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家畜転生  作者: 羊の缶詰
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家畜の楓



驚くほど、自分でも冷静だった。鼓動も高まらないし、息一つ上がらない。きっと何かが変わるはずだと思った。なのに、心の中からは無力感が溢れてくる。制服に飛び散った返り血が妙に生暖かい。



「なんで、だろう」



宮島椿は手にした包丁を眺めた。刃先にはまだ新しい赤い液状の何かが滴っている。目線を更に先のほうへ向ける。誰かがうつ伏せに倒れていた。背中には刃先に付着しているものと同じような赤い液体が溢れていて、ピクリとも動かない。



「どうして、だろう」



ぼんやりと呟いた椿の言葉に、返事は何も返ってこなかった。目の前の人だったもの、赤羽久美子は既に絶命していた。楓を自殺に追い込んだいじめの主犯格。何度殺しても殺し足りないくらい憎い相手。無防備な背中を刺す前には、次に殺す相手も決めていた。



「ああ、そうか」



椿の手が突然震え出し、手にした包丁を落としそうになった。目には楓が自殺して以来の涙が溢れてくる。もちろん罪悪感からではなかった。



幼い頃からずっと大事な存在だった楓。二つしか歳が違わないのに、自分よりも可愛くて純粋な妹は自分が守らなくちゃ、と思っていた。なのに、気づく事ができなかった。中学校の卒業を間近に控えて、学校の屋上から飛び降りたその時まで。



「家畜の楓」



クラスで妹がそう呼ばれていたと知ったのは、楓が自殺して一週間ほど経った後だった。妹の自殺で死んだように鈍化した心に、その一言でゆっくりとどす黒いものが点火した。そして、主犯格探しのために片っ端から関係者のSNSを漁るなか、その筆舌に尽くしがたいいじめの内容を目にして広がっていき、偶然聞いた赤羽久美子の言葉で爆発した。



「そろそろ次の家畜探さなくっちゃ」



家畜。家畜家畜。人のために生かされ、その命まで人に使われる存在。なら、楓はお前達を楽しませるために生まれてきたのか。夜眠れないからって布団に潜り込んできた楓。焦げだらけの卵焼きを作ってくれた楓。将来看護師になりたいと赤点だらけのテストを見せてくれた楓。笑う楓、無く楓、照れる楓。そんなコロコロと変わる表情はもう見る事ができない。



椿の中の抑えがたい憤怒が、純粋な殺意に変わる瞬間だった。




そしてその殺意が急速に萎んでいくのがわかった。



「楓……」



返事は何も返ってこない。



「だって……」



もういないから。



「なんで……」



死んだから。



「どうして……」



自分が気づいてあげられなかったから。



赤く汚れた袖で顔を拭った椿は息を大きく吸い込んだ。そして、自身に残った何もかもを吐き出すように呟いた。



「ごめん」



手にした包丁を逆手に持ち替え、自身の喉に突き刺した。激痛と共に空気が漏れる音が聞こえてくる。自分の身体からこんな音が出るなんて。そんな事を考える余裕がまだあるんだ。楓はそんな余裕はあったのかな。



「お姉ちゃん」



わかってる、これは幻聴。私は狂ってなんか無いよ。ただ、後悔しているだけ。私が一番殺したっかのは、自分自身。その事に気がついただけだから。私が楓のために何かをする資格なんか無いんだった。でも、もしも楓が許してくれるのなら。



「今度こそ、ちゃんと守らせて」



誰にも、家畜呼ばわりなんてさせない。楓は、人間だから。




椿の息はそこで途切れた。それを見計らったようにサイレンの音が鳴り、携帯端末を持った野次馬も集まり出した。


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