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【8.最悪な撮影見学】

もの凄く久し振りの更新です。楽しんでただければ好いのですが……

「もう少し、右下を向いて。――そう、視線も落として。OK、好い感じ」

スタジオ内に、壱哉の少年のような不思議なトーンのよく通る声と、カシャ・カシャ、とカメラのシャッター音だけが響いている。

先日、何が何だか解らないまま専属モデルになることを承諾させられたアヤコは、「取敢えず、撮影現場を見学しにおいでよ」と言う壱哉の提案を、これもまた半ば無理やり受け入れさせられる形で、壱哉が撮影しているフォトスタジオへ見学に来て居た。


あれから、何となく気になって上条壱哉と云う写真家について調べてみたアヤコは、彼が国内外で開催されたここ数年の間の新人賞を総なめにしていて、現在、若手と言われているカメラマンの中で間違いなく一番と言って好いほど注目を浴びている人物である、と云う事を知ったのだった。

改めて、モデルの件を受けてしまった事を少し後悔したアヤコだったが、彼の言った言葉が頭の中にこびり付いたかのように取れなくて、結局、未だに断りそびれているのだ。


――何もしなけりゃ、今のまんま。一生、退屈なままなんだよ?自分の人生だもん。楽しまなきゃ損でしょ――。


高校生みたいな顔と声で、いつもは外見通りのどこか一本ネジの抜けた言動ばかりのくせに、あの時だけは、何故かちゃんとした大人の顔をしているように見えた気がした。

アヤコは、キレイにポージングを決めた女性モデルたちを、軽やかにダンスでも踊るかのようなステップで撮影して行く壱哉の後ろ姿を見詰めながら、先日の彼の言葉を思い出していた。

彼の言葉を心の中で反芻した瞬間、心の奥底の方で『ナニカ』がその言葉に反応して、少しだけ、ほんの少しだけだけれど、再び蠢いた音が聞こえた気がした。アヤコの中でずっと燻っていた『ナニカ』が――。


「はい、オッケー。凄く好かったよ〜。お疲れさま〜」

一際ハッキリとした声で壱哉が言うと、女性モデルたちも同じ様に「お疲れ様でした〜」

と口にして、スタジオ内が一気にリラックスしたムードになる。

スタッフたちもまた口々に同じセリフを言い合っては、いそいそとスタジオ内の片付けを始めたのだった。


「――どうだった、実際に見てみて?」

壱哉が先ほどまで使用していたカメラを片手に持ったまま近付いて来て、声を掛ける。

「どうって言われても……。あんなのを私に期待されても、無理だから」

アヤコはモデルさんたちのキレイなポージングを揶揄して言った。

「あはは、当り前だよ。彼女たちは、プロだからね。少なからず作品のために表情を作ってる。アヤコちゃんには、もっと自然な感じの――この間の看板みたいなリラックスした表情を期待してるから」

褒めてるんだか、そうでないんだか。イマイチ好く解らない発言をして、アヤコに向かって軽くウインクして見せた。

壱哉の言動にどう突っ込んでも好いものか思案していると、先ほどカメラのファインダーの中に居たモデルの一人が、ハイヒールの音を軽快に響かせながら近付いて来た。

まだ高校生くらいのあどけない顔にばっちりとメイクが施されていて、どこから見ても人気美人モデルって感じだ。自分が美人である事を十分に知っているのだろう。彼女を包むオーラが自信に充ち溢れている。


「壱哉センセ、この子が今度のバンビちゃん?」

何だか少し棘のある言い方だった。彼女と初対面のアヤコには、それが何に対する棘かは判らない。が、壱哉はその棘に気付いていないのか、さして気に留めた風でもない。「バンビちゃんって何よ?」と、アヤコが視線で壱哉に訊くと、彼は少し微笑んで口を開いた。

「そ。彼女は俺が無理言って頼んだんだ。彼女の情報は非公開にするから、アイちゃんも秘密にしといてね」

壱哉が子供みたいに唇の前で人差し指を立てる仕草をする。彼の発言から察するに、どうやら、バンビちゃんと云うのは彼の写真集のモデルの事らしい、とアヤコは理解した。

「ええ〜。センセ、次はアタシを撮ってくれるって約束したじゃん〜」

「あれ、そうだったっけ?ごめんね〜。でも、アイちゃんくらいのモデルさんなら、俺の写真集なんて小さい仕事でしょ!?」

「そんなことないよ!アタシ、壱哉センセの仕事なら、他の仕事蹴ってでも大歓迎だよ〜!」

「あはは、ありがと〜。でも、今回はもう決めちゃったんだ。ごめんね。だから、また機会があったらヨロシクね」

「絶対だよ!?約束ね!」

そう言って、壱哉の腕に縋り付くような仕草で彼にすり寄ると、丁度壱哉の正面に当たる位置に居たアヤコの方を視線だけで振り返って、フフンと鼻で笑った。アヤコはアイの態度に、何だか馬鹿にされたような、妙に釈然としない感覚を覚えた。さっきの棘のある発言といい、事情を呑み込み切れていないアヤコは少し困惑気味になる。


「アイ〜。次の仕事遅れるわよ〜。早く支度しなさい!」

スタジオの入口辺りで、彼女のマネージャーらしき中年の女性が催促の声を上げた。

「ちぇ、タイムオーバーか。しょうがない……。壱哉センセ、さっきの約束、ゼッタイだよ?」

心底詰まらなそうに呟くと、絡めた腕を彼女の胸に押し付けるようにしてギュッと抱き込むと、念を押すように壱哉を上目づかいで見上げながら言った。

「解った、解ったから。早く行かないと、園居さん困ってるよ?」

壱哉が苦笑しつつも、アイを促す。

「は〜い。じゃあ、壱哉センセ、お疲れさまでした〜」

アイは仕方なさそうに彼の腕を離して、再度挑戦的な視線でアヤコの全身を観察するかのように見遣ってから、別人のように元気好く言うとスタジオの入口の方へと足早に向かって行った。

アヤコは、名残惜しそうにスタジオを後にするアイの後ろ姿を眼の端に留めながら、なるほど……と、先ほどの棘のある発言と彼女の態度に、まるで他人事のように納得していた。


「……流石、おモテになる事で」

「え?アヤコちゃん、何か言った?」

無意識に呟いた皮肉の込もった言葉に、自分で驚く。幸い、壱哉には聞こえて居なかったようだ。


「――何でもない」

同時に、一瞬何かの感情がアヤコの心の中に顔を出した気がしたけれど、この時のアヤコは、自分が他人の色恋沙汰に興味を持つなんて珍しいな、くらいにしか思わなかった。


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