決意
「ただいま」
「お邪魔しまーす」
「あら、いらっしゃい」
太陽たちが青空の家に入ると、優しそうな雰囲気を醸し出し、青空と同じく耳までかかった綺麗な黒髪の母親が2人を出迎えた。
「おばさん。こんにちは」
「はい。こんにちは」
「ママ。ちょっとリビングでテレビを見てるね」
青空は挨拶を交わす叶と母親を尻目にリビングへと入っていった。
「はい。2人とも、ゆっくりしていってね」
青空の母親はそれだけ伝えると2階へと上がっていった。
「おい。青空、今から何を見るんだよ?」
太陽はリビングにてリモコンのボタンを押して、テレビを点ける青空へ疑問を投げかけた。
「今から世界卓球の男子決勝戦を見るの」
「世界卓球?」
太陽と叶は青空の口から発せられた聞きなれない単語に首を傾げた。
「世界卓球っていうのは各国代表の卓球選手たちが世界一を目指して行う大会」
青空が簡単に概要を説明すると同時にテレビ画面には、「世界卓球 男子シングルス 決勝戦」と表示され、放送が開始した。
テレビの進行が進むと、今回の決勝戦を戦う2人の紹介がされた。
1人は28歳の右利きシェークハンドの中国人選手で約13年生もの間、世界ランク1位を維持している化物じみた選手。
そして、対するもう1人は同じく28歳の右利きシェークハンドの日本人選手。世界ランクは10位とこちらもかなりの強者だ。
「このテレビに出ている2人は強いのか?」
卓球をした事が無い太陽は2人の凄さがいまいち分からずに青空へ尋ねた。
「強いよ」
「青空ちゃんよりも?」
「……僕なんて足元にも及ばないよ」
青空は叶の無邪気な質問をすぐさま否定した。
「お、試合が始まるようだ」
太陽が呟くと試合前のラリーが終わったようで試合開始のコールが審判より出された。
「青空ちゃん。卓球って何点取ったら勝ちになるの?」
「11点を先に取ったら1ゲーム取れる。ただし、10対10になったら12対10とか13対11とか2点離した方が1ゲーム奪取。今回は4ゲーム先取だから、先にゲームを4回取った方の勝ち」
「ふーん。そうなんだ」
叶は青空からルールの説明を受けたが、点数を取る大変さは伝わらなかった様子で、心ここに在らずといった感じであった。
試合は、まず日本人選手からのサーブ。
日本人選手は左手に持ったボールを大きくトスすると、ボールの落下に合わせて衝撃を与える。
「! 速い!」
太陽は日本人選手が放った目にも留まらぬスピードのサーブを目の当たりにして、思わず言葉を発した。
これは返せない。太陽はそう思っていた。しかし、
「!? 返した!」
中国人選手は自身のバック側を攻めてきた打球に対し、なんと右手で握っていたラケットを左手に持ち替えて打ち返した。
ミドルに返された打球に対し、日本人選手はフォアで相手の左側を狙う。
それに対し、またしてもラケットを右手に持ち替えてフォアで打ち返す中国人選手。
目にも留まらぬスピードで壮絶なラリーを繰り返す2人。
太陽たち3人はその試合に思わず魅入ってしまい、誰も言葉を発せずにいた。
ーー約40分後、壮絶な試合は幕を閉じた。
テレビ画面に映し出されているのは握り締めた右手を上に突き出し、大きくガッツポーズを取っている中国人選手。
勝者は世界ランク1位の中国人選手。
ゲームカウントは4ー3と日本人選手も健闘こそしたが、惜しくも勝利には手が届かなかった。
「惜しかったねー」
「うん。最後も11-13だったしね」
試合中、一言も喋らなかった3人だが、叶と青空が日本人選手の健闘を称えて試合の感想を話し始めた。
だが、そんな中、太陽はテレビにまだ釘付けであった。
現在、テレビ画面には壮絶な試合を繰り出した両者の健闘を称える観客たちからの惜しみの無い拍手が送られていた。
太陽は思い返していた。
何万人という観客たちの視線を集める2人の試合。
そして、1球1球、両者にポイントが決まる度に湧き上がる観客たちの声援。
太陽は感動していた。
卓球というスポーツはこんなにも周囲を魅了させる目立つスポーツだったのか、と。
「……よーし!」
突然、大声をあげて立ち上がる太陽に青空と叶は驚いて目を丸くする。
「俺も卓球をする! そして、いつか、この舞台に立ってみせる!」
太陽はエンディングロールが流れているテレビ画面を指差して、高らかに宣言した。
藍浦 太陽、彼の卓球ストーリーが今ここから始まる。