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霧戦争二次創作シリーズ

僚機

作者: SB2S

 言葉を選ばずに言えば、彼には仲間など居なかった。懇意にしていた仲介屋は死んだ。同じ戦場に出るハイドラ乗りたちは、時に協力的だが、結局は利害の一致した同業者に過ぎない。行きつけのバーに居る硬質な連中も似たようなものだ。バーの中では気のあう常連客として振舞っていても、戦場で出会えばそうはいかない。彼が目の敵にしていた企業連盟も利益のために膨れ上がった強大な組織であり、同じ穴の狢であることを思い知らされる。

 思想信条の問題でもある。サクラは速さを尊び、その名の通り爆ぜるような速度を好む。抱え込んだ体質が遅いものを認識させづらいことと比例して、速いものに対する嗅覚はずば抜けていた。

 ハイドラ大隊の力は強大だ。残像領域にあって、霧笛の塔を企業連合が飲み込んだのは当然の危機管理といえる。いくら金を積もうとも、最終的に物を言うのは力だ。そして力とは、サクラにとっては速さのことに他ならない。


 彼の味方をするのは、戦場では決まって一つの機体だけ──僚機だけだった。正式な手続きの上に組んだ関係ではない。目的の達成のため、いくらか金を積んだ上での僚機登録。厳密に言えば味方をしているのではなく、サクラ自身が有利に動けるよう、その機体を利用して立ち回っている。

 機体名は分からない。大隊のデータベースに登録された搭乗者の名前は二文字だったが、あまり気にしたことはなかった。そのハイドラの完成度の前には、言葉も不要だった──脳裏に刻まれた光景を前に、音は遅すぎて何も伝えられない。だから言葉を交わしたことも無い。向こうからの連絡がないことを見るに、相手も同じことを考えているのだろう。言葉を伴わない相互理解ほど速いものは無い。

 とにかく、何もかもが規格外だった。想定外でもあり、範疇外ともいえる。そのハイドラには頭しかなかった。ハイドラには九つの首があり、HCSを用いたその拡張性の高さこそがハイドラの強さだと言われる。拡張性の高さは、裏を返せば対応力、総合力の高さでもある。残像領域の天候は不安定だ。霧の濃い日、電磁波の強い日、不確定な要素が多ければ多いほど、地力が問われることになる。トロトロと地面を這いずり回るコロッソスや、来る日も来る日も飽きもせず突っ立っている電磁鉄線らの決定的な違いはその部分だ。

 例の機体の恐ろしさもそこにある。生まれながらにして無敵の可能性を持つハイドラの接続端子、何千何百とある組み合わせ。人間の脳の処理能力で考えるには広大すぎる砂漠にあって、頭部のみのアセンブルという形で砂漠を砂粒に変えている。いわば膨大な情報量を瞬間的に処理しているのだ。

 九つの頭のハイドラは、悩むプロセスを必要としない。脚部、棺、頭。組み入れるパーツは天地開闢の原初より定められており、那由他の可能性から不要を削ぎ落とす決断には刹那の隙すら生じない。一つの戦場が終わることと、次の戦場のアセンブルが決まることの間には一切の無駄が無い。思考の停止と謗るものも居るだろう。だが、サクラには分かっていた──それがあまりの速さゆえ、凡百の認識しうる速度を超越しているのだと。

 当然、誰かと組むことにはメリットがあった。戦場に居るライダーは、僚機を最小最大の単位として協力する。二十分の一よりも、二十分の二のほうが利が多いのは数字の上でもすぐに(すぐには早い)と分かる。

 一つ、自身の機体──サクラが”俺の”と称するハイドラには、索敵機能が欠けており、例の機体は索敵に特化──見れば分かる──したものである点。二つ、あまりにも目立つ例の機体は、敵の目を引きやすく、その隙に彼が得意とするところの攻撃行動を行いやすい点。そして三つ、時折放たれるまばゆい光が示すように、例の機体も彼と同じでエンジンを積んでいない点。残像領域の攻撃の中で、最も対処が難しいのが粒子攻撃だ。特にエンジンを積まない場合、耐粒子防護力場を展開することが出来ず、極端に防御性能が落ちるという問題がある。例の機体は死地を選ばない。その嗅覚(視覚か?)の鋭さで、粒子攻撃を備えた戦地を悉く回避していた。同じ戦場を選んで行けば、死のリスクは軽減できる。当然、自分で考えるよりも速いし楽だった。


 致死攻撃の飛び交う戦場を、ブースターも飛行ユニットもなく飛び回り、そして生きて戻ってくる。この戦場にあって、ハイドラの機動力に頼らずに攻撃を避け続ける例の機体は化け物じみた回避壁だ。聖ヨケルギウスの教えを引くのは癪に障ったが、例の機体にぴったりの聖句がある。

──主は言われた。我がしもべは避けた。避けぬものは恥よ。恥を避けよ。その生き物は主の言葉通りに動いた。主はその生き物に回避の自由を与えた。

 聖ヨケルギウスの言葉、旧避聖書の一説にあるヨケタノオロチを指す一節。ドッヂウォールは聖ヨケルギウスと彼に委託された全ての回避壁を狙っている。ならば、伝承の通り大量の頭のある回避存在ヨケタノオロチと特徴を同じくする例の機体を狙ってくる可能性は低くない。ドッヂウォールとの因縁に決着をつけるには、どんな形であれ強引に接触するほかない。

 四つ目のメリット、回避壁への接近。その判断が正しいか否か、答えはすぐに(すぐには早い)出るだろう。何より、サクラは”速い”のだから。

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