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桜の樹の下、眠り姫の春

作者: 海獺屋ぼの

裏月 桜の樹の下


 その色はどこまでも透き通っていた。空の蒼と混ざって日本の春の訪れを告げているようだ。文字通りの桜色である。

私が最も愛する花、ソメイヨシノ。

 桜の季節が訪れ、私は実家のある茨城へと戻ることになった。実家に戻ると双子の妹と幼馴染の茉奈美と麗奈が私を出迎えてくれた。

「おかえりー」

 私の同級生三人組はハモるようにそう言うと玄関で私を出迎えてくれた。(ちなみに一人は家族だけど)

「ただいま!」

 私は自分自身の顔に自然と笑みが零れるのを感じながら彼女たちの顔を一人ひとり眺めた。妹のルナはすっかり大人っぽくなってふわふわした感じの女の子になったようだ。高校時代から彼女は女性的だったけど、それにさらに磨きがかかったように感じる。(私の妹とは思えない)

 茉奈美は相変わらずといった感じで、ちょっとだけやんちゃになったように見えた。麗奈も相変わらずのようだけど、少し疲れているのか表情は以前より硬くなったように見えた。

「みんなひっさびさだね! 成人式んときは行けなくてごめんねー」

「ほんとだよ! ウラの振袖姿見たかったなー」

 茉奈美はそう言って、笑いながらも不満げな表情を浮かべた。

「まぁウチは成人式行かなかったけどね! 中学んときの同級生にトモダチいないし!」

「麗奈さぁ、そんな悲しい事言うなよ……」

 麗奈は自虐的なことを言いながらもヘラヘラ笑っている。確かに麗奈には友達が少なかった。二十歳になっても付き合いがあるのはこの四人だけではないだろうか?

 私たちは共に九日北小学校からの腐れ縁だった。ずっと同じ学校だったから(ルナは別の高校に進学したけど……)同級生たちからは九日カルテットと呼ばれるほどだ。

「そしたら始めようか?」

 ルナはそう言うと小走りで台所に飲み物と簡単なオードブルを取りに行った。

 今日はミニ同窓会をやることになっていた。同窓会と言っても九日カルテットで集まって飲み会をするだけなのだけれど、久しぶりなので私はすごく嬉しかった。なんだかんだ言ってもやっぱり幼馴染と一緒にだべりながら飲むのは最高だと思う。

「今日はねー。奮発して美味しいもの揃えたんだよー」

 そう言いながらルナは高級そうなローストビーフや上品そうなサラダの入ったトレイを私の実家の縁側に並べていった。

「わー、やべーよ! すんげーうまそーじゃん!」

「ウラさー。今更だけどあんた言葉遣い悪すぎじゃね? もうちょい考えたらよくね?」

 茉奈美。あんたにだけは言われたくない。

「ハイハイ! そしたらお酒も用意してあるから始めるよー!」

「わーい! ルナ気が利いてるー! さすが九日カルテットの頭脳!」

 麗奈はよくわからない褒め言葉をルナに掛けると素手でオードブルに手を伸ばしてつまみ食いをした。行儀の悪い女だ。

 こんな風にルナ、茉奈美、麗奈と一緒にお酒を飲みながら花見ができる日が来るなんて昔の私からは想像もできなかった。私は高校も中退したし、一時期は実家にも出入り禁止だった。

 色々あって実家にも戻れたし、こうして仲間で一緒に会いたいときに会えるのはすごく嬉しい。

 私の実家の桜の樹はまさに今日見頃だった。風が吹くと少しずつ花びらが舞い上がり、縁側にも舞い込んできた。

「ウラは最近どうなの? ウチは仕事辞めたいよー! 先輩めんどくさいし、嫌味ばっか言われんだよね!」

「んー? 私も似たようなもんだよ。先輩っていうか……。お世話になってるバンドの人にはかなりパシられるしさー。夜中に起こされるのなんか日常茶飯事だよ」

「でもさー。ウラはいーよねー。あの『アフロディーテ』の側にいっつも居れんじゃん! ウチも付き人にしてもらいたいなー」

 私は麗奈のその言葉に苦笑いしてしまった。たしかに『アフロディーテ』の月子さんの付き人ができて幸せだとは思うけど、それ以上に苦痛に感じることも多いのだ。

「茉菜美は最近どうなん? リョウと結婚しないの?」

「うーん……。リョウはまだ遊びたいみたいなんだよねー。アイツ、パチ屋で働いてるくせに自分もパチンコでお金使っちゃうしさー。正直結婚とか不安しかないよね」

「まぁリョウらしいってばらしい気もすっけどね……。さっさと子供つくってデキ婚しちまえよ!」

 茉奈美は「んなわけないだろ?」って言ったけど、満更でもなさそうだ。

「で? ルナはどうなの?」

 私はルナに話を振ろうと妹の方を向いた。

「ありゃ? ルナ寝ちゃってる……」

「寝かしといてやってよウラ! ルナ昨日も仕事終わってからお父さんのこと探しに行ってたんだよ……」

「マジか……」

 私たちの父親は二年間に蒸発してしまっていた。ルナは時間を見つけては親父の消息を探しているようだった。最初の頃こそ私も妹を手伝って探したけど、今は仕事も忙しくなり、すっかり父親探しが疎かになっていた。

「ウラはあんまり仲良くなかったかもしんないけど、ルナはお父さんが大事なんだからさー」

 私は茉奈美にそう言われて少しバツが悪くなってしまった……。


「あれ? 茉奈美たちは?」

「おはようお寝坊さん。もう二人とも帰ったよ!」

 ルナは眠そうに目をこすると「そっかぁ」と言って小さな欠伸を一つした。

「お姉今日は泊まってくんでしょ?」

「うん。明日朝一で出発するよ! ルナも明日は普通に仕事でしょ?」

「私は休みだよー。代休なんだ」

 私たちは二人きりで実家の縁側に座って桜の花びらが舞い落ちる様子を黙って眺めていた。その散りゆく様子は春が終わりをつげ、少しずつ季節が夏に駆け上がっていくのを私たちに教えてくれているようだ。

「桜は綺麗だねー。私はウチの桜の樹が昔から好きだったんだー。なんか父さんはあんまり好きなじゃなかったみたいだけどさ。なんか懐かしい気持ちになるんだよねー」

「そうだったねー。お姉は小さいころから春先はずぅーと桜の樹を下から見上げてたよね。私は父さんに近寄るなって言われてあんまり見た記憶ないけどさ……」

 ルナはそう言うと、体育座りするように膝に顔を埋めた。

「父さんのこと何かわかった?」

「なーんにも……。親戚関係当たったけど無理だったし、父さんの古い友達も知らないみたいだったよ……」

「そっか……。まだ探すつもり?」

「うん……」

 それから私たちの間には沈黙が流れた。風が出てきたのか草木が騒めく音だけが妙に耳に刺さる。

「まぁ、私も探してるよ! どっかには居るんだろうからねー。ルナもあんまり無理しないでよ!」

「ありがと。早く見つかるといーなー」

 ルナにはそう言ったものの、内心私の中では父親は既に死んでいるのではないのかとさえ思えていた。いくら何でも情報が少なすぎる。

「お姉も忙しいんだからあんまり無理しちゃだめだよ?」

 ルナはそう言うと穏やかに笑った。

 桜の花びらは庭に敷き詰められ、美しい桜色は穏やかに私たちを包み込んでくれた。

 願わくば、最愛の妹が幸せにならんことを……。


月姫 眠り姫の春

 私は桜の樹が嫌いだった。

 幼い日に庭の桜の樹で姉と遊んでいたらなぜか父にすごく怒られたのだ。姉は気にせず遊んでいたようだけど、私はそれ以来、その桜の樹には近寄らなくなった。

 春という季節が嫌いだ。

 なぜか私は春先になると酷く憂鬱な気持ちになってしまう……。

実家に帰省していた姉が東京に戻る日の朝、私はいつも通り朝食の準備をしていた。その日は姉も早起きして一緒に朝ご飯を作った。

「ルーちゃんお味噌とって!」

 姉のヘカテーはお道化たようにそう言うと、私に手を伸ばしてきた。

「もう! いつまでもルーちゃん、ルーちゃん言わないでよね! 子供じゃあるまいし……」

「いーじゃんよ! 可愛い呼び方だと思うけどなー」

 姉はそう言いながら味噌汁に刻んだカブを入れていく。

 すっかり姉は生活力がついたようだ。元々姉はあまり家事が得意ではなかった。高校中退した時に家出して家事全般を覚えたらしい。

「よぉーし! じゃあ朝ご飯にしよー!」

 姉は食器に朝食を盛り付けるとダイニングテーブルへと運んでいった。

「いっただきまーす‼」

「いただきます」

 私たちは他愛のない話をしながら一緒に朝食を食べた。

 姉の話だとバンド活動は順調らしく、お世話になっているメジャーアーティストにも良くしてもらっているようだ。

「じゃあもうちょっとでお姉もメジャーデビューできるの?」

「できるって! 月子さんマジでパないよ! あの人に付いてりゃ何とかなる気がする!」

「よかったねー。お姉はすごいよ! 本当に音楽で生計立ててるんだから」

 私がそう言うと、姉はわざとらしく「エッヘン」と言ってドヤ顔をした。地味にウザい。

「よくわからないけど、芸能界……? って大変なんでしょ? あんまり無理しないでよねー。怪我とか病気としたら大変じゃん?」

「大丈夫だって! 頑丈なのが取り柄のヘカテーちゃんっすよ?」

 姉は本当に幸せそうだった。バンド活動も恋愛も楽しくて仕方ないようだ。そんな彼女の姿を見ていると自分が情けなくなった。仕事も毎日地味にこなし、色恋沙汰もない……。おまけに、過去の恋愛に未だに縛られていた。

「ルナはいい人とかいないのー?」

 不意に姉は私にそう聞いてきた。余計な事を。

「ないかなー。仕事ばっかりだよ。お姉みたいに恋愛しまっくたり出来ないって」

「もったいねーなー。ルナは私に似て可愛い顔してんだからもっと積極的になんなきゃ! そうしないとあっという間にババアになっちゃうよ」

 本当に五月蠅い。ほっといてくれ。

 朝食が終わるとすぐに姉は荷物をまとめ始めた。

「もうちょっとくらいゆっくりしていけばいいのに」

「そうもいかないんだよねー。ウチの上司うっさいからさー」

 姉はキャップを被るとバックを肩から下げて髪を掻き上げた。

「じゃあねルナ! 何かあったらすぐに連絡しなよー」

「うん。気を付けて帰ってね! 来てくれてありがとー」

 そうして、姉は東京へと戻っていった。

 姉が居なくなると急に家の空気が重くなってしまったように感じた。いつもこの家に一人のはずなのに、酷く孤独な気持ちになった。

 私は何となく昨日みんなで飲み会をした縁側に腰かけると庭の桜の樹を眺めた。昨日に比べると幾分花が散って盛りを過ぎてしまったように見える。

 その桜の樹は私がまだ幼い頃からそこに立っていた。見事な花をつけるソメイヨシノで近所の人も通りがかりに眺めて通るほどだ。

 春の穏やかな日差しとそよ風に包まれた私はウトウトと夢の世界に落ちていく……。


 不思議な夢を見た。

 桜の樹の下に長い黒髪をなびかせた女の人が立っている。彼女は少し寂しげな表情で私を見つめていた。夢の中だというのに相変わらず眠い。

「眠いの? ルーちゃん?」

 女の人は優しい口調で私にそう尋ねてきた。

「いくら寝ても寝足りないんだよね……。それで……。眠るといつも同じ夢を見るんだ。同じなのはわかるんだけどその夢を思い出せないんだよね」

 私はその時、夢の中にいるとはっきり認識していた。

「あなたは誰? あなたを知っている気がするんだけど思い出せないんだよね……」

 私がそう言うとその女性は悲しい顔になった。

「ルーちゃん……。ごめんね……」

 女の人はそう言うと歩み寄って来て私の頬を優しく撫でた。

「なんでそんな悲しそうな顔をしているの?」

 何故か私はその女性にそう聞いていた。やはりどこかで見たような顔をしている。

「ずっとルーちゃんの側にいてあげるって言ったのに約束破って本当にごめんね」

 そう言うとその女の人の瞳から大粒の涙が零れ落ちた……。


 眠ってしまっていたようだ。最近仕事が忙しすぎたのかもしれたい。どうも春は苦手だ。

 あの女の人について考えてみる。一体誰だったんだろう……。

 春は本当に嫌いだ。いつもこの陰鬱な気分になる。

 仕方がないから、春はたくさん眠ろう。

 そしてあの人に……。

優しい笑顔のあの人に夢の中でまた会いに行こう。


あとがき

 皆様初めまして、海獺屋ぼのと申します。

 この度は「桜の樹の下、眠り姫の春」を手に取って頂きありがとうございました。

 この話は「Ambitious!」の時間軸の約一年前の話になります。久しぶりに茉奈美と麗奈も登場ですね。

 京極姉妹の話のインターバル的な話なのですが、書いていてとても楽しかったですね。本筋の伏線でもありますので、「ツキヒメエホン」を読む前に読んで頂ければ幸いです。

 ルナとヘカテーの物語も残りわずかとなってきました。この姉妹はこれからどこに向かうのか、拙作でありながらとても楽しみです。

 では、次回作にて完結となりますので何卒よろしくお願いいたします。

 ご拝読いただきまして本当にありがとうございました。

海獺屋ぼの

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