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【5.最悪な日常(II) 】

第5話〜第8話まで一気にUPしました。

楽しんでいただければ、嬉しいです。

「おはよ〜、絢ちゃん。」

「おはよう。」

なんとか遅刻せずに間に合った絢子は、クラスメイトや顔見知りの生徒たちと挨拶を交わしながら、またくだらない日常の待つ学校へと足を向けていた。まるで同じ制服を着た群れの流れに逆らえないかのように、学校と云う檻の中へと吸い込まれて行く生徒達。その中に、絢子は確かに存在していた。その流れに逆らわず、抗わず、ただ、流されるまま――。

「おはよ、絢ちゃん。グラマーの予習して来た?」

背後から声をかけて来たのは、昨日彼氏の事で悩んでいた美鈴だった。昨日あんなに悩んでいたのが嘘のように、スッキリとした顔をしている。心なしか嬉しそうなのは、気のせいだろうか。

「おはよう、美鈴ちゃん。勿論、して来ているわよ。美鈴ちゃんは?」

絢子は取り繕った優等生の顔で答える。

「それがね……。昨日あれから彼氏のところに確かめに行ったんだけど、どうやら私の勘違いだったらしくって……」

少し照れたようにはにかんで話す美鈴は、とても可愛らしい。嬉しそうだった表情にも納得がいく。

「で、ね。そのまま彼と盛り上がっちゃって……」

「……で?」

言い難そうにこちらをチラリと見遣った美鈴へ先を促す。

「……ご一泊、しちゃったの……」

消え入りそうなほど小さな声で言うと、俯いた。

……ご一泊?絢子は頭の中で彼女のセリフを一度反芻してみてから、やっと彼女の意図するトコロが理解できた。

「……あ、そ、そう。好かったわね。」

絢子は精一杯普段通りの声色で答えたつもりだったが、少し声が震えた。昨夜の自分と余りにも同じ状況な美鈴の『ご一泊』と云う表現に、激しく動揺したのだ。

美鈴は照れながらも自身の幸せで一杯のようで、絢子の様子にまで気が回っていないのがせめてもの救いだった。

「ありがとう、絢ちゃん。」

改めて、お礼なんて言ってくる。

絢子の頭の中では、まだ『ご一泊』と云う言葉がグルグルと回り続けている。やっと治まって来ていた頭痛がぶり返して来そうだ。

「……で、グラマーの予習をしてないから写させて欲しいってコト?」

「……えへへ。」

幸せそうな美鈴を見ていると、今朝からの(正確には昨夜からだが)自分の状況が全て夢の中での出来事ように感じられた。全て、退屈を嫌った自分の夢だったのではないか――と。いや、いくら退屈が嫌でもあそこまでの刺激は求めていないし。思わず、自分で自分に突っ込みを入れる。そうだ、夢だと思う事にしよう――そして、全部忘れよう。この時、絢子は密かにそう決意したのだった。




「ただいま。」

「あら、お帰り。今日は早かったのね。」

絢子が帰宅すると、珍しく母親が家に居た。元教師で、教育に関する本を何冊出版してから教育評論家なんてものをしている母親は、多忙な人で滅多に家には居ない。


彼女の持論『教育には愛情が不可欠』を、全くと言って良いほど自分の娘には実行出来ていない。その事実に、果たして本人は気付いて居るのか居ないのか――。いや、きっと絢子を除いて、誰もその事に気付きはしないだろう。若しくは、気付いていたとしても、最早絢子の事などどうでも良いのか――そのどちらかだと、絢子は確信していた。


「今日は、生徒会がなかったから。そっちこそ、今日は早いわね。確か――出版社の方たちとお食事会じゃなかったの?」

「そうなのよ、だから一旦戻って来て着替えることにしたの。」

「――そう。」


母親の事を『お母さん』と呼べなくなってどれくらい経つだろうか――。きっとそんな事にもこの母親は気が付いていないに違いない、そう絢子は思った。


「あ、絢子。ちょっと待って、こっちとこっち、どっちが好いかしら?」

自分の部屋へ行こうとした絢子を呼び止めた声が、尋ねる。

「……どっちも素敵だけど……、右のネックレスの方が上品じゃない?」

久しぶりに顔を合わせた娘に聞く事がそれか……。思いながらも、そんな母親の身勝手な質問にも笑顔で答える。

「そう?」

鏡を前に、確認をしている母親の横を通り過ぎて再び自室の方へ向かった時、思いだしたかのように母親が口を開いた。

「そう云えば、絢子。あなた、学校ではきちんとしているんでしょうね?」

「……勿論よ。」

「そう、ならいのよ。最近は、素行の良くない生徒が多いでしょう?あなたは、くれぐれも私に恥をかかせないように、しっかりして頂戴ね。」

既に仮面のように顔の一部になった優等生の笑顔で答える絢子に、満足そうな笑みを返して、母親は食事会へ出掛けるために玄関へと向かった。


「勿論よ――……。」


昨夜、娘が家に帰っていなかった事に気付く様子など全く見られない、自分の母親。彼女の背中に向かって再びそう言った絢子の顔は、決して微笑んでなど居なかった。


彼女にとって、私はただ成績優秀で真面目な生徒で居れば、それで好い。私は、ただそれだけの存在。

今更、期待などして居なかったけれど――。


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