みや苦しみが長く続かない分、今までの僕の生活の中では優しい方かもしれない。
どこかからサイレンの音が近づいてくるのが聞こえる。
そこで僕の意識はこの世から消え去った。
☆
目をこする。誰かに呼ばれている。
寝惚けている僕の目に光があたり、目覚めることを余儀なくされた。
目の前には窓から見える真っ赤な月。その前には玉座に降り注ぐ一柱の光。
それ以外の光は無く、周りを見ても目を凝らさなければ何も見えない暗い部屋。
あれ……ここって……。
「明日ぶりに皆さんにお集まり頂いたのは他でもありません」
透き通る声で僕達に届けられたドス黒い通達。それはここにいるらしい十人の人間を生贄に選んだ事を告げる白羽の矢。
思い出してしまった。これは悪夢だ。いや、悪い夢だったはずのものだ。
しかし声をだそうとしても、昨日同様に声が出せない。
「貴方達にこの世界を救ってもらいたいからです」
スポットライトを浴びながら玉座に座っている王女が頭を下げた事で金髪のドリルがバネのように揺れる。顔を上げた時に見えた彼女の表情は、救世主が来て喜ぶ笑みではない。
あの表情はきっと、僕がよく知っている──。
「ではまた後で会いましょう」
その声を合図に、周りに立っていた銀色の鎧を着た騎士が僕の両腕を持ち上げて城の地下へ地下へと引っ張っていく。夢で言っていた何か特別な力が働いているのか、振り解こうとしても振り解けない。
他の誰かを持っているのであろう騎士達も、同じように地下へ潜り、一階ずつ二人一組で脇道に逸れていった。
最後の最後、まだ下に続く階段はあるようだったが僕と誰かを抱えた二人の騎士は、乱雑に鉄格子で出来た牢屋へと閉じ込めた。
「放送がかかるまでは休んでいろ」
これまた乱暴に、鉄格子に蹴りを入れて騎士は去っていく。
牢屋の中は至ってシンプル。上下左右後ろを土で囲まれただけ。ベッドもトイレも藁も何もない。
だけどそんなことは今は関係なかった。
「僕は、本当に」
昨日……いや、今日一回目の夢で言われた事を思い出す。
【明日死んだら、今日もう一回会いましょう】
「死んでしまったのか?」
確かに、交通事故血を大量に流して意識を絶ったことは記憶は残っている。
でも脳が追いつかない。キャパオーバーした僕は、この悪い夢から覚めたい一心で寝につくことにした。
同じ部屋にはいるが、どこにいるのかわからない誰かを気にしてる余裕など無いのだ。
牢屋の隅に背中をつけ体育座りになる。顔を膝に埋まらせて目を閉じた。きっと、目覚めたらいつもの日常に戻っていると信じて。