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お狐さまとこけしちゃん

お狐さまと返報ちゃん

作者: 芦川玲

登場人物:九尾の狐と女子高生

 蒸気のような長雨が、落ち葉の表面をなでて地面に落ちる。境内は水たまりで足の踏み場もないくらいだった。

 秋晴れから一変、雨は数日前から降り続いて、今も長袖からはみ出した手首をじっとり湿らせている。

 空は暗いんだか明るいんだかよくわからない色で、時々遠くの方で雷がなるんだろう、黄色がかった灰色の雲に覆われていた。

 昼夜の感覚が曖昧なぬるい空気で、呼吸すらしづらい。



「ほう、するとなるほど、お前の一族の中で次に嫁ぐのはお前だと?」

「だから、それは噂だって、う・わ・さ! 何かいいことありそう、くらいだから」

「それではお前の説明と噛み合わないだろう」

「あれは願掛けみたいなものなんだって」

「つまりお前が結婚できるように願をかけている、と」

「あーもう、なんでそっちの方向に話を持っていくかな!」


 さっきからお狐さまが突っかかっているのは、私が最近行った親戚の結婚式での話だ。もっと言うと、私が受け取ってしまったブーケトスについての。

 この年寄り狐、私がブーケを取ったことが不満でならないらしい。

 誰も信じてないって言ってるのに。ていうか私は信じてないって言ってるのに。どうにも頭が固くていけない。



「ブーケトスにはもう一つ意味があるって言ったでしょ。今回のはそれだって」

「幸福のお裾分けだと?」

「そうそう。だいたい未成年の私が受け取ったブーケトスで、『次に結婚する』なんて願、かけないって」

 私以外の独身のお姉さま方もたくさん出席してたんだから、次に結婚するのが私じゃまずいでしょ。



 拗ねたお狐さまにもここらで機嫌を直してもらおう。そうでなくても雨続きで鬱々としているのに、お狐さままで沈まれたら目も当てられない。


「私に嫁いでほしくないなら、そろそろ溜飲下げてよね」

「……うん」


 効果てきめん、お狐さまは神妙な顔で頷いた。



~~~~~~~~~~


 お狐さまに納得してもらえて、ようやく人心地がついた。


「結婚式っていえば、今回は教会での挙式だったんだけど、やっぱり憧れるのは神前式かなー」

「神前結婚のどこに憧れるんだい? 今時は華やかな洋装のほうが魅力的だと思うが」

 まず神社で挙式っていうのに憧れるでしょ、それに白無垢と綿帽子。全身真っ白にして、口紅だけが赤いのが素敵だよね。日本人形みたいで。

「たしかに、お前なら黒引き振袖や色打ち掛けよりも白無垢が似合うだろうね。角隠しよりも綿帽子を選んだのには理由でも?」

「んー、形? 語感は角隠しのほうが素敵だけどね」

 ( )

 白無垢といえば、狐の嫁入りもイメージは白無垢の狐なんだよね。

 中心に夫婦(めおと)の狐を据えた狐の行列が、どんちゃん騒ぎで妖術を使って天気をあべこべにしてるイメージ。


「実際、お狐さまみたいに妖になった狐だと、本当に嫁入りとかするの?」

「しないな」

 あれ、即答。

「妖怪になると番になる必要がないからな。必要にかられない以上、よほどの愛がない限りは、ない」


 じゃあ祝いの席に妖術を披露、みたいなことはないんだね。

 ちょっと残念。


「それほど言うならお前の時は盛大に祝ってもらおうか。なんなら俺の親戚でも集めて」

「親戚なんて生き残ってないし、そんな状況いつまでも来ないよ」

「遠縁の子孫くらいは探せばいるかもしれないぞ」

 いきなり親族を名乗る九尾狐に現れられても、野狐も戸惑うだけでしょ。向こうはきっと妖になってないだろうし。


「誰も得しない挙式になっちゃうじゃない」

「そうかい? 俺は十分得をするが」

 いつもそればっかり。


 お狐さまが席を立って、社の奥に入っていった。


 ( )ろ姿を目で追って、半分本気で問いかける。


「お狐さまは本当に私のこと、隠したいって思う?」


 動きがぴたりと止まった。


「……」


 予想以上に真剣に考えてくれているらしい。少しの間、考え込むような沈黙があった。



「――さあな。俺にもわからん。お前は花瓶に活けては映えぬ花かもしれないし、野に咲いてもあと数年かもしれない。誰にもわからんさ、そればかりは」


 時間をおいて返ってきた答えが、想像していたものとかなり違ったことにびっくりする。

 お狐さまのことだからてっきり、「もちろん」って答えるのかと思ってた。しかも間髪入れずに。

 私が考える以上に、お狐さまにも色々思うところがあるってことだろうか。



「あぁ、そう」


 ……なんだかお狐さまの顔を正視できなくて、顔をそらしてしまった。


 なんだろう。これじゃあまるで、私が落胆してるみたいだ。

 応える気なんてないくせに。


 綿帽子より角隠しを被ったほうがいいかもしれない。欲も悋気も白に隠して、純白のふりをしていたほうが。

 そのほうが、きっと互いに辛くない。



 バサッ。



「痛っ」


 背中に何かが降ってきた。開いた傘だ。それも、私が梅雨の時期に置き忘れたやつ。

 ハッとして振り返る。


「ほら、それで濡れずにすむだろう」


 お狐さまだった。当たり前だけど。九つの尻尾の美男子に化けた狐が、私の後ろに立っていた。化けたのは多分傘を持つためだろう。

 社の奥には傘を取りに行ってたんだね。


「どうした、呆けた顔をして」

「……なんでも、ないです」


 軒下で傘をかぶったまま、顔を伏せる。


「お狐さまがいなくなるくらいなら、いっそ」って、ほんの少しだけ考える。

 だけど答えは最初から決まってて、それがわかってても思考は同じところを回って。

 自分の図々しさとか欲深さとか、そればっかで考えがまとまらないっていうのは、あんまりいい兆候じゃない。



「そう考えこまなくてもいいさ」


 お狐さまが正面に回り込んで、しゃがんで私に目線を合わせた。

 私はさぞかし顔をくしゃくしゃにしているだろうに、そんなことをお首にも出さない台詞だ。


「雨も小降りになった頃だ、下まで送ろう」

「ん、ありがたいけどでも、お狐さまの帰りの傘がなくなっちゃうよ」

 石段の下までは私と同じ傘に入るとしても、そこから神社まではどうするの?


「それくらい走ればすぐだろう。気にしないでいい」


 やけにぐいぐいくるね。

 じゃあ、お言葉に甘えて。


「ありがとう」

「構わんさ。お前はまだ、傘の意味にも気づいていないんだろうから」


 傘?


 頭を上げて、首をひねる。なんだろう。といっても、もともと私の傘だったんだし……。

 見たところ落書きがしてあるわけでも、骨がどこか折れているわけでもない。


「傘を、投げただろう」

「……あぁ」


 アンブレラ・トスだと言いたいらしい。意趣返しのつもりか。


「うん。受け取ったよ、ちゃんと」


 お狐さまがどんな顔で投げたのか、ぜひ見てみたかった。




『君の行く先幸多からんことを』。


 あなたは一体どんな心で、私にそれを告げたのか。

 あなたの愛が、不可視のそれが、霧の中では見えた気がした。

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