【2.最悪な出逢い】
第1話〜第4話まで、一気にUPしました。
楽しんでいただければ、嬉しいです。
学校や家で嫌な事があった時は、渋谷の街で憂さ晴らしの買い物をするのが絢子のストレス解消法だった。実のところ、大して解消できた例はないのだだけれど、何となく同じ場所へ足が向いてしまうのと云うのが常だった。
駅構内の目立たない位置にあるコインロッカーに常備してある私服を取り出すと、直ぐ脇にあるトイレで着替え、髪型を変えて薄く化粧をする。絢子からアヤコへと変わる瞬間だ。
バッグに入れた制服をまた同じ位置のコインロッカーに仕舞って、渋谷の街へとゆっくりと踏み出していく。
それが、アヤコのいつもの儀式だった。
渋谷は若者の街――そんな事を言ったのは、誰だったろうか。
学校帰りだろう制服のままで、ブラブラと目的もなくうろついている学生の姿が多く見られる。
人が溢れ返っている駅前は、行き交う人達の多さに、目的地へ真っ直ぐと進む事さえ困難だ。
アヤコはこの街が好きだった。
何処からか沸き出しているかの様な人混みの中で、すれ違う他人を気にする者など誰も居ない。
そんな雑踏の中が心地よかった。
ひしめき合った大勢の他人と云う海の中を、まるで魚の様に泳ぐアヤコは、限りなく自由だった。
「ねえねえ、彼女〜。」
交差点を歩いていると、不意に声を掛けられた。若い男の声だ。
アヤコは直感でナンパだ、と感じた。
けれど、いちいち断るのも面倒くさいので、そのまま気付かない振りをして素通りしてこうとした――その時、いきなり背後から腕を掴まれた。
「っ何すんのよっ!?」
とっさに振り返って、相手を睨み付けてやる。
「何って――ナンパ?……いや、ホントは違うんだけど……。やっぱナンパか……?」
何やら訳の解らない事をブツブツと云いながら、男は何事か思案しているようだ。
けれど、その間もアヤコの腕を放そうとはしない。寧ろ、逃がすまいとしっかり握っている、と云う感じだ。
「……ナンパならお断りなんだけど。」
冷たく吐き捨てると、男は珍しいものでも見るように少し顎を引いてアヤコの顔を観察するようにじっと見つめたかと思うと――ゆっくりとした動作で口を開いた。
「だから――、ナンパじゃなんだってば。正確には。」
「はぁ?」
男の意味不明な発言に、つい間抜けな一言を返してしまう。
「じゃあ、何だって言うのよ。って言うか、手、放してくれない!?」
「ヤダ。」
「なっ。何なのあんた!?」
「だーから、これからソレを説明しようとしてるんじゃんかぁ〜」
男は間延びした口調で言うと、空いている方の手でポリポリと頭をかいた。
「――語尾を伸ばすな!!」
アヤコは、男ののろのろとした喋り口調に耐え兼ねて、つい叫んでしまった。
「へっ?あ、はい!」
歯切れ良く答えると、男は何故か満面の笑みを浮かべて、アヤコの目を見据えた。
「キミ、真面目なんだんだねぇ……」
感心したように言う男の口元が、心なしかニヤついて居るように見えたのは、アヤコの被害妄想ではなかったと思う。