【6.最悪な再会(I) 】
第5話〜第8話まで一気にUPしました。
楽しんでいただければ、嬉しいです。
先日の出来事が絢子の中で『ただの夢』として正式に認識され始めた頃、絢子は久し振りに渋谷へ向かって居た。
そろそろ代替わりの引き継ぎをしなければならない生徒会の仕事が思いの外忙しくて、中々放課後に時間が取れなかったのだ。実に3・4週間振りの渋谷は、絢子にとってここの所の鬱憤を晴らす格好の場所へと足は速まる。
駅に着くと早速いつもの儀式を終えて、街へと歩みだす。
人の波、音の洪水。それら全てが、アヤコには心地好かった。
アヤコはまるで水を得た魚のように、渋谷の街を自由に泳ぎ回る。が、今日は何故かいつもより多くの視線を感じる気がした。不思議に思いながらも交差点を渡ろうと顔を上げた時、『ソレ』が目に飛び込んで来た。
『素顔の休息』と手書き風の文字でキャッチコピーが書かれた、一枚の巨大な広告看板。
少し化粧の落ちた、スッピンに近いような状態の女の子(少なくとも成熟した大人の女性ではないように見えた)が、男モノの腕時計を嵌めたままの腕に顔を寄せて、眉尻を下げた優しげな顔で眠っている顔――と、うつ伏せた肩がシーツから出ている半裸のアップ写真。
それは、紛れもなくアヤコ(絢子)の顔だった――。
「あ、あれだよね?上条壱哉の新作写真集の宣伝って――。」
「そうそう!モデルは非公開なんだってさ。まさか、彼女だったりして――。」
「やだ〜、やめてよ〜。アタシ結構ファンなのに〜。」
アヤコのすぐ後ろで信号待ちをしている女の子たちが、看板を指さしながら言っているのが耳に入った。
え、何?どう云う事――?
アヤコは何が何だか解らず、頭の中がパニックになっていた。
あれ、私……よね?でも、あんな写真、撮った覚えないんだけど……。
ちょっと待って、上条壱哉って言った?……今の子たち。上条壱哉……どっかで聞いたことあるような……?
まさか――あの時の――……アイツ!?
いや、アイツ以外考えられないけど……。勝手に人の寝顔を写真に撮るなんて、何てヤツ――。
アヤコの頭が怒りで一杯になりそうになった時、再び後ろの2人の声が耳に入って来た。
「でも、キレイだよね〜。何か幸せそうに微笑んでる感じでさ〜。」
「だね〜。私も彼に撮って貰えるなら、何でも好いよ〜。アタシも写真集に載せて欲し〜!」
「ばっか。じゃあ、ヌードとかでも?」
「当ったり前じゃん。だって、上条壱哉だよ!?本人も超イイ男だし、即OKでしょ!」
「その前に、アンタ、全国に見せられる外見かっつーの!」
「ひっど〜い!そんなの判んないじゃんか、上条壱哉が撮ってくれたらキレイに写るかもよ!?」
「修正しまくってやっと、とかじゃないの〜?」
じゃれあって笑う少女たちの声が、雑踏の中に響いては掻き消されて行く。
アイツって……もしかして結構有名――?
いや、でも、人の写真を無断で使うのは許せない……わよね、うん。文句くらい言わなきゃ気が治まんないわ――。
そこまでアヤコの考えが及んだ時、信号が青に変わって大勢の人の波が道路に押し寄せて来た。アヤコがその波に身を任せながら同じように歩いて居ると、嫌でも目の前にある広告看板が目に入る。
まあ、確かにキレイに撮れてる――のよね、何か悔しいけど。私じゃないみたいに美人に写ってるし。何かナチュラルで――まあ、勝手に写真撮られた事を差し引いてアゲテも好いくらいにはイイのよね……。
私、あんな顔して寝てたのね――。
少しずつ冷静になって来た頭で、改めて看板を眺めていると、ふと、背後から声を掛けられた。
「ねえねえ、彼女〜。」
聞き覚えのある声。
「ねえねえ、彼女ってば。」
アヤコは意を決して振り返る。そこには、先日の若い男――もとい、上条壱哉の姿があった。何故かバツが悪そうな様子の彼に構わず、アヤコは厭味たっぷりに口を開く。
「……随分と勝手な事をしてくれたみたいね、上条センセ。」
「――ごめん!!」
壱哉は開口一番、頭が足にくっ付きそうなほど、勢い良く体を折り曲げた。
「今更だけど――勝手なことして、ホンットに、ごめん!!」
「……もう好いわ。キレイに撮れてるし……。どうせ、私だって分んないでしょ?」
壱哉の勢いに押されて、アヤコは半分呆れつつも小さな溜息と共に言葉を吐き出した。
渋谷のスクランブル交差点の上で――。