【7.最悪な再会(II) 】
第5話〜第8話まで一気にUPしました。
楽しんでいただければ、嬉しいです。
壱哉とアヤコは、取り敢えず交差点から離れて手近なスタバへ入ることにした。カフェラテとカプチーノを受け取ってトレイに乗せると、カウンター席に横に並んで腰掛ける。目の前には、例の看板広告が見るつもりがなくても視界に入る位置にある。アヤコはなるべくそっちの方を見ないようにして、口を開いた。
「……で、また渋谷でナンパ?」
「ち、違うよ!アヤコちゃんを探してたの!」
そもそも、この間のもナンパじゃないし……とかブツブツ言いながらも、壱哉はハッキリと言い切った。
「……私?何で?てか、渋谷で張ってたの?」
「うん!」
何も考えていないかのような勢いのあり過ぎる返事に、アヤコは眩暈がしそうになる。
この人、本当に件の写真家なんだろうか?見た目は――確かに女の子たちが騒ぐのが解るくらいには整っているかもしれないけれど、良く言ってちょっとバカな大学生って感じにしか見えないんだけど。って言うか、私こんなのと昨晩――いや、そこは考えるな、私。アヤコは、凹んで行く自分自身を勇気付けたい気持ちになる。
「……えっと、東京の人口の多さは解ってるよね?」
「それくらい解ってるよ〜。正確な数までは、識らないけど……。」
「じゃあ、もしかしなくても――アンタって、すんごい馬鹿?」
「え〜、酷いなぁ〜。好いじゃん、また逢えたんだから〜。」
またもやカナリな事を言われているのにも拘わらず、何故か嬉しそうだ。
「いや、だからって普通、また逢えると思うかっていう話よ!つーか、語尾を伸ばすな!」
あれ?このセリフ、この前も言ったような気がするんだけど……。アヤコは奇妙な既視感に見舞われた。
「大丈夫!俺、運だけは無茶苦茶好いから!!」
今度は言葉を切ってハッキリと発音した壱哉。
そう云う問題か……って突っ込みたくなるトコロをぐっと堪えて、アヤコは次の話題を振る事にした。細かい事を気にしていたら、この男とはまともに話が出来そうもない。これで成人しているんだから、日本の将来が危ぶまれる……とアヤコは一人溜息を洩らす。そう云う彼女も、日本の将来を担う世代なのだけれど。
もしかして……コレが芸術家にありがちな、一般的常識の欠如ってヤツ?ここに来てやっと、アヤコはソレに思い至ったと同時に、制御不可能な事実に脱力した。
「あ、そう……。で、私に何の用?」
「えっとね、これを渡そうと思って……。」
言いながら肩から掛けていたバッグの中をゴソゴソと探る。中々探し物が見付からないらしく、
「あれ〜?」
とか言いながら5分近く探り続けて、漸く彼がバッグから取り出したのは……少し華奢な男モノの腕時計だった。それは、アヤコにとって父親の唯一の形見に等しいもの。アヤコはそれを半ば条件反射的に彼の手から奪おうとした――が、瞬時に壱哉がかわしたため、奪い取る事が出来なかった。こう云う時は意外とすばしっこいらしい。
「――なっ。返してよ!」
「返すよ。返すけど……あのね。」
壱哉は勿体ぶった仕草で、ゆっくりと次の言葉を口にした。
「あのね、これ返すから……代わりに、俺のモデル。やって?」
「……はぁ?」
「だから……、これ返すから。俺のモデル、やって。」
口調が疑問形から命令調に変わってるんですけど……なんて悠長に突っ込みを入れている場合じゃない。
「……モデル!?何の?てか、何で?」
「そんなの決まってるよ。俺がアヤコちゃんを気に入ったから!」
こいつにマトモな理由を求めた私がバカだった……とばかりに、アヤコは大きくため息を吐く。
「だ〜か〜ら、何で私がアンタのモデルなんかしなくちゃいけない訳!?そもそも、私はあの看板のヤツだってOKした覚えはないのよ!」
「解ってるよ。アレは俺が悪かったって。だから、その件は誤ったでしょ?で、今度のはキチンと前承諾貰ってからと思って。」
「……嫌よ。」
自分が悪かったなんて露ほども思ってないくせに、よく言うわよ。アヤコは心の中だけで悪態吐いて、仕返しとばかりに思いきり否定の言葉を述べた。
「何で?」
「何でって……嫌なものは、嫌なの。」
「え〜。何で〜。あの看板、キレイに撮れてるって誉めてくれたじゃん。あれよりも、も〜っとキレイに撮る自信あるよ、俺?」
正直、あれよりもっとキレイに撮ってくれるって云うのは魅力的だと思うけど……でも、目立つ事は極力したくない。――それが、今までアヤコ(絢子)が上手くやって来た方法だったから。
「……見立ちたくないから、ヤダ。」
「何で目立ちたくないの?」
本当に不思議そうな顔をし訊ねて来るから、なんだか答え難くて声が小さくなってしまう。
「……学校とか、さ。目立ってたら色々面倒臭い事になる……でしょ。親とかも。」
「……それだけ?」
「え?」
「嫌な理由、それだけ?」
「え、あ、うん……。」
「あのさぁ……そんな風にしてて、詰まんなくない?」
壱哉の薄めの唇から何気なしに出て来た言葉が、アヤコ(絢子)の心情ど真ん中を、ストレートに一気に駆け抜けた。
「……詰まんないよ。けど……どうしようもないじゃん。」
「そりゃ、そうやって何もしなけりゃ、今のまんま。な〜んにも変わる訳ないよ。」
「でも……。」
「あのさ、変化は確かに怖いよ?自分が変わるって事は、周りも変わって行くって事だから。だけど、それを恐れてたら、何にも変わらないまま。一生、退屈なままなんだよ?少なくとも、俺はそんな人生嫌だね。自分の人生だもん。楽しまなきゃ損でしょ。事実、俺は自分の人生楽しんで生きてるけどね。」
そう言った壱哉の顔は、本当に楽しそうに微笑んでいる。
「でも、だからってモデルって言うのは……。」
「だから、それも選択肢の一つってコト。因みに、モデルは俺の専属だから。ついでに言うと、他の奴に撮らせるつもりなんかないから。だから、アヤコちゃんの正体を知ってるのは、俺だけ。……どう?」
「どうって……。」
「変化の手始めには、持って来いじゃない?」
「そんな事言われても……。」
「て言うかさ、どっち道アヤコちゃんに選択権はないから。俺、最初に言ったよね?この時計を返すのと引き換えだって。」
返す言葉のないアヤコに、壱哉はまたどこか嬉しそうに微笑みながら、今回はカフェラテの入ったマグカップを口に運ぶ。何だか話がアヤコの意図しない方へ進んでいるばかりか、いつの間にかバカだと思っていた男に説得され掛っている。能ある鷹は……と言うより、成人した人間らしい事も言えるのねってトコロか――。
兎にも角にも、アヤコのカプチーノが冷え切ってしまう頃には、いつの間にかモデルの件を承諾させられて居たのだった。
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