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とある誰かの特異点

彼と彼女の空巡り

作者: 一集

わたし、逢坂夕陽は無事に地獄の受験戦争を乗り越えて職業、高校生の称号を得ることができた。

教師たちに無謀だと言わしめた挑戦はわたしの根性と意地が勝ったわけだ。


この高校を選んだことに実は深い理由はない。

なぜそこまで拘るのかと聞かれ続けたけど、がっかりさせるのも申し訳ないので最後まで口をつぐんだ。


敢えて言うなら、家から近いことだろうか。


残念ながら、中学の同級生で同じ高校に進学した者はいない。

幾人かわたしと同じ志を持った戦士はいたのだが、どこかで屍と成り果てた。

どこかの誰かが復活の呪文を唱えてくれているといいのだけど。


そして高校で初めてのクラス分け。

さすがに不安に心を揺らしていたわたしのクラスメイトにして初の友人となったのが、隣の席になった杉浦雪人である。


少々他のクラスメイトと毛色の違う彼とはなぜか気が合った。

それ以後、席がひたすら近くになるという偶然によって背中を押されてわたしたちは事実結構仲が良かったのではないだろうか。


一つ宣言をさせて頂ければ、わたしに恋心はなかった、とだけ。


おっとりとして優し気な見た目と、その通り気遣いのできるいまどき珍しい少年。

それでいて気が弱いわけではなく、穏やかに微笑みながらもはっきりと自分の意見を口にできる彼は同性からもそれなりに評価を得ていた。

人当たりも柔らかく、教師にも上級生にも評判がいい。


人としてはパーフェクトだとからかえば、そんな出来た人間じゃないけど、と肩を竦めて返すような軽さもある。


この思春期まっさかりの時のモテ男というのは、総じて明るくて、楽しくて、クラスのムードメーカーで、部活はスポーツ、快活な人間と相場が決まっているものだ。


が、ヤツはそんな風潮を無視してモテた。

本人は気付いているのかいないのか、そもそもそれすらわからない態度で接する凄さに素直に感心させられる。


わたしの目から見て、大人し目の子からギャル風の子まで、まんべんなく彼に懸想している女子は多い。


クラスで目立つわけでもないが、粗野さがない。

スポーツ万能ではないが、臆すことはない。

見た目に反して態度がひどく鷹揚なのだ。

ギャップに萌えて、ミステリアスな雰囲気に惹かれる。


分かる気もする。

女子と言うのは、目が良いもの。

いつの時代も青田買いがお得。


目のいい女子に虎視眈々と狙われている杉浦少年だが、入学早々に友人の座を勝ち得たわたしだけが知る事実がある。

女子には残念なお知らせだが。


彼には恋人がいる。

それも同じ学区内の名門女子高に。

一種のステータスにもなっている高嶺の花をすでに持っていると聞いて、わたしは思わず納得してしまった。


なんというか、そつのない男である。


「僕がそつのない男なら、逢坂には残念美人の称号をあげよう」

「わたしのどこか残念なのよ、あからさまにただの美人でしょう!?」

「うん、僕、逢坂のそういうところ好きだよ?」

「ちょっと!やっかみもらうからそういうこと軽々しく言わないでくれる!?」


わたしと杉浦とはそんな仲である。


しかし余計な噂は立つもので、一年の半ばを過ぎる頃には私たちは校内公認カップルと成り果てていた。

そんなあほらしい噂を教えてくれた友人曰く、男女にしては距離が近過ぎるんだそうだ。


そうだね、男女じゃないからね。

ヤツは正真正銘友達だ。

友人は溜息を吐いて、つける薬なしと呟いた。

心外だ、わたしは世にも珍しい頭脳明晰な美人だぞ。


杉浦もわたしも、そのような事実はないが、毒にも薬にもならず、わたしたちにとっては大した痛手でもない噂の火消しには必死にならなかった。

放置ともいう。


そのせいで召喚してしまった女王様。

悔やんでも悔やみきれない。


それは文化祭の時だったか。

何故か人々の目がわたしをいやに見る。

そこに込められている感情を読み解けば、同情や好奇心や配慮。


覚えがない。

が、噂好きの例の友人によって解答はもたらされた。


杉浦、わたしの彼氏とされる男が別の女と歩いているのだという。

それはそれは美しい人と。


「ふーん、なら彼女じゃないの?」

「…は?あんたなんて言った?」

「だから、杉浦の彼女じゃないの?正真正銘ホンモノの」

「え、なに、杉浦恋人いたの!?てーか、あんたたち本当に付き合ってなかったの!?」


おい、だから前から言ってるだろうに。

むしろなぜあの噂を信じていたのだ、友よ。


「いや、だって、え~?仲良いじゃん、あんたたち」

「ならあんたとも恋人だね」

「……」


友はあからさまに嫌そうな顔をした。

傷付くわ!


そんなコントに興じている時にお声がかかった。


「あ、こんなところにいたのか逢坂、探したよ」


もちろん声の主は我が友、杉浦雪人氏だ。

わたしは答えの代わりに手を上げる。


ところでなんで探してたのさ。


「いや、彼女がぜひ紹介してくれって言うから」


ひょいと視線を移せば、ド迫力美人がいた。

あ、うん、杉浦の言葉の意味が今わかったわ。

これに比べたらわたし、残念よね、残念美人。


「初めまして、茅野美弥子と申します」


丁寧な言葉と鈴の鳴るような軽やかな声。

そしてよくわからない圧迫感(プレッシャー)


「ええと、よろしく。逢坂夕陽です」


差し出された手を取らないわけにはいかない。


互いの自己紹介をしているだけだというのに、周り(ギャラリー)がうるさい。

修羅場とか三角関係とかこれ見よがしに聞こえてくる。

ちょっと遠慮して小声になってくれないかなあ、きみたち。


手が、わたしの手にかかる握力が、ががが…。


「雪人がいつもお世話になっているようで」


ふふと笑う顔は儚げ。

でも、なんでしょう?

背中に暗雲が見えます。


もしやこれは伝説の「この泥棒猫!」と罵られる展開では?

あ、心の底から遠慮した~い。

勝てる気がまったくしない、そして勝つ意義をわたしは持っていない!


「…杉浦くんから、茅野さんのお話はよく伺っています」


あわわ、違うんです、嫌味じゃないです、宣戦布告でもありません。

こわい!

こわいからその般若のような顔をやめて!


「とても素敵な恋人だといつも惚気られてます!困ってます!」

「…あら、そうなの?」


しゅんっと音がしそうな勢いで異様な雰囲気が引っ込んだ。

わたしは首がもげそうな速さで何度も頷く。


それを微笑ましそうに見ている杉浦。

絶対にわかってて引き合わせただろう!

さすがに殺意が湧いたね。


ぎろりと睨むとわざとらしく口笛を吹く振り。

そしてそれを目撃した彼女から再び湧き上がる黒いプレッシャー。


「…でも、随分と仲がいいのですね?」

「正真正銘ただの友人です!」


やぶ蛇つついた!

杉浦、このやろう!

睨めないけど!

むしろ杉浦を視界に入れられないけど!


「では、これからもよろしくお願いします。友人として。逢坂さんのような方が傍にいるのなら私も安心できるもの」


はい、ご命令通り虫よけになります。

他の女なんて雑魚だからね!

ええ、あなたに比べれば。


「なにか?」

「いいえ!なんでもありません!」


女王様の仰せのままに!

と平伏すればどよめくギャラリー。


そして今度こそ本当の軽やかな笑い声が降ってきた。


「ゆきの言っていた通り、本当に面白い方ね。」


甘い目線で杉浦を見る女王様。


わたしへの女王の呪縛は消えていた。

自由になる体を動かして首を傾げる。


女王様の逆鱗には触れずに済んだようだが、はてこれ如何に?


「まだ見て回りたいところがありますので。これで私たちは失礼しますね」


にっこりと笑顔を残して迷惑カップルは去って行った。

取り残されるのは敗北者(わたし)のみ。


不可思議な彼女はそれから度々我が校に現れて学校の話題をさらうようになった。


「お、逢坂お前も傘なしか?」

「杉浦もね」


玄関でぼんやりと雨空を見上げていたわたしに後ろから声がかかる。


「止むまで待つか、走って帰るか、悩んでるとこ」

「風邪ひくぞ」


何の意味もない会話。


「ゆき」


そこに突然割り込んでくる第三者の声はもう聴き覚えがありすぎる。


「今朝傘を持ってなかったからこんなことになってるだろうと思って持ってきた」


ちらりと女王様がわたしを見る。


「きっとあなたも居ると思った」


ひやりと背筋が凍って、条件反射で両手を上げた。

何もしてないです!

無実です!


牽制なんて意味ないですよー。

杉浦の事なんて何とも思ってないですよー。


「わたしはゆきと帰るから、これをどうぞ」


差し出された傘を受け取って、相合傘をして去っていく背中を見送る。


い、生きた心地がしない!


そんなひやひやする日常に風穴が空いたのはやはり下校が三人一緒になった時。

何故か時間をずらしてもずらしても杉浦と玄関で一緒になる不思議。

そしてそういう時には必ず彼女が杉浦を待っていたりする。


なんのイベントでしょうね、もう勘弁してほしい。

甘い微笑がわたしの姿を捉えて、途端に目がつり上がるけど、わたしにはこれしか言えない。

わざとじゃない!


そして嫌々三人で下校の道を歩いていた時。


数歩前を歩いていた杉浦が忽然と消えた。

なんの前触れもなく。

転んだとか、落とし穴に落ちたとか、そういう話かときょろきょろしたわたしとは違って、茅野さんはいきなり鞄を道路に叩きつけた。


わたしは杉浦が消えた事より、突然の茅野さんの行動の方に目が点になった。


「は?」

「あのやろうども!ゆきを連れて行くとかいい度胸じゃない」


隣から聞こえる声に目をやると魔王がいらっしゃった。


「あ、あの?」

「ちょっと取り戻してくるわ」


茅野さんはわたしを見てそう宣言した。


「あ、うん。いってらっしゃい」


それ以外になにを言えと?

茅野さんは少しだけ驚いた顔をしてそれから照れたように笑った。


「いってきます」


美人のはにかみとか、反則だよね。


「気を付けて」


ひらひらとわたしは手を振った。

何が起こっているのかよくわからななかったけど、わたしがかけた言葉はきっとこの時にかけるべき唯一無二のものだったと思ってる。


「うん!」


茅野さんは今後こそ破顔した。

大輪が咲き誇るような笑顔ってこういうことだろう。

あの大物の予感しかしない杉浦が落ちる訳である。


そして一人になった通学路で、わたしは道に叩きつけられた上に主に置いて行かれたかわいそうな茅野さんの鞄を拾い、何事もなかったように帰路に着いた。


幾日か学校を休んだ杉浦と、きっと同じく休んでいるだろう茅野さん。

わたしは隣の席に誰もいないせいで見晴らしの良くなった教室の窓から空を見る。


本日も、晴天なり。


後日、二人は何もなかったかのような顔でわたしの前に現れた。

一人の下校途中の事だ。


「ただいま!」


茅野さんが満面の笑みでそう言ったから、わたしが返せる言葉は一つしかなかった。


「おかえり」


選択肢なんてなくて、その言葉には意味はない。

なのに、なぜそんなに嬉しそうなんだろうね、二人とも。


それからあの迷惑カップルは度々二人でどこかに逃避行に至る。

またか、とうんざりするくらいに慣れてしまった自分がこわい。


そして決まって帰ってくるのはわたしのいる場所。

ホントに、なぜよ?


部屋に居ようが、デート中だろうが、とにかく奴らは迷惑にもわたしのいるところに出現する。

だけどわたしは、わたしを見て安堵の顔を見せる彼らに迷惑だとはいつも口に出来ない。


なんだかんだ溜息を吐いてかける言葉は同じ。


「おかえり。今回も五体満足?」

「ええ、この通り!」

「僕も無事だよ」


いつの間にかわたしは茅野さんを「みや」と呼ぶようになり、彼女はわたしを「ゆう」と呼ぶようになった。

つまり友達になったわけだ。


ある日、杉浦がナイショだといって話してくれたことがある。


「覚えてる?逢坂と僕が雨に降られて玄関でどうしようか悩んでた時、傘を持ったみやが迎えに来たことがあっただろ」

「ああ、そんなこともあったね」

「逢坂に渡した傘さ、すごく悩んだんだって」

「…渡すか渡さないか?」


それは嫌われたものだ。

が、実際は傘はわたしの手に渡り、なぜかそのままわたしの手元にある。

基本はみやは善人だと言う証拠だろう。


「ちがうよ、渡すことは決まってたんだから。」


わたしはきょとんと杉浦を見返した。


「僕を迎えに来たら、逢坂が一緒に居て慌てて引き返したみたいだよ」

「なんで?」

「なんでって、傘を買いに行ったから」

「…え、なんで?」

「そりゃあ意中の人が雨宿りしてたら、普通傘を渡すだろう?」


わたしは杉浦の言葉の意味を吟味して、そして弾ける様に笑った。


「なにそれ不器用すぎるでしょ!わたし完全に敵認定されてるものだと思ってたわよ!」


笑い過ぎてお腹が痛い。


「かわいいだろ?僕の彼女」

「あーはいはい、ごちそうさま」


遠くから手を振る姿を視界にとらえてわたしも手を振りかえす。

この話をしたらみやは怒るだろう、けどみやが怒ってももうわたしは怖くない。

だから。


「「あ」」


と、目の前でみやの姿が消えた。


わたしは隣の杉浦に手を差し出す。

杉浦は黙ってわたしの手に自分の鞄を乗せた。


「いってらっしゃい」

「おう、行ってくる」


そうしてまたわたしは一人になった。


本日、晴天なり。

空はまだ明るい。


溜息を吐いて、帰路に着く。


はやく、帰っておいで。

今回も、いつもと変わらない挨拶をあげるから。


『異世界トリップしたらなぜかブスと罵られた』主人公から見た『僕と彼女の空巡り』主人公たちです。

夕陽さんにかかると何でも物事が軽くなる不思議。


夕陽が後々トリップする場所は多分二人がトリップしていた世界とは別です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 空巡りシリーズも大好きだし夕陽も大好きだし2つの大好きが重なりあったこの作品は大好き以外に言い表す言葉が出て来ません!!好きです!そしてそれを書かれた一集さんは神です。好きです。 時間を忘れ…
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